お星さまにお願い☆彡

佐崎 一路

お星さまにお願い☆彡

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 西暦20XX年7月14日。午前9時43分12秒。

 現在地:緯度48度87分37.92秒 経度2度29分50.28度。

 気温:摂氏25.57度。

 湿度:59%。

 紫外線指数:1

 曇量:36%

 視界:16km

 降水確率:3%

 風(km/h):9/北東

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 今日もいい天気だ、空が青い。

「……お星さま、どうか今日の売れた反物で新鮮なお肉が食べられますように」

 そう空に向かって祈ると、半透明のウインドウが立ち上がって、

『搭載中のハツカネズミを現在地へ投下しますか?』

 という日本語・・・のアナウンスが立ち上がった。


「――いらん。つーか、ネズミ食べるんだったら、まだ茹でたカイコ食べてたほうがマシだわ」


 最初は抵抗があったけれど、シルクを取るため茹でたカイコを捨てるのももったいなかったので、イチかバチか……いや、まあ極限までタンパク質に飢えていたのと、「食える」という《神託オラクル》の助言があったので、思い切って食べたらエビみたいで結構おいしかったのだ。

 もともと将来の宇宙旅行に際して、効率的かつコンパクトなたんぱく質の摂取対象として着目されていたらしい。割と数が多くあったし、幸いにもカイコが食べる桑に似た葉っぱも近くにあったので、いまではボクの貴重な収入源かつ食料としての生命線を担う存在と化していた。

 とはいえ、さすがにカイコばかりでは食べ飽きる。

 たまには血の滴る肉を食べたい! だけどネズミは嫌じゃ! ――というわけで、いまボクは織り上がったばかりのシルクを抱えて、近くの町まで久々の遠出をしているのだった。


 さて。ボクのにべもない拒絶にも、特に気を悪くした様子もなく、立ち上がったウインドウに続けて、

『マスターの現在地から10㎞圏内に、3~5m級大型四足獣/4(Unidentif不確定ied Living 生物thing)。3m以下大型生物/18(Unidentif不確定ied Living 生物thing)。その他、飛翔タイプ及び中型生物多数(Unidentif不確定ied Living 生物thing)確認されました。安全装置解除、ターゲットにロックオン完了。5分21秒で完全殲滅可能。食料として確保しますか?』

 と、余計なお世話の指示待ちが出る。


「だからいらないって。第一、そんな得体の知れない動物だか魔物だかの肉を食べて安全な保障もないんだし、仕留めた獲物をさばく知識も技術も道具も根性もないっつーの」


 げんなりしながら先を急ぐ。

 ないないづくしの現代人のボクとしては、町に行って現地人が食用にしている羊や豚、もしくは安全が保障されているジビエ以外は怖くて食べられない。

 それに小麦や生活必需品も買い揃えないといけないしね。


 そう重ねて言うと、諦めたのかロックオンの表示が消えた。

 もっとも現在位置の二次元マップと、警戒中の表示はそのままだけれど。


 そのまま無言で歩くこと一時間半あまり。

 ちょうどいい大木があったので、その木陰で小休止を取ることにした。


「――ふう。ちょっと一休み。あちちち……」

 日差しも出てきて気温も上がってきたので、木陰が気持ちいい。

 地面に大きく盛り上がった木の根をベンチ代わりにして、スニーカーを履いた足元へ荷物を置く。

「これも他の『勇者』だったら、わざわざ風呂敷に包んで運ぶこともないんだろうけど……』


 思わず愚痴をこぼすも、こればっかりは仕方ない。

 星の巡りが悪かったと諦めるしかないのは、いまさらのことだ。


警告アラート。マスターの現在位置が遮蔽物の陰になったことにより、安全係数が6%下がりました』

「消費税以下だし、全然問題ないね。それよか、あとどのくらいで町まで着く?」

『現在のペースを維持した場合、目標とされる二足歩行生物(Unidentif不確定ied Living 生物thing)群の巣まで、およそ二時間二十七分で到達予定です』

 原住民が見たら激怒するような表示をする《神託オラクル》。


 まあコイツにしてみれば、この世界の生き物はすべて未知の存在であるし、人間も――エルフやドワーフ、獣人や竜人などの亜人はもとより、外見的な特徴は欧米人とアジア人の混血みたいな原住民も――なんかあり得ない反応を示す異星人エイリアンという分類となるそうな。


 まあここは地球じゃないみたいだから、そういうこともあるだろう。

 それは納得できる。もっとも、大陸の配置や生物相の異質さと違って、この星の自転や公転周期、衛星の数と大きさ、大気の組成も重力や磁力も地球に酷似しているそうなので、異星というより異世界と言われた最初の説明の方がシックリくるけど。

 とはいえ、《神託オラクル》は頑なにこの惑星を異星だと認識しており、ボク以外の知的生命体についても『Unidentif不確定ied Living 生物thing』というスタンスを崩さず、その結果、町で暮らそうと思っても、ちょっとしたアクシデント――肩がぶつかったとか、飼育された魔物が牽く獣車が向かってくるだけ――でも、『敵性存在の攻撃』として、自衛のために情け容赦なく迎撃をするのだ。


 結果、いくつかの町や村を廃墟とさせたボクは、罪悪感といたたまれなさから、十六歳の若さで人目を避けて、森の中で隠遁生活(放置されていて、よさげな丸太小屋を《神託オラクル》に見つけてもらった)を送らざるを得なくなり、現在に至る。


 とりあえず動物の胃袋だか膀胱だかでできた、革製の水筒に入った生温い水を飲んで喉の渇きを癒したボクは、そろそろ出発しようかと腰を上げようとしたところで、

警告アラート! 南南西の方角より時速平均45㎞/hにて、マスターのいる現在地へ向かって接近中の中型二足歩行生物(Unidentif不確定ied Living 生物thing)/4及びそれに騎乗する二足歩行生物(Unidentif不確定ied Living 生物thing)/4が確認されました。15分50秒後に遭遇する予定。敵性存在として処分しますか?』

 緊急を示す赤い『!!』マークが点滅した。


「騎乗? もしかして、ここで馬代わりに使われているチョ〇ボ……じゃなくて、大型の騎乗用の鳥じゃないの?」

『不明。3Dモニタリングデータにて表示。地球上には該当現行生物は存在しませんが、一万五千年前に絶滅した恐鳥Terror Birds、フォルスラコス類に酷似した生物と推測されます』


 その解説と同時に、ウインドウに頭の上まで二・五メートル、伸ばした体の長さが四メートルくらいありそうな、こりゃ確かに『鳥』じゃなくて『恐鳥』だわと思える、バカでっかい鳥とそれに鞍と鐙、手綱をつけて乗っかる武装した若い男……らしい四人組が表示される。


 案の定、地元で『ギーゴ』と呼ばれる、馬代わりに使われる大型の鳥型魔物だ(魔物と動物の区別は結構曖昧だけれど、もともとは普通の動物だったのが、魔力にあてられて変貌したものが魔物とされている)。

 とはいえギーゴ自体は草食だし、飼育されている個体は割と従順なので問題はない。問題なのは、ギーゴに乗っている連中のほうだ。

 データで見る限り巡回の兵士のように統一された武装をしていないところを見ると、堅気の相手とは思えない。兵士の代わりに何でも屋のような役割をする冒険者ならまだしも、盗賊とかにエンカウントしたらシャレにならない。


『攻撃しますか?』

「う~~ん……とりあえず待機で。別にボクが目当てってことはないだろうし、万一ヤバい相手だったらその時は頼むよ」

 他の勇者だったらデフォルトで視界に入ったものを『鑑定』するスキルを使えるんだけど、生憎と落ちこぼれのボクには、そういった定番のスキルがなにもない。

 とりあえず安全を考えて、荷物をまとめて隠れる場所を探し……周囲が見通しの良い草原なのを確認して、やむなく連中が来る方向と逆側の木の陰に行って、膝を抱えてやり過ごすことにした。


 ――どうか気付かずに行ってしまいますように。


 だが、その願いはかなわなかった。咄嗟のことで、願いの冒頭に「お星さま」と付けなかったのがマズかったのかも知れない――もっとも下手に祈ると、有無を言わさずこの地上から消し去ることになりそうだけれど――四騎のギーゴは真っ直ぐにボクが隠れている大木に向かってきて、

「おっととと……止まれ、止まれ!」

 通り過ぎずにその場で一斉に手綱を引いて、緊急停止した。それも日本語・・・でだ。


「おいおい……おいおい! 『鷹の目ホークアイ』で見えたからまさかと思ったけど、本当に高月たかつきだよ!」

「ホントだ! 生きてたんだな、お前っ」

「隠れてても無駄だぜ。『鑑定』でばっちり見えるからな」

「おら、出て来いよスキルが一個しかない凡人ちゃん・・・・・


 ――盗賊よりも最悪だ。


 調子こいて囃し立てる連中――この世界に一緒に召喚された元級友にして、異世界よりきた・・・・・・・勇者様・・・と崇め奉られる彼ら――のアホ丸出しの声を耳にして、ボクは深々とため息をついて立ち上がった。


 隠れていても無駄だし、逃げてもステータス差であっという間に追い付かれるだろう。第一相手は足の速い魔物に騎乗したままだ。


『攻撃しますか?』


 再三にわたる《神託オラクル》の問い掛けに、思わず「YES」と答えそうになるのをグッと堪える。


 そうしたいのはやまやまだけれど、自衛のためといっても先に手を出せば単なる殺人だ。

 死ぬほど嫌いな連中だけれど、だからといって人としての倫理観までなくしてしまったら、それこそ犬畜生にも劣るというものだろう。


「……やあ」

 とはいえ嫌いなものは嫌いだ。到底、親し気に話しかけるわけにもいかず、そうぶっきら棒に最低限の挨拶をするのが精一杯だった。


「よう、久しぶりだな高月。どこぞにトンズラしたっていうから、てっきり野垂れ死んでるかと思ってたけど元気そうじゃないか!」


 背が高くて――まあ180センチオーバーの長身がデフォのこの世界では平均だけど――ガタイのいい男子が、ニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。

 こいつは……確か野球部の野田とか言ったかな? この世界に来る前は、挨拶と業務連絡くらいしか話したことがなかったのだけれど、まるでそれが当然のような顔で親し気に接してくる。

 どうやらこいつの脳内では、日本にいた頃の人間関係は綺麗さっぱりリセットされているらしい。


 そして、それは他の連中も同様のようで、

「まさかこんな辺境まで逃げてるとはなあ。てっきり王都の下町辺りで春でも売ってるのかと思ってたぜ」

「ぎゃはははははっ。おめーも好きだな。どこいっても女を買ってばかりで……変な病気罹るんじゃねえのか?」

「おいおい、ちょっとは自重しろよ。女なんていくらでも寄ってくるし、必要なら性奴隷でも買えばいいだろう。何しろ俺たちは英雄様なんだからな」

 サッカー部の樋口。軽音同好会の坂田。帰宅部オタク諸角もろずみが、まるで町のチンピラのような品のない口を叩いている。


 つーかこいつら、元の世界に帰ったらいたたまれないとか、そもそも帰ろうという考えはないのかね? こうして目の当たりに接してもいても、伝わってくる異郷にいる不安とか、家族に会えない憔悴しょうすいとかがまったく感じられない。

 調子に乗ったイケイケのヤンキー集団みたいだ。


 ボクらをこの世界に召喚した国と神殿関係者に一服盛られている……という可能性もあるけど、最初の混乱が収まったくらいから、大部分の生徒が変な盛り上がりを見せてハッチャケていたし、やれ『勇者様だ』『救世主だ』『チート能力だ』と、お偉いさんや綺麗どころ――王子だ貴族の御曹司だ、お姫様だの巫女様だのという肩書を持った、明かに仕込み臭い顔面偏差値の高い集団――にチヤホヤされて、男女ともに乗せられていたからなぁ。

 あれから半年余り。あの上げ膳据え膳状態が続いているとしたら、所詮は世間知らずの高校一年生(いまだともう二年になるのかな?)。目先の快楽に耽って、元の世界の事なんてどーでもよくなるということか。


 なにしろこの世界に、ボクら1年B組の生徒三十六名と担任教師一名が『英雄召喚』の儀式とやらで、王都大神殿の聖堂に突如召喚された時に、勝手についてきたチート能力――たとえば『自動翻訳』能力で言語を覚える必要もなく。また『鑑定』能力で相手のレベルやステータスも数値化されて丸わかり――のお陰で、勉強することもなく、また現地人に比べて自分たちが圧倒的な強者であるのが一目瞭然となれば、人間楽な方向へ転がり落ちるのも早いというものだ。


 おまけに、戦闘や経験を積めば、ますます強くなり、ゲーム感覚で名声も財産も美男美女も思いのままとなればなおさらだ。

 勉強も学校も大学受験も就職活動もいらない、降ってわいた薔薇色の人生。

 苦労しなければ報われない。努力をしてもそれが形となり評価されるか不透明な元の世界よりも、断然こちらの世界のほうが良い。わざわざ元の世界に戻る必要はない……そんな風に気楽に考えているのだろう。


 ボクなんかは、宝くじで一発当てたみたいな借り物の力で悦に浸るのは危険じゃないかと思うし、そもそも『英雄召喚』なんていったところで、体のいい拉致誘拐という認識で揺るがない。

 その上でこの国と神殿誘拐犯どもに忠誠を誓うなんて、まっぴらごめんだと思うのだけれど、そのあたりの危機意識がないのかね、こいつら? それともこれもストックホルム症候群の一種かねえ……なんにせよ、あっさりと絆を切られた親御さんや関係者たちは気の毒にと思ってしまうな。


 ――ま、それもボクがろくすっぽスキルも持たない。ステータスもこの世界の人間の平均値とあって、無用の能無しだと烙印を押された立場だからかも知れないけどね。


 さて、そんな風に半年ぶりに再会した元級友の、見たくもない顔を前にやくたいもない感慨に浸っていたボクとは関係なく、勝手に盛り上がった連中はどうやらボクのステータスを『鑑定』で確認したらしい。個人情報保護とかエチケットなんて意識はないんだろう。無作法この上ない。


「おいおい! あれからレベルが2しか上がってないじゃねえか!」

 嘲りを隠そうともしない野田。

「冗談だろう? 俺たちなんてもう30台の後半だぜ。クラス委員長だった西園寺なんて、50を越えたっていうのに、元副委員長様はまだ8かよ!」

 鼻を鳴らして同意する樋口。

「スキルも増えてないな。相変わらず『星使い』っていう、星占いのスキルだけかよ。だせぇ」

 そういって地面に唾を吐く坂田。

 いや、『星使い』については、勝手に神殿がそう判断しただけで、実態は別物なんだけど……まあ、わざわざ手の内をさらす意味もないだろう。

「むふぅ。ラノベとかなら、能無しと思われた奴がのちのち能力が開花して、ステータス差をあっさりとひっくり返すのが定石だけれど、どうやら本気で能無しのようですなあ」

 諸角が割と正鵠を射ている発言をして、一瞬だけヒヤリとした。


 とはいえ見えているステータスの通り、ボク自身の能力は一般人も同様である。


 ――バレることはないと思うけど……。


 役立たずとして事実上放逐したのはお前らだろう。さっさと行ってしまえ。

 そんなささやかな願いとは裏腹に、なにやら四人の目に剣呑な……いや、ぬらりと嫌らしい光が点った気がした。


「……なあ、考えてみれば勿体ねえよな。数少ない日本人同士、たとえ本人が能無しだろうと、俺らの優秀な種があれば、生まれてくる子供は出来がいいかも知れねえし」

「はっ! それに現地の土人を相手にするのも飽きてきたしな。かといって他のクラスの女たちは、聖女だ戦乙女だとおだてられて、その気になって……ブスどもが」

「そうだよな。お姫様だの巫女だのも、西園寺とかその取巻き連中ばっかりチヤホヤしやがって……」

「へへへへへっ、元の世界にいれば『ミス聖雲学園』と話す機会なんてなかったからね」


 ちなみに『ミス聖雲学園』というのは、非公式のボク――高月たかつき 依莉亜いりあ(十六歳・生物学的には♀)――の肩書だったらしい。誰が決めたのか知らんけど。

 自分じゃあよくわからないが、どうもボクはかなり見目が良いらしい。付き合ってくれと申し込まれた回数数知れず。幼稚園時代からストーカーの被害に合いまくり。お陰でこの口調も含めて、なんか色々歪んだ気もするけれど、まあこれも個性といえば個性だろう。


 と、ただ単に面倒くさいから伸ばしているだけの長い髪を払って、ため息をつきながら目の前の下心満載の連中――どうやら『勇者』としてのヒエラルキーでは、底辺に近い四人に言い聞かせた。


「生憎といまの気ままな生活が気に入っているんでね。ボクのことは気にせずに、(せいぜい国と神殿の走狗として)いままで通り勇者ゆーしゃとして、僻地のゴブリンやドワーフ退治といった雑用に専念しておいてくれ」


 ボクとしては最大限に言葉を選んで穏便に済ませたつもりだったのだけれど、なぜか四人が四人とも満面に怒気を漲らせて、次々とギーゴから飛び降りて武器に手を添えて詰め寄ってきた。


「……おい! どういうことだ、もう一度言ってみろ!?」

「どうもこうも……。自分たちで言っていただろう? 『こんな辺境に』って。その辺境に部下も護衛もつけずに四人きり……ってことは、その辺境の砦にでも左遷とばされてきたってことだろう? 実力がなかったのか人望がなかったのか失態を犯したのかは知らないけれど、辺境警備隊の任務なんて勝手に増えて被害をもたらすゴブリンやドワーフの駆逐がほとんどじゃないか」


 挑発的な野田の問い掛けに、ボクは正直に思ったことを伝えた。


「て、て、めえ……出来損ないの一般人もどきが……!!」

 図星を突かれたせいか、歯を剥き出しにして躾のなっていない犬みたいに(狼の精悍さはないな)唸る樋口に、ボクは前から思っていた所感を口に出す。

「そうそれなんだよね。確かにボクは一般人と変わらぬステータスだし、伸びしろもない。つまり限りなく一般人に近いというわけだ。だけどさあ、君らが『勇者』として日本から召喚されたお題目って、魔族や魔物に苦しめられる民を救うため……とかなんとか、国のお偉いさんや神殿関係者が言ってたはずだよね? だったらボクも守るべきか弱い民ってことだと思うんだけど、能力がないって理由であっさり切り捨てるって変な話じゃない? 本末転倒というか、ぶっちゃけお題目なんてどーでもよくて、国としては強力な兵器を欲していたってことじゃないかね?」


 あと、それに従って唯々諾々と弱者を見捨てるお前らに『勇者ヒーロー』としての資質はないと思うよ……そう続けたいけれど、そこまで言えば逆上したこいつらが何をするかわかったもんじゃないので、ぐっと我慢をする。

 もっとも、この程度の挑発でもあっさりと勘に触れたらしい。鼻息荒く怒鳴られた。


「んなわけねえだろう! 俺たちが魔物を斃したお陰で、どれだけ感謝感激してるか……ああ、てめーが無能だから嫉妬してるんだな。バーカ!」


 バカはお前だ。と樋口に言いたいのを堪えて、ボクはやれやれと肩をすくめてみせる。


「それってヤラセだと思わないの? つーかさ、君らを誉めそやす連中以外に、この半年で誰かひとりでも『肩書』『名声』『金』『主従』の要素を抜きにして、地元民と対等な人間関係や信頼関係を結べた人っているのかね?」

「バカじゃねえか。わざわざ下賤の土人と――」

「あー、はいはい。いないってことだよね。つーかさ、実際に接してみるとわかるんだけど、この世界の人間って科学文明こそ発達してないけど、知識階層は千年前の古代ギリシャやローマ人並みの洞察力と探求心を持っているんだよね」

「はあ? つまり俺らに比べて千年遅れてるってことだろう? やっぱ土人じゃねーか」


 勝ち誇ったかのように吐き捨てる樋口。他の三人もピンとこないようで、それがどうしたという顔だ。

 バカだバカだとは思っていたけれど、ここまでもの知らずのバカだとは思わなかった。古代ギリシャやローマ人がどれほど創造的でかつ哲学的であったのか。そういった基礎教養もない人間に教え諭しても無駄というものだろう。


「それに、俺たちのことを随分とバカにしているみただけれど高月さん。君がいなくなった後で、レベルアップした俺たちは、ゴブリンやオークどころかドラゴンだって斃せるくらいになったんだよ」

 自信満々に言い切る諸角。


「ドラゴン? ワイバーンのような亜竜の類かい? まさか真竜である属性ドラゴンってわけじゃないだろう?」

 確かワイバーンで平均レベル50前後。属性を持った真竜になると、下級種でも軽く300を越えるはずだから、レベル40にも届かないこいつらが四人集まっても斃せるはずがない。


「本物のドラゴンに決まっているだろうが! 西の山にドラゴンが巣を作ったっていうから、俺たちで退治に行ってきたんだ。ちょっと手古摺ったけど、たいしたことはなかったぜえ!」

 そう樋口が胸を張り、証拠だとばかり坂田がこれ見よがしに亜空間――『アイテムボックス』とか『インベントリ』とか呼ばれる勇者の基本スキルだ。こればっかりはボクも羨ましい――から、血まみれになった全長五mほどの赤い鱗をしたドラゴンの死骸を三匹取り出した。


「どーだ! 驚いたかっ!」


 野田の有頂天の声がしたような気もしたけれど、それどころじゃない!

 ボクは目の目に転がるドラゴンらしい死骸を前に、全身が総毛立つような恐怖と衝撃に襲われていた。


〝幼竜”パピー・ドラゴン!! それもまだ巣立ち前の本当に卵から孵ったばかりの赤ん坊! ああっ、しかも赤い鱗――一番凶暴な火竜種じゃないかっ!!」


 バカだバカだ大バカという言葉でも物足りない脳タリンどもだ!!!

 ちゃんと魔物の種類や習性を学習していたら、目の前にいる個体が明らかに成体のドラゴンではないこと、そして子供を無惨に殺された親がどれほど怒り狂うことか、その程度の知識も想像力もないのか、こいつら!?!


警告アラート!! 未確認飛行物体/2が、現在高度1500m。時速780㎞/hでマスター及びUnidentif不確定ied Living 生物thing/8が接触しているポイントへ接近中。689秒後に最接近予定です』


「あれを見ろーっ! あっちから子供を殺された親のドラゴンが追ってきてるぞ!!」


 そうボクが《神託オラクル》も表示された方向を指さすも――。


「ハッ! 古い手だな。そんなんで誤魔化されるわけがねーだろう」

 小ばかにした顔で一笑に付す野田。

 他の三人も一斉に肩をゆすってボクの言葉を本気にしない。


「このォ……お前らが自業自得で怨まれるのは当然だけど、ボクまで巻き込むな! 誰だか知らないけど『鷹の目ホークアイ』が使えるんだろう!? だったらちょっとだけでも確認してみろ! 嘘だったらこの場でストリップやってやるよ!」


 地団太踏んでそう啖呵を切ると、

「面倒臭えな……んなもんあるわけ――っっっ!?!」

 お座なりにボクの指さす方角を向いた野田の瞳孔が一瞬だけ猛禽類のように狭まり、続いてその顔色が一瞬にして蒼白になった。

「なんだありゃ!?」


 ドラゴンだよ。あれが正真正銘の成竜のファイヤードラゴンだよ!

 と、ボクが指摘するまでもなく、最初に小さな点にしか過ぎなかったソレがぐんぐんと迫り、あっという間に小鳥ほどの大きさから大鷹、そして小型飛行セスナ機、そうして中型の旅客機ほどの大きさとなって、この場へと舞い降りてきた。


 大きさそのものであれば元の世界の大型旅客機のほうが上かも知れないけれど、生き物の持つ生々しさと威圧感は圧倒的で、頭上100mほどの空中にホバリングしている鮮血のように赤い鱗のドラゴン二匹の威容は、見上げるボクらの視界一杯を覆わんばかりの迫力だった。


 その二匹の爬虫類じみた視線が地上に置きっ放しになっている、三匹の〝幼竜”パピー・ドラゴンの亡骸へと注がれ――次の瞬間、悲痛な慟哭と灼熱の溶岩のような憤怒を伴った咆哮が、

〈グアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!〉

〈クゥオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!〉

 ボクたちへ向けて叩きつけられる。


 ――無理だ、逃げられない!


 バカに絡まれたせいで、ボクまで子供の仇と見なされたらしい。

 逃げるも隠れるもならずに歯噛みするボクの目の前で、混乱したのか錯乱したのか知らないけれど、

「う――うわああああああああああああっ!!」

 野田が持っていた両手剣を構えると、一瞬にしてファイアードラゴンの背後へと位置を変えていた。


瞬間移動テレポーテーション』! 野田の『勇者』としてのチートスキルか!? あんな巨大な剣を軽々と扱えることといい、あいつ完全に人間辞めてるわ。

神託オラクル》が、ボク以外の四人を『Unidentif不確定ied Living 生物thing』と人外扱いするわけだ。


 確かに大口を叩くだけあって、一瞬にして相手の死角を取って、そこから攻撃を加えるコンボは凄い。おそらくはコレでいままで大型の魔物も狩ってきたのだろう――だが、

「――あ……!?」

 刹那の反射神経で首筋を薙ぎにきた攻撃を避けたファイアードラゴン。

 一応は刃先はドラゴンの鱗に到達したものの、角度が甘く軽く弾かれた。

 そうして身動きのならない空中にいた野田が再度、瞬間移動テレポーテーションをするよりも速く、ファイアードラゴンの長い尻尾が翻って、野田をペシャン!と、蚊でも潰すように叩き潰す。


 空中で汚い花火のように四散した野田の姿に、逆上したのか血迷ったのか、

「て、てめーっ! 降りて来い、このトカゲ野郎っ! 野田のカタキだ!!」

 樋口が地面を蹴ると、ボコボコと人の背丈の倍ほどのずんぐりむっくりしたゴーレムがタケノコみたいに現れて、頭上のファイアードラゴン目掛けて一斉に手近な岩や土を投げ始めた。

 坂田と諸角も脇目も振らずに光る矢や、(よりにもよって火竜相手に)ファイアーボールだかを放っている。


〈グルルルルァーーッ!!〉


 鬱陶しそうに唸り声を上げたファイアードラゴンが、三人へ向かって大きく顎を開けて、ひと呼吸息を吸い込む動作を見せた。


「――ファイアーブレス!? やばっ!」

 咄嗟にボクは、ドラゴンの出現に右往左往しているギーゴの一匹の手綱を掴んで、首にしがみつく格好で取りすがり胴体を蹴った。乗馬の経験なんてないけれど、見様見真似と動物の本能に任せて、必死になって退避するギーゴに任せてボクはその場に背を向けた。


 お互いに火事場の馬鹿力を発揮したのか、ギーゴは《神託オラクル》観測で本日の最高速度を叩き出し、ボクはボクで上下に揺れる鞍の上から落ちることなく、いつの間にか鐙に足をやって手綱を握っていた。


 ――行けるか!?


 と、思った刹那、背後から押し寄せてきた火山の爆発のような衝撃と熱波、地鳴りのような振動がボクとギーゴをまとめて襲ってなぎ倒す。


「ひょえええええええええええええええっ!?!」

 こういう時、咄嗟に「きゃあ!」とか悲鳴を上げられる女子って、ある意味豪胆だよなぁ……と、勝手に漏れた自分の悲鳴を聞きながら、頭の片隅の妙に冷静な部分で思うのだった。


 で、ひっくり返った姿勢から、恐る恐る体を動かして、いまのところ手足の欠損や骨折などの怪我がないことを確認して周囲を見渡す。

 幸いにして荷物は近くに落ちているけれど、ギーゴのほうは打ちどころが悪かったのかピクリとも動かない。


 そうして背後を振り返って見れば、あの大木が跡形もなく消えていて、あまりの熱気に陽炎が立ち上っていた。

 一点に攻撃が集中された結果か、それとも子供の亡骸を傷つけまいと配慮なのか、幸いにして火炎は周囲にはさほど燃え広がっていないけれど、直撃を受けた三人がどうなったかは、文字通り火を見るよりも明らかだろう。


 だが、それでもまだ子供を殺されたファイアードラゴンの怒りは収まらない。

 もう一匹残っている目障りな小虫ボクを叩き潰そうと、二匹揃ってこちらへ鼻先を向けた。


『脅威度をAランクと推定。マスターに対して敵対行動を取ったことにより敵性体/2と認定。迎撃します。――《スサノオ》及び《哪吒Nézhā》による粒子ビーム。目標に対して発射シュート


 刹那、蒼穹そうきゅうの彼方――星々のうちのふたつが輝きを増し、焦点温度一億二千万度を超える荷電粒子砲が、およそ十秒間の間、雨あられと目標であるファイアードラゴン目掛けて降り注がれた。


〈ギャオオオオォォォ……!?!〉

〈キュオオオオオ~~ン……?!?〉


 熱に対しては絶対的な耐性を備えると自負していたであろうファイアードラゴンの自慢の外皮すら、濡れた紙のように問答無用で貫く、遥か彼方より飛来する前代未聞の熱量。

 地上にいた人間を上空からファイアーブレスで一蹴したドラゴンが、今度は逆の立場でなすすべなく、全身を槍衾に貫かれたかのように狙撃され、一瞬にしてズタボロになり、濡れたボロ雑巾のように地上へと落下する。


 もはや戦う力などないであろうこれらを前に、なおも《神託オラクル》の無慈悲な断罪は続く。


『敵性体の生命活動を確認。完全制圧のためには核ミサイルもしくはそれに相当する運動エネルギー兵器の使用を検討――対象とマスターとの距離が至近であるため核兵器の使用は除外。よって《ベツレヘムの星》より【神のRods from God】を投下します。15.6秒後に着弾予定です。到達該当地点より半径500m以上離れてください』


「ひょええええええええええええっ!!」

 慌てて荷物を掴んでスタコラサッサと逃げ出すボク。


 いい加減大丈夫かな? と思ったところで、頭上から燃え盛る流れ星みたいのが落ちてきて――。

「早いっ! まだオッケーともなんとも言ってないじゃないか~~っ!」

 吸い込まれるように、タングステン製の制御装置付きの棒――衛星軌道から落下してくる運動エネルギーによる激突の破棄力は、核爆弾に匹敵する【神のRods from God】が――地上へ伏す二匹のファイアードラゴンへ直撃した。


 咄嗟に地面に伏して耳を塞ぐ。

 それでもボクの体は木の葉のように舞い上がりそうになり、見上げた目には巨大なキノコ雲が見えた。


 30分後――。


 爆風で火災もきれいに消し飛ばされ、草原のど真ん中にちょっとしたクレーターがあるだけで、ドラゴンの影も形もなくった周囲を見回してボクはため息をついた。


「……まったくやり過ぎなんだよ。貴重なドラゴンの素材もパーだし」


 とはいえ万一ドラゴンの素材なんて換金に行ったら偉い騒ぎになるのは目に見えている。初めから縁がなかったものとあきらめるべきだろうね。


 とりあえず自作のシルクの反物が無事だったのに安堵しながら、爆発とキノコ雲でいまごろ大騒ぎになっているだろう町には近づかないようにして、ここまできたのに勿体ないけど引き返そうと踵を返した。


 と――。


「……う……ぐ……た、助……」

 微かなうめき声が聞こえてきた方向を見れば、黒焦げになった人型……よくよく見れば諸角のなれの果てが虫の息で助けを求めている。


「生きてたのか……とは言え」

 もともと火炎系のチート能力を持っていただけあって、どうやら多少は火に耐性があったお陰で、ファイアードラゴンのブレスを受けても即死しなかったらしいけれど、他の連中がウェルダンなのに対してミディアムレアに留まっているレベルだ。

 即死しなかった分、なおさら悲惨って状況だろう。


「悪いね。ボクには人を治す能力も、そこまで酷い火傷を治す薬もないんだ……。せいぜいぶっこわすだけだよ」

「ああ……あ……ど、どう……」

「ん? どうやってドラゴンを斃したかってことかい? 想像がつくだろう。ボクの唯一のスキル『星使い』のお陰だよ」

「……そ…‥‥な……」

「ああ、神殿の鑑定では該当するスキルの詳細がなかったから、勝手に占星術だと思われたみたいだけど、実のところボクのスキルの名称は『人工衛星の司令塔』ってところなんだ」

「……は……?」


 一瞬、痛みも忘れた顔で呆ける諸角。


「ボクも知らなかったんだけど、どうやらボクと一緒にこの惑星の衛星軌道に元の世界の人工衛星約五千六百個が転移していたみたいでさ。それらを自在に統括するのがボクのチート能力ってわけだったんだよ」


 ちなみに一口に人工衛星といっても様々な種類がある。


 学術衛星(量子コンピュータが搭載された複数の衛星がリンクすることで、一種の人工知能である《神託オラクル》が形作られている)。

 太陽光発電衛星(他の衛星のエネルギー源と化している)。

 航行衛星(元はカーナビや船の航行などをサポートするもの)。

 生き物を乗せた生物衛星(現在搭載されているのはカイコ、ハエ、ネズミ、イヌ、ネズミ、ネコ、カエル、イモリ、メダカ、ウニ、ハチ、クモなど)。

 地球観測衛星(電波、可視光線赤外を用いて観測する気象衛星や海洋観測衛星)。

 通信衛星(インターネット通信やデータ送受信用で、現在は他の衛星同士とボクとのリンクにのみ使用されている)。

 軍事衛星(粒子ビーム兵器、エネルギー兵器、運動エネルギー兵器、核ミサイル、通常ミサイルなどで敵を破壊する)。

 スパイ衛星(軍事航法衛星や早期警戒衛星など)。


 これらが複合的に組み合わされ、24時間ボクを完璧にサポートしてくれるってわけだ。

「……今回みたいに敵対する相手には容赦ないけど、ボクが直接斃しているわけじゃないから、経験値とかは全然上がらないんだよね。まあ、普段使いする分には地図と天気予報くらいし使い道がないけど――って、もう死んでるか」


 ふと気が付くと諸角は苦悶の表情もあらわに息絶えていた。

「やれやれ……だ」

 礼儀として穴でも掘って供養したほうがいいかな……とか思ったけれど、現場に痕跡を残すとあとあと面倒なことになりそうな気がするので、そのままにして背を向けることにする。


「さてさて。お星さま、明日は良いことがありますように……」


 そう願うのと同時に、《神託オラクル》が明日の天気予報と降水確率などを表示した。

 どうやら明日も快晴らしい。

 とりあえず、それで満足するしかないかなと思いながら、ボクはトボトボと森の我が家を目指すのだった。

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