11
爆発は広場を囲むようにして起きていた。火柱と煙が広がっている。
無数の悲鳴が重なり、それはすぐに合唱となった。
「は?」エメリウスは驚きの声を上げた。
そこからは一瞬の出来事だった。
エメリウスのスレイブたちが一斉に飛び出して、彼の周囲に立ちふさがった。
そしてそのまま抱きかかえ、屋上から飛び降り離脱していく。
あっという間の出来事に、エメリウスの調教と命令が優秀であることを悟った。
エメリウスのスレイブたちは事態の対処に当たり始めたが、レギンへの対処は一手遅れていた。
すなわち、レギンをとらえる命令を優先すべきなのか、広場の問題を鎮圧すべきなのか、戸惑っているのだ。
レギンはその隙をついてアイリスを抱きかかえ、動き出した。
背後からフライメイと他のドールも続く。
背後から追っ手の気配を感じたが、なりふり構わず屋上から飛び降りた。
一瞬の浮遊感の後、フライメイの魔術を自分に用いて筋力を強化し、ひび割れたコンクリートに猫のように着地する。
レギンたちは立ち止まることなく、すぐに右往左往する群衆に紛れ込んだ。
人ごみを押しのけるように駆け抜けていく。
異様な量の煙が立ち上っており、風は無い。
視界は最悪で、これはレギンたちにとって好都合だった。
用いられた爆弾は、レギンが自分で調達したものだと気づいた。
ガーベラたちは渓谷の拠点にあったそれを持ち出したのだ。
「どうしてガーベラたちが爆弾を使えるんだ」
「……あたしが」アイリスがレギンの腕の中で言った。「ドールたちから使い方を聞いて、それを教えたの」
レギンは呻いた。
ドールに教えるなと命令していない。
特に休憩中のことであればなおさらだ。
仲良くしていたのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
爆弾は広場を囲むように配置されて炸裂し、今もなお煙を吐き出し続けている。
目的は目くらましなのだ。
レギンは舞台の上の巨大な檻を見た。
広がる煙の隙間から、ガーベラたち天使の姿が見える。
彼は剣を振り、エメリウスのスレイブと戦っていた。
レギンはすぐに舞台に向かった。
我先にと逃げようとする群衆はあちこちで混乱が起きていた。
中にはスレイブを使った殺し合いにまで発展しているところもある。
レギンはそれらを無理矢理かき分けて進んだ。
舞台に上がると、血まみれのガーベラが精霊術の剣で檻の扉の鍵を破壊したところだった。
足元には切り伏せられたスレイブの死体が転がっている。
扉が開き、天使の子たちは中に入って仲間を救出し始めた。
「ガーベラ!」檻の中の天使が叫んだ。「後ろだ!」
天使の子らは振り返り、レギンをにらんだ。
その目には濁りがある。
「逃げ道は用意してるのか」
「黙れ」ガーベラが剣を構える。「悪魔の指図は受けない」
レギンの気迫に押され、ガーベラは目を泳がせた。
「良いから答えろ。この後の計画は」
「……混乱に乗じて、逃げる」ガーベラはうつむき気味に言った。
レギンは頭を抱えた。
「……ごめんなさい」アイリスがレギンの隣で、消え入りそうな声を出した。
群衆はもうじきいなくなる。
目くらましの煙も消える。
レギンはドールの索敵を使って全体の様子を見た。
エメリウスのスレイブたちによってすぐに包囲されるだろう。
捕まっていた天使たちが檻から出てきた。
彼らはアイリスたちのような子供だけではなく、成人している者たちが数多くいた。
だが皆ひどくやつれていた。
とても戦えるようには見えない。
「元々使うつもりだった脱出路がある。案内する」
「……お前は、悪魔だ」ガーベラは静かに言った。
「いちいち言われなくてもわかってる」
苛立つレギンの姿に、ガーベラはびくりと肩を震わせた。
レギンはすべての感情を息と共に吐きだした。
子供に当たるなんてどうかしている。
「フライメイについていけ。街の外で合流だ」
「レギンは……?」アイリスがレギンを見上げた。
銃撃が始まった。
レギンはドールを操作し、魔術の防壁を展開して盾にした。
ガーベラも自分の盾を用いて、仲間も守っている。
「俺一人なら逃げきれるが、ご主人様たちを守りながらだったら、無理だ」
「けど……」
「いいから。ほら、行ってくれ」
フライメイを操作し、アイリスの手を取った。
そして抱き上げ、走り出していく。
「アイリス!」ガーベラは叫び、レギンを一瞥した後駆けだしていった。
他の天使の子や、助け出された大人の天使たちもそれに続いていった。
広場の真ん中に陣取るレギンに向かって、巨大な体の重量級のドールが迫ってくる。
防壁を展開しており、銃弾程度では止まらない。
レギンは膂力に特化したドールを二体あてがい、完璧なタイミングで懐に潜り込み、体を崩して投げ飛ばした。
その手にあった巨大なメイスを奪うと、体勢を崩したドールの頭めがけて振り下ろし、叩き潰す。
長距離でライフルを構えているスレイブを捕捉した。
レギンは障害物を盾にして射線を躱し、狙撃手の地点へドールを送り込む。
距離が離れることで操作性が低下したが、ナイフで喉を裂く程度なら容易だった。
魔術による広範囲の攻撃を感知。
同系統の力を持ったドール数体で魔術に干渉し、力の方向を逸らすことで対処した。
コンクリートを舐めるように爆炎が走り、稲妻はレギンたちを僅かに外れて遠方のビルを直撃した。
全ての敵がレギンを狙っている。
メイスの先端も、大口径の銃口も、魔術の矛先も、そのすべてがレギンに向けられている。
これまでも、似たような戦場を何度も駆け抜けてきた。
周囲全てが敵。
味方は一人もいない。
居心地の良ささえ感じる。
殺意を向けられることは気分がよかった。
許される気がするからだろう。
――誰に?
レギンは神経を研ぎ澄ませた。
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