第2話 5人目の少年
「さて、どこに降りようかな」
崖からひらひらとパラグライダーのように旋回しながら下降していくワタル。それこそ降りるのに広い場所は必要ないが、木に落下するのは避けたいところ。なので、ちょっとでいいから開けた場所を探していると……
「……おやまあ、胸糞現場発見」
見覚えのある鎧を着た兵士が、エルフの少女たちに迫っている所であった。傍から見ても顔がゲスい。何を考えているのかが丸わかりである。現代日本であれば事案で間違いない。
「……アイラに用があるし。あの2人なら知ってるかな? どちらにせよ……」
ワタルは「ふんっ」と一息入れ光の翼を消失させると、そのまま自由落下に任せて兵士へと落ちていく。地上まで残り20m足らず。今のワタルであれば何ら問題はない。
「アイツらは気にくわない」
「てめぇ~……何モンだ!? コラァ!」
股間がモロな方の兵士は、いいところを邪魔され機嫌が悪かった。見た目はかなり滑稽だが、我を忘れているのか自分の姿がどういうものなのか気付く様子はない。
「……それを聞いてどうすんのさ」
「ハァ!?」
「だからそれを聞いてどうすんだって言ってんの。ホント、ベルダの兵士も騎士も魔導師も王族も頭が悪いよねぇ。顔は……王族はかなりいいもん持ってたけど、性格が悪いから歪んで見えちゃって、いろいろ台無しだし。もうちょっと教育に気を使えばいいのに」
「てめぇ……」
あまり本気で相手をする気がないワタルは、これまでの鬱憤ともどもこき下ろしまくった。モロの兵士はさすがに王族までこき下ろされて、頭に来たようだ。鎧を直さずに槍を取りに走る。ワタルはそれを追うでもなく、後ろ手にエルフたちに合図を出した。気付いてくれと願いながら。
―――早く隠れろ
逃げられては聞きたいことが聞けないので、隠れるだけにとどめてほしいがダメならダメで仕方がないとも思った。何せ今日初めて会うのだ。以心伝心など無理に決まっている。
そんな内心を各々秘めながら、行動をする各人。ワタルは兵士とエルフを遮るように立ち、侍女エルフが姫エルフに肩を貸しながら森へと避難。兵士たちはエルフたちが去っていくのを分かっていながら、ワタルへと意識を向けざるを得ない。
モロだし兵士が槍を持ってもう一人の隣へと立つと同時。ワタルの顔を見て「おやっ?」という顔をする。そして、モロだしとコソコソ内緒話を始める。
(おい、セドリック。アイツ5人目じゃねえのか?)
(あぁ? ……見覚えある気はするが、確信は持てねえな。だいたいノーマンよ。こんな大陸の奥地になんでアイツがいるんだ? ここは亜人どもの縄張りの最後方だぞ。残った亜人の領地は『
「終わったか~?」
しびれを切らしたワタルは、あくびをしながら声を掛けた。ワタルが用があるのはエルフのほうであって、断じてモロだしの兵士たちではない。モロだしのほう―――セドリックはワタルの舐めた態度に、冷えた頭が再び沸騰しはじめるが、先ほどのノーマンの言い分が妙に気になった。やや冷静になった頭でセドリックはワタルに問いかける。
「おい」
「……」
「お前、5人目なのか?」
「そうだよ」
「……やけに正直だな」
「知られても問題ないからね」
あっけらかんと正体を教えてくれたワタルに逆に警戒心を持つ2人。それに知られても問題ないとはいったい……
「こんな僻地までノコノコ出て来てさ。バカなんじゃないの? 探った限り、他に誰もいないみたいだし」
そう言えばとセドリックとノーマンはあたりを見渡す。エルフの国の首都を襲撃した後、亜人狩りと称し逃げた亜人たちを追っかけまわしているうちにかなり奥まで来てしまったようだと、この時2人はようやく気付く。いくら周りを見渡しても、同僚の姿はどこにもない。
顔が徐々に青くなり、股間のアレもしぼみ始めたのを見たワタルは、酷薄な顔で告げる。
「さあ。生き地獄、見せてやろうか。生きていることを後悔させてやるよ。殺してくださいって言うくらいにね」
人がこんな顔ができるのかというくらいの歪んだ笑みをするワタル。だが、雰囲気にビビってしまったが、元のワタルを知っている2人はすぐに我を取り戻す。
「はっ! 支援魔法しか使えない勇者でもないおまけのくせに、大きく出るじゃないか。え?」
「そうだな。騎士どころか兵士にすら勝てなかったお前に何ができるというんだ。俺たちはあの二匹を連れて帰らなきゃあならない。邪魔するなら、お前も動けなくしてもう一度勇者様たちのところへ連れて行ってやるよ。いい見世物になるな」
ワタルが5人目だと気づき舌好調な2人は、ワタルからマウントを取ろうと威嚇を始めるが、ワタルはどこ吹く風である。
「なら、その身をもって味わえ。言っても分かんないなら、その貧相なものをぶら下げてる体に教えてやるよ。この世界、体罰で文句言う大人もいなさそうだし」
ここでセドリックはようやく気付いた。自分がモロだしであったことを。そして、ノーマンは違和感を持つ。
―――この少年はこんなに自信にあふれる男であったか? と。
かすかに鳴らされた警鐘をノーマンは無視した。だが、それに従ったとて結果に変わりはなかった。
すでに彼らは絡め取られているのだから。
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