第三章 其れは見えない悲しみ―9

『……バカな』

 覆面の戦士は呟く。

『爆発がおさえられた……? いったい何故』

「火精の力は」

 傍らから声がした。「同じ火精なら抑えられる。知らないはずがないだろ?」

 はっとマスカ・アネルはその場から飛びのく。

 全身に緊張がみなぎった。強烈な圧力が、通りそのものを支配していく。

「どうりでいつまで経っても報告がこないわけだ……」

 いつの間にか現れた青年が、ひとり呟いていた。冷めた視線がやがてこちらを向いて。

「貴様ら精霊を支配したな?」

『―――』

 汗が流れ落ちるのを、マスカ・アネルは自覚した。

 この青年を怒らせてはいけない――

「もう遅い」

 しゃん

 優雅なまでに滑らかな金属音がして、気がつけばのどもとに剣先がつきつけられていた。

 その切っ先にこめられた鋭い意識が、すべてを凍りつかせて。

 ……青年が微苦笑する。

「“仮面の人マスカ・アネル”がそんなに分かりやすい態度でいちゃーいけないな。もっとクールにいけよ……なあ、協会の飼い犬よ」

『………』

 剣先はまさに首に触れるか触れないか、絶妙な位置で止まっていた。ただそれだけで、青年の腕を知るのに充分な。

 仲間の気配が消えていることに、マスカ・アネルは気づいた。

「本当はこの場でひねりつぶしてやりたいけどな……」

 青年の甘い色の瞳が脇に移る。

 地面に倒れ気絶した、二人の人間。――自分らの目的だった少年と、緑の髪の精霊術士を見やって。

「……そうもいかない。帰ってお偉いさんに伝えるんだな。今後こいつらに手を出したら、そっちもただで済むと思うなよ」

『―――』

 剣先がゆっくりと、首から離れた。威圧感はそのままに。

 ――この大陸で絶大な力を誇る精霊保護協会に対して、これほどあからさまに敵意を見せる存在が、いったいどれほどいる?

『残念ですよ……』

 一歩一歩退きながら、覆面の戦士は少し笑った。

『あなたが我々の味方でないことが』

 唇が自然とその言葉を紡ぐ。

 “精霊に愛されし子よ”――

 刹那、顔を覆っていた覆面の一部が裂かれた。

 露出した頬から、つうと一筋の血が流れた。

「失せろ。素顔を切り刻まれたいか?」

 精霊と語る声が、今はどんな鋭利な刃よりも鋭く。

 マスカ・アネルは従った。

 覆面にすべてを隠し、そして影のように、彼はその場を退いた。


 ――覆面の戦士の気配がなくなったその場で。

「馬鹿どもが……」

 青年は苦々しくはき捨てた。

 そして、

「――さあーって! このしょーがない二人を運ぶとするかあ」

 急に朗らかな声で。

 ああめんどくさいめんどくさい、などとぼやきながら楽しそうな青年の、短い亜麻色の髪が軽く弾む。

 雨は、すっかりやんでいた。

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