第三章 其れは見えない悲しみ―8

 トリバーが立ち止まった。

 ふいに頬に冷たい雨の感触を覚えて、アリムは思わず大きく目を開いた。

 緑の髪の青年の顔が見えた。何かに驚いたかのように瞠目した顔が――やがてきつく唇を噛み。

「貴様ら……精霊を」

『あなたに対抗するには、これしかありませんので……マギサ・ニクテリス』

 トリバーの緑の髪が、雨に濡れる。

 急にアリムは悟った。青年がかけてくれた雨避けの術が切れた。そして彼は、術をやり直せずにいるのだ……!

『雨が降っているのが少々気がかりですが……』

 目を向けた先、マスカ・アネルが片手に掲げたもの。

 赤く赤く燃える――炎。

火精ピュールの力も最大限に発揮できませんね。ですがきっと充分でしょう、火精はあなたのもっとも苦手な力だ』

 ばかな、とトリバーが毒づいた。

「正気か? こいつも巻き込まれるぞ!」

 アリムをかばうように立つトリバーに、覆面の奥の目は妖しく微笑んだ。

『ご心配なく。彼は死なないていどにいたしますよ――ただし、あなたには過ぎた熱量でしょうね。大変申し訳ないがマギサ、あなたには消えていただきます――』

 声が、薄笑いに、変わった。


 少年たちの目の前で、

 炎が、一瞬にして通りをうめつくすほどに膨れ上がり、


「爆発、する――!?」


 そして、


 胸元で何かが、焼けるように熱くなった。


『炎は危険なもの――』

 脳裏に母の言葉がよみがえる。

『だから、火の精霊とは仲良くね……アリム』

 本当は、と母は言った。

 火だってとてもやさしいものよ――と。




 熱い。これは炎の熱さ?

 苦しい、助けて、


 さようなら、と誰かが囁く。






 そして――そして……?






 ああ、まただ。

 うずきを覚えた胸に、アリムはぎゅっと手を当てる。

 お願いだから、お願いだから、

 ぼくのそばからいなくならないで

 この熱い世界では涙が乾いてしまう

 悲しくても涙を流すことさえできないから、だから――

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