19
レギンはトラックを運転し、平坦な荒野を走っていた。
道は舗装されていたが、整備されておらず、レギンはひび割れた地面をよけてハンドルを切っていた。
頭上には星空が広がっている。
時間がどれくらい残されているかは分からない。
荷台には天使たちが乗っていた。
首元にはすでに青い蛇が巻き付いていた。
フライメイ達は首輪だけつけて、森に置いてきた。
傷を負っていない者がいなかったためだ。
「どうして嫌われようとするんだ」
助手席に座ったガーベラは、拳銃を弄びながら言った。
銃口をのぞこうとして、レギンは強い口調で「やめろ」と言った。
ガーベラは銃口を逸らした。
「それより、うまくいくのか?」レギンは背後のコンテナを顎で指した。
「どの程度なのかは分からないが、威力や性能は確実に上がる。それは間違いない」
「無いよりマシって程度か」
「もう矢が残ってないからな……。そっちはどうなんだ」
「ドールの身体強化魔術はかけてきた」レギンは手をふらふら振って見せた。「ただ、俺自身は魔術を使えるわけじゃない。かけ直しができない」
「一晩持つのか?」
「かけられた魔術は、水筒の中の水だ。今の俺は銃弾を食らっても、そこそこ痛いで済む。でも、水筒の水は減る。メイスで頭がつぶれるくらいぶっ叩かれても、まあ死ぬほど痛いが、頭はつぶれない。だが水筒の水はものすごく減る。そして水筒の水は補給できない。……要は立ち回りしだいだ」
「前に出ない方がいい」
「そういうわけにもいかない。手持ちのカードはすべて切る」
「レギンがやられたら、どのみち全部終わりだ。俺たちだけじゃ、魔術を使うスレイブはなんとかなったとしても、グロリオーサは倒せない」
「分かってる」
ガーベラは頷いた。「それで、俺たちはどうすればいいんだ」
「何の話だ」
「操られるんだ。心構えとか、いろいろあるだろう」
レギンは懐かしい記憶を思い出していた。
かつての家族と、同じ会話をしたことがある。
「頭のてっぺんからつま先まで、俺の物になる。瞼でさえ自由に動かせない」レギンはハンドルを握りながら言う。「慣れてないから精神的な負荷は途方もないものになる。本当は徐々に慣らしていくのがいいんだが、そんな時間は無い」
「アイリスを助け出すためだ。我慢する」
と、ガーベラは何かを思いついたように眉を上げた。
「支配して俺たちを操って、精霊術は使えるのか」
レギンは応えなかった。
練習する時間は無い。
魔術と同じように使えることを祈るしかなかった。
ガーベラは咳払いした。「いいかレギン。忘れるなよ。俺たちに首輪はついたが、ドールになったわけじゃない。これは一時的な共闘だ」
「共闘ね」
「それから、もし使い捨てるなら俺にしろ。……他の連中は、やめてくれ。俺は一番年上なんだ」
レギンが口を開きかけて、ガーベラは遮った。「分かってる。お前はドールを使い捨てなんかしない。でも、そういう必要があるならって話だ」
「……お前いくつなんだ」
「十七」
レギンは思わず隣の少年へ目を向けた。
「いくつだと思ったんだ」
「せいぜい十四」
「十四じゃアイリスとマーガレットだ」
「妹の方が背が高いんじゃないのか?」
「まだ俺の方が高い!」
やがてトラックは廃都フーアの郊外にある小高い山のふもとにたどり着いた。
辺りに人気は無く、民家の類も見当たらない。
ガーベラたちの話では、この山に強い精霊術の反応があるらしい。
レギンは車両を止めた。
荷台から天使たちが降りる。
レギンとガーベラも車から降りた。
「なんだこれ……」ガーベラが呻く。「すごい量の精霊が集まってる」
天使たちも顔を見合わせていた。
「これほどだったら、おれたちが精霊術を使っても位置を特定されないぞ」
「あっちが派手過ぎて、見つけられないはずだ」
「好都合ね。隠密に力を注がなくてもいいから」マーガレットが頷いた。
「ガーベラ、借りるぞ」
レギンはガーベラが了承するのを見て、操作を開始した。
レギンにも、山頂付近に強烈な力が集まっているのが見えた。
山の近くには無数のスレイブたちが待機している気配もある。
上界へ攻撃するための駒たちなのだろう。
ガーベラを待機状態に戻す。
彼は大きく息を吐いた。
「大丈夫か」
「……ああ」
「無理するな」
「平気だ!」
ガーベラたちは深呼吸のあと手のひらを差し出し、その上に小さな光球を生み出した。
それを胸元へ納めた。
天使たちの手には大口径の銃や、無骨なメイスがある。
「……いくぞ」レギンは応えた。
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