23
銃声が続いている。
幼いレギンは、ラルゴとエノーラを撃ち殺していた。
フライメイは部屋の隅でパルハインを潰し続けている。
レギンは、幼い自分の横に立って、その様子を静かに眺めていた。
フライメイの呼ぶ声がして、レギンは寝台の上で体を起こした。
窓の外は柔らかな光がある。
「朝だよ」
「……知ってる」
「さわやかな朝だよ」
「そうか」
「おはよう」フライメイはレギンの顔をじっと眺めながら言った。
「ああ。おはよう」
フライメイは表情を変えなかったが、満足げにうなずくと寝室を出ていった。
扉の向こうでアイリスの喚き声が聞こえた。
どちらがレギンを起こすのかで、競っていたようだった。
レギンはぼさぼさの頭をかいた。
じっとりと寝汗をかいていたが、滝のような汗を流して飛び起きていたころとは雲泥の差だった。
空は晴天で、気持ちのいい風が吹いている。
昼前になるとジグムントが訪ねてきた。
レギンはちょうどドールの訓練をしていたところで、庭先で対応した。
「つまり、連中は支配種を支配しようとしていたことが露見するのを恐れているんだ」ジグムントはタバコをふかしながら言った。「だから誰も文句を言えない。コンラー家の、フィーノ様の方針に逆らっていましたって明言するようなものだからな」
レギンは椅子に腰かけて適当に相槌をうった。
手元にはジグムントから受け取った資料がある。
あの戦いから一週間が経っていた。
エメリウスという主を失った廃都フーアは、無法地帯に逆戻りした。
多数の有力な操術士が、エメリウス亡き後のフーアの覇権を握ろうと、血で血を洗う抗争を始めている。
エメリウスを支持していた勢力が、あちこちで燃え上がっていた。
レギンは、コンラー家からなんらかの対応――レギンへの討伐指令など――があるものと覚悟し、コンラー家との戦いも想定していたが、主であるフィーノがエメリウス討伐に賛成であったため、レギンには何の追及もなかった。
「……しかし、数が減ったな」ジグムントは訓練にいそしむドールたちを眺めて言った。「それほどの戦いだったのか」
「俺の実力不足だ」レギンは力なく首を振った。
「こっちにも事情があるから、これは公式に発表できることではないのだが」ジグムントは声を潜めた。「フィーノ様はいたく感激しておられた。……お前は嫌がるだろうが、いずれお前を首都に招いて、ゆっくり労いたいとおっしゃっていた」
レギンが拒絶の返事をしなかった。
ジグムントは不審げに首を傾げた。
「……化粧でもしてるのか?」
「はぁ?」レギンは驚いて顔を上げた。「何言ってんだ」
「では体調不良か? 肌が白く見える」
「気のせいだ」レギンは吐き捨てて資料に目を落とした。
あの戦い以来、レギンは自分の体に明確な変化が起きていることに気づいていた。
古傷こそそのままだが、グロリオーサとの戦いで受けた傷は、かすり傷さえ残っていなかった。
そしてなにより、少々色白になって、顔つきが変化していた。
身体能力も大幅に向上しており、低位の魔術による強化を受けたのと同等の力を常に得ているような状態だった。
まるで天使の仲間入りをしたような気分だった。
「それで、お前の新しいドールたちだが……」
訓練中のドールたちが身を固くした。
ジグムントの来訪に備え、天使たちは家の中に隠してあった。
だが話はすでに知られているようだった。
「何の話だ」レギンはとぼけて言った。
「……まあ、お前がそういう態度を取るのは別にいい。こちらとしてもわかりやすくて助かる。ともかくフィーノ様から言伝だ」ジグムントは背筋を正し、咳払いをした。「天使たちにお前の首輪がついている限り、我々は一切関知しない。お前は、ちょっと肌の白い美しいスレイブを支配しているだけ、ということになっている。何しろ、天使ってのは操術が効かない存在だ。つっかかってこられる奴はそうそういないだろう」
ジグムントはそう言うと歯を見せて笑った。
「まあ、あまり表には出さない方がいいことは間違いない。美しいスレイブってのは、それだけで目を付けられるからな」
「……助かる」
ジグムントは息をのみ、目を丸くして眉を上げ、体を硬直させてレギンを見た。
「なんだよ」
「レギン、お前、……変わったな」
「うるせえ。用は済んだな。とっとと帰れ」
レギンは立ち上がり、ジグムントに背を向けた。
「また来る」
「もう来るな」
「分かった分かった」ジグムントは笑い声をあげ、車に乗り込んで去っていった。
レギンは訓練を終えたドールたちと共に家に戻った。
そこでは食事当番のドールたちが昼食の準備を進めていた。
部屋の奥の扉が開き、ガーベラたちが警戒するように顔を出した。
「行ったか?」
「ああ」
「やっぱり、ばれてたか?」
「大丈夫だ」レギンは首の後ろをさすった。「少なくとも寝込みを襲われるようなことはない」
「そうか」
天使たちから、それからドールたちからも安堵のため息が聞こえた。
「ただ、自由にしてやることは難しい」
レギンはガーベラたちの首元の青い蛇を見た。
「もう慣れた」ガーベラは笑って答えた。「それにお前の首輪なら、悪くないさ」
他の天使の子供たちも、不満そうなものは一人もいなかった。
レギンはテーブルに着いた。
食事当番のドールたちがテーブルに料理を並べていった。
そこに天使の子供たちが混じり、ドールたちを手伝っていた。
彼らは朗らかに談笑しながら、くだらない話に花を咲かせている。
アイリスはレギンの隣に座っていた。
そこはもう彼女の特等席になっている。
フライメイはレギンの正面に座った。
彼女は、場所については特に気にしていないようだった。
「精霊たちよ。日々の糧に感謝します」
天使たちは祈るように手を合わせて祝詞を続けた。
ドールたちは祝詞こそ口にしなかったが、天使たちを真似て手を合わせていた。
レギンはその様子を眺めていた。
ドールたちにも、天使たちにも、青い蛇の首輪がついている。
そして彼らに混じっている自分がいる。
不思議な気持ちだった。
そしてなにより、ここにいるのは助かった者たちだが、いなくなった者もいるのだ。
忘れることはできない。
レギンはそれを噛み締めた。
「ほら、レギンも」
アイリスに小声で釘を刺され、レギンはしぶしぶ指を組んだ。
「恥ずかしがらないで」
「恥ずかしくない。俺は精霊を信仰していないだけだ」
「そのおかげで助かったくせに」
「おかげでひどい目に遭ったとも言える」
「何よその言い方。だいたいレギンはいつも――」
二人が言い争う様子を、ドールたちと天使たちがにやにやと盗み見ていた。
ガーベラはいやらしく笑い、マーガレットは目をキラキラさせている。
フライメイは無表情だったが、少しだけ唇の端を持ち上げていた。
アイリスがそれに気づいて、顔を赤くしてレギンを非難するように睨んでから目を伏せた。
レギンも何も言い返さず、アイリスに続いて天使の祝詞が終わるまで目を閉じた。
<了>
レギンの首輪 八木平治 @emura15
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