17


 月の無い、蒸し暑い夜だ。


 錆びたコンテナを接続した大型トラック数台が、広大な森の入り口に止められていた。


 レギンはそのうちの一つのコンテナの中で、荷物の上に腰かけて、自分の首を触っていた。

 そこには緑の蔦のような紋様が刻まれている。

 ウルリッツのものだ。

 肌が突っ張るような分かりやすい違和感はないが、何かが巻き付いているという確信はあった。


 支配されるのは初めてだった。

 ぬぐえない不快感があって、全く落ち着かない。

 頭の中で誰かが常に喋っていて、その声に逆らえない。

 とてつもない大声だ。

 これが操術による「命令」なのだ。


 レギンは立ち上がろうとしたが、身動きできなかった。

 体が勝手に動かなくなる。


「気分はどうです?」


 正面に座るウルリッツが、腕輪を撫でながら、笑みを浮かべて言った。


 だるさはわずかに残っているが、「銛」を撃ち込まれたときの体調の悪さは無かった。


 しばらくして、コンテナに他の人形遣いたちが戻ってきた。

 ドールも続き、武器などの荷物も乗せられていく。


 収穫は無かったようだ。

 フライメイ達が逃げおおせたことに、レギンは安堵した。


「あなたの勝ちですね」正面に座っているウルリッツが、人形遣いたちがコンテナに帰ってくるのを見て言った。

「俺はこれからどうなる」

「エメリウスのものになります」


 ウルリッツはうっとりと言った。

 目には高揚があり、レギンはすぐにその正体を悟った。


「……感情調整されているのか」

「はい!」ウルリッツは祈るように両手を組んだ。「やっぱりわかりますか?」


 感情を操作することで得られるメリットは大きい。

 命令に対する忌避感も、マスターへの嫌悪感も、好意へと転換できるからだ。

 上手くすれば命令無しで思うままに動く駒を作れる。


 だが現在、ほとんどの操術士が感情操作を嫌っているのは、メリットにデメリットが釣り合っていないためだ。

 感情の調整に失敗すれば一瞬で精神崩壊して使い物にならなくなるうえ、この調整が異様に難しい。

 同時並行で記憶の改竄も行う必要があるためだ。

 スレイブを二百体廃人にして、ようやく感情調整の初心者になれる、と言われている。


 そして何より、調整を施したスレイブは他人に譲渡できない。


 首輪が外れた瞬間に、これまでの感情がすべて虚構であったと突き付けられ、ほとんどのスレイブは耐え切れず自我を失う。


 つまり、感情を調整して完璧なスレイブを作っても、商売ができないのだ。

 結果、今日までろくに進歩しなかった技術といえる。


 ウルリッツは手をこすり合わせた。「エメリウスは、この展開を望んでいませんでした。首輪がつくとパフォーマンスが下がるのもありますが……、あなたとは、本当の協力関係になりたかったようです」

「ははっ、無理だ。死ねよ」レギンは首を傾けた。「俺は操術士が嫌いだ」

「でもコンラー家に仕えていたじゃないですか」

「俺は操術士だ」

「……ねえ、仲良くしましょうよ」ウルリッツは再び笑みを浮かべた。「私たち、これから仲間になるんですよ」

「俺の頭の中もいじってくれ。そしたらお前にも優しくキスしてやる」


 レギンは改めてコンテナに乗り込んだ人形遣いたちを見た。

 彼らはすべて、首輪がついている者たちだった。


「……スレイブになるのも、悪くないですよ。何も考えずに済む。決断せずに済む」

「そうかい」

「あなた、苦しんでいました。楽になりますよ。……私もそうでした」


 ウルリッツは自分の左手の小指を撫でていた。

 小指は第一関節から先がなかった。


「私には、こっちの生き方が合っているようでした。多分、他にもそういう操術士はいるんじゃないでしょうか。操るに適した者と、操られた方が良い者は、支配種も隷属種も関係ないんじゃないかって……。ねえ、どう思います?」

「うるせえ死ね」


 荷とドールの積み込みが終わったのか、ようやくトラックのエンジンが始動し、コンテナが振動した。


「気になります?」

「何が」

「アイリスという娘ですよ」ウルリッツは冷たい表情だった。「残念ですけど、夜明けとともに彼女は死にます。……覚悟しておいたほうが、傷は浅くて済みます」


 レギンは表情を変えなかった。


 外と内を切り離すことは得意だ。

 動揺していてはドールの操作に支障が起きる。

 何が起きても冷静でいられるのは、レギンの強みだった。


「その腕輪は」

「え?」

「作ったのは、あの裏切り者の天使だな」

「コスモスは相当な術者のようですよ」ウルリッツは笑った。「上界にいる頃から、伝聞だけで操術を作り出したそうです」

「腕輪も、材料がいるんだな」

「ええ。これにも天使を何体か使いました。そしてこれを量産して、エメリウスは上界を征服するんです」ウルリッツは甲高い声を上げた。「すごくないですか? 今のままでは上界へ行っても武力の衝突になる。でもグロリオーサを見ればわかる通り、魔術では精霊術に太刀打ちできない。天使を支配しこちら側の駒にして、戦わせる必要があるんです……。拷問ばかりでは時間がかかりますからね。不確実ですし。天使は頑丈ですから、操術士相手のようにはいかないでしょう。あなたのように強い人形遣いを欲しているのもそのためです。駒のスペックを同じにすれば、あとは人形遣いの実力次第です」


 エメリウスの目的は分かった。

 上界へ行き、腕輪を使って一部の天使を支配下に置き、戦力として征服していく。

 天使を捕らえ、数がそろえば、端から腕輪の材料にして、さらに支配を拡大する。

 最初の攻撃で多少死者は出るだろうが、考える限り最も流れる血は少ないように思える。


「エメリウスは何を考えている。コスモスは操術士の精神防壁を破る道具を作れるんだぞ」レギンはコンテナの内壁に背中を預けた。「いずれ裏切られる。コスモスがいる限り、操術は絶対じゃないんだ」

「ええ。コスモスは必ず裏切ります。エメリウスも言っていました。いつかその日が来るでしょう。でもそれは今じゃない。上界へ行ってからです。今はお互いがお互いを必要としている」

「コスモスの目的は何なんだ。どうしてあいつは同胞を売るような真似をしている」

「そこまでは知りません。エメリウスなら聞いているかも」ウルリッツは顎に指をあてた。「……仲間を売ってでも上界へ帰りたいとか?」

「だとしたら、コスモスは『アイリスを手に入れる』という目的を達したはずだ。こんなことをしていていいのか。アイリスを手に入れたんだから、エメリウスは用済みだ。後ろから刺されるぞ」


 ウルリッツは意地の悪い笑みを浮かべている。

「私を揺さぶってどうするんです。まだ何か反抗しようと企んでいるんですか。すごい精神力ですね。あなた、首輪がついているんですよ」

「……エメリウスはどうしてそこまでコスモスを信頼しているんだ」

「さぁ、私にはわかりません。理屈じゃない何かを感じ取ったのかも――」


「何者かが接近中」人形遣いの一人が言った。「五人、六人……」

「止めて!」ウルリッツが叫んだ。


 動きかけた数台の車両は急停止し、武器を持ったドールたちが開け放たれたコンテナの背後から飛び出していった。

 人形遣いたちはコンテナの中からドールを操り、外の様子をうかがっているようだ。


 すぐに銃声が聞こえてくる。

 囲まれているらしい。


 ウルリッツはレギンに真名を告げた。

 それはウルリッツのドールの真名だった。


「あなたにも、戦ってもらいますよ」


 命令が更新され、レギンは操術を行使した。

 吐き気をこらえる。

 果実が地に落ちるように、逆らえない。


 青い蛇を首に刻みつけたドールが一体、荷台から飛び出した。

 そしてレギンは敵を見た。


 それは喉に傷跡のある巨躯の男だった。

 長大なメイスを小枝のように振り回し、ウルリッツ側の重量級ドールと正面からぶつかっている。


 他にも、攻撃してきた敵が見えた。

 全てレギンの知っている者たちだ。

 彼らの呼名は、すべてレギンが付けたのだ。


「『どうして来た!』」レギンの操るドールは、メイスを構え駆け出した。「『ばかやろう!』」


 戦いは激しくなる。

 ウルリッツ側のドールたちは洗練された動きで襲撃者を返り討ちにしていく。

 かつてのレギンのドールたちは、多少奮戦していたものの、すぐに地に伏していく。

 一人で戦えるように訓練したといっても、経験を積んだ人形遣いのドールと正面から戦えるほどではないのだ。


 レギンの元ドールがメイスの一撃を受け止めた。

 衝撃で地面が陥没する。

 彼は返しとばかりに横薙ぎにメイスを振るったが、それは空を切るばかりだった。


「へたくそ! ちゃんと当てろ!」レギンは叫ぶ。「ちくしょう! そうじゃない! 逃げろ! ああっ、くそっ、くそったれ! 教えただろ!」

「あなた、どっちの味方なんですか」ウルリッツがとぼけたように言った。


 レギンの一手一手は適格で、相手はすぐに防戦一方になる。

 しかも、こちらのドールのほうがスペックは上だ。

 このままではじきに殺してしまう。


「これ、レギンのドールたちじゃないですか」ウルリッツは驚いていた。「えっ、首輪ついてないですよ」


 荷台の人形遣いたちに動揺が走った。

 首輪のない隷属種、つまり野良が、自分から襲撃してきている。

 支配種にとっては信じがたい事態だった。


「なんですかこれ、レギン、あなたが……」ウルリッツは首を振った。「いえ、それはないですね。ごめんなさい」

「ウルリッツ、どうする」人形遣いの一人が言った。

「捕まえればいいでしょう」


 人形遣いたちは糸を伸ばした。

 それは荷台からするすると伸び、野良たちに向かっていく。


「やめろ!」

「そんなこと言ったって」ウルリッツは苦笑いした。「悪いのは向こうでしょ? 彼らは何しに来たの? ……あなたを取り返しに?」


 人形遣いの糸が、レギンと戦っていた大男にも届いた。

 彼はびくりと体を痙攣させると、動きを止めた。


 操術士でない彼らは操術に対して抵抗できない。

 一瞬で真名を奪われ、支配される。

 そんなことわかっていたはずなのに。


 襲撃者たちは大小多数の怪我を負っていた。

 幸い死者はいなかったようだが、皆それぞれ新たに首輪をつけられている。


 ウルリッツは目を細めた。

 捕らえたドールの頭の中を覗き、記憶を読んでいるのだ。


「これ、囮ですね」ウルリッツは顔を上げた。「本命がきます。すぐに――」

「ぎゃっ!」


 コンテナ出口付近にいた人形遣いの一人から、悲鳴が上がる。

 喉はナイフで切り裂かれていた。

 血が噴き出す。


「レギン!」フライメイが叫んだ。「いた! このコンテナ!」


 衝撃が走る。

 レギンは自身の目で、いつの間にか接近していたガーベラとフライメイを見た。


 狭いコンテナの中で、人形遣いたちのそばに控えていたドールが動き出す。

 だがガーベラの剣は魔術の防壁では防げない。

 人形遣いのドールたちは一合で斜めに切り捨てられた。


 ウルリッツが控えていたドールを操り、小銃を発砲した。

 フライメイに直撃し、倒れるのが見えた。


「フライメイ!」レギンは悲痛な声を上げた。


 何人かの人形遣いが死んだことで、首輪をつけられたばかりのレギンのドールたちが自由を取り戻し、戦況はさらに混迷する。


 コンテナ内部で、ガーベラが切り込んでくる。

 だが未熟な太刀筋では、二撃目は容易く躱される。


 ――ガーベラは剣を手放した。

 その勢いのまま、ガーベラは並み居るドールや人形遣いをすべて無視して、まっすぐレギンの元へ向かってきて、飛びついた。

 レギンは体勢を崩し、荷台に転がった。


「殺せ!」

 ウルリッツは、倒れこむレギンとガーベラを見下ろして叫んだ。

 攻撃命令が走り、レギンは自分の腰から拳銃を抜いた。


 ガーベラは背中に背負っていた盾を掴み、自身とレギンを隠すように側面へ立てかけた。

 盾が光る。


 レギンはガーベラの脇腹に向けて何度も引き金を引いた。

 天使は拳銃程度じゃ傷つかないという話だったが、至近距離で何発も受けたらどうなるかなんて、分からない。


 コンテナの床に倒れたガーベラの無防備な背中めがけて、人形遣いのドールが武器を振り上げた。


 瞬間、いくつもの光の筋が、コンテナを横から貫通した。

 それは精霊術によって強化された矢だったが、そのときのレギンにはそれを理解することはできなかった。


 矢はコンテナに乗っていた者たちを端から貫いていった。

 コンテナの壁を容易に射抜き、人体を通り過ぎ、さらに反対側のコンテナの壁を越え、外へ抜けていく。

 それも連射だ。

 複数人の射手が、何度も何度も矢を放っている。

 とっさにドールで防御しようとした人形遣いもいたが、そんなものでは防げない。

 同じ精霊術によるものでなければ。


 レギンとガーベラの隣には、二人の体を車線からすっぽりと隠すように、ガーベラの立てた盾があった。

 盾に衝撃が走り、矢が直撃しているのが分かる。

 ガーベラは必死で盾を押さえていた。


 矢の攻撃が唐突に途切れた。

 レギンは弾切れの拳銃を持ったまま、横たわっていた。

 頭にこびりついていた不快感が消失していた。


 命令が無くなった。

 ウルリッツの首輪の感覚が消えている。


 ガーベラが脇腹を抑えて、レギンの上から降りた。


 レギンは彼に近寄った。「大丈夫か!」


「痛い」服をめくると、ガーベラは脇腹は赤く腫れていて、血がにじんでいるだけだった。「すごく痛い……」


 荷台は血の海だった。

 生きているのはレギンとガーベラだけだ。


 レギンは立ち上がり、ウルリッツを見下ろした。

 彼女は頭に穴を空けて横たわっていた。


「レギン」


 コンテナの外から声がした。

 血を流しているフライメイだった。


「レギン!」


 レギンは死体をまたいで駆けだした。

 コンテナから飛び降り、フライメイの傷を見た。

 右腕に銃創がある。

 血は出ているが、命に別状はない。


「レギン……」フライメイは呟くように言った。


 レギンは自分の服の一部を引き裂き、フライメイの止血を行った。

 弾は抜けている。

 大丈夫だ。


 止血しながら周囲を見回す。

 レギンの元ドールたちと、それから天使の子供たちが、警戒気味に近づいてくる。


 それからウルリッツ側のドールたちが、人形遣いが死んだことで自由になっている。

 彼らに戦意は無いようだ。

 突然得た自由に当惑しながらも、彼らはレギンを見て、散り散りに逃げ去っていった。


「レギン!」


 フライメイが叫び、レギンは肩をすくめた。

 敵がまだ近くにいたのかと警戒して――、フライメイの左手が、レギンの頬に触れた。


「私を見て」フライメイはレギンの正面から、その目を覗き込んだ。「私は、私たちは、ここにいる」

「……なんだそりゃ」レギンは脱力して答えた。「見りゃわかる」


 フライメイはうっすらと笑みを浮かべ、レギンから手を離した。「じゃあいい」


「冗談だろ。もう終わりかよ」ガーベラが剣と盾を拾い、コンテナから降りた。「お話ししたかったんじゃないのか」

「もうした」フライメイはガーベラに言った。


「兄さん!」マーガレットが飛び出して、ガーベラに飛びついた。「兄さん! 怪我は!」

「くっつくな! してない!」


 天使たちはその様子を見て苦笑していた。


 元ドールたちが近づいてくる。

 足を引きずる者もいれば、腕を抑えている者もいる。

 幸いなことに、重傷者はいないようだったが、皆どこかしら怪我を負っていた。


 一方で、天使たちに怪我はなかった。

 遠くから弓を撃っていたということもあるが、やはり精霊術は魔術とは比べ物にならない性能のようだ。


「せっかく自由になったのに」レギンは視線を落とし、首の後ろをさすった。「お前ら、馬鹿じゃねえのか。くそったれ、ドールはドールだな。首輪が無くても変わりゃしない」

「おい!」ガーベラが吠えた。「あんまりじゃないか! こいつらはあんたを助けるために――」


 だが元ドールたちの様子を見て、ガーベラは口を閉じた。


 彼ら彼女らは真剣な表情でレギンを見ていた。


「私たちの真名を受け取って」フライメイが言った。「私たちは、一人では生きていけない」

「禁猟区へ行けって言っただろ」

「言い間違えた」フライメイは咳払いした。「私は、あなたと生きていきたい」


 レギンは元ドールたちを見渡した。

 彼らもまた、レギンを見ていた。


 初めての光景に、足が震えた。

 まるで崖の淵で暗い谷底を見下ろしているような気分だった。

 嫌な汗が噴き出ていて、軽く眩暈がした。


「馬鹿ども。どうして逃げなかった。俺がまともに見えたかからか?」


 レギンは言いたくもない言葉が出てきて、自分で驚いていた。

 だが止まらない。


「俺は操術士だ。人形遣いだ! 人を操る悪魔だぞ! まとも? まともってなんだ、人を操っておいて、まともなやつなんているもんか! お前たちは割とマシな地獄を選んでいるだけだ! 飼いならされてるだけだ!」

「怯えないで」フライメイが言った。

「怯える? 俺が? 何言ってんだ。お前ら、またドールに逆戻りなんだぞ。わかってんのか」

「あなたは私たちを守ってくれていた」

「違う。駒として利用してただけだ」

「レギン」フライメイは言った。「そんな風に思ってる人、いないよ」


 彼らが一斉にこちらを見ていることは、これまでに一度もなかった。

 それはレギンが執拗に避けていたことだった。


 彼らの目を見た。

 傷だらけになって、死ぬ思いでレギンを助けに来た者たちだった。


 言葉はなく、ただ彼らの間を夜の風が通り抜けていった。


 氷が解けていくように、レギンは息を吐いた。


「ほら」フライメイが言った。「大丈夫でしょう」

「……うるせえ」レギンは舌打ちした。「真名を言え。首輪をくれてやる」


 彼らはレギンの言葉で一斉に朗らかな表情を浮かべた。

 息を吹き返したようにも見える。


「だが――」とレギンは言葉をつづけた。

「そうね」フライメイは、レギンが何を言いたいのかすでに理解しているようだった。


 レギンは天使たちを見た。「アイリスを助けに行く」


 天使たちがぱっと顔を輝かせた。

 レギンが再び戦ってくれるのかどうかが、ずっと不安であったようだった。

 白い肌の少年少女たちは、握りこぶしを作ったり、喜びの声を上げたりした。


 ガーベラはレギンのドールたちを見渡した。「どう見たって無茶だ。皆怪我してる。グロリオーサには勝てない」

「戦える」フライメイはそう言った。「あなたたちよりも、レギンが私たちを操ったほうが強い」

「違う」ガーベラは笑った。「レギンが俺たちを操ったほうが、強い」

「兄さん……」マーガレットはガーベラの言葉に驚いているようだった。


「俺の真名を渡す。レギン、うまく使ってくれ」


 ガーベラが言うと、マーガレットを含め他の天使たちも頷いた。「俺のも使ってくれ」「俺もだ」「わ、私も……」


 レギンもフライメイ達も驚き、顔を見合わせた。


「あなただけは信じられます。良い悪魔ですから」マーガレットが一歩前に踏み出して言って、すぐに口を手で覆った。「あっ、悪魔じゃなくて、その――」

「悪魔だ。悪魔でいい」


「レギン」フライメイが言った。「帰ってきて。必ず」

「分かってるって」

「レギン!」「帰ってきてくださいよ!」「待ってるからな!」「約束して!」


「うるせえ! 黙って手当してろ!」

 レギンはそう叫んだが、これからドールになる予定の彼らの声は、途切れなかった。



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