06
廃都フーアの中央区では、多くのスレイブを使って作らせた、円形の建造物があった。
ひび割れたコンクリートの広場を囲むようにして、観客席が並んでいる。
そこには多くの操術士たちが並んでおり、熱狂の歓声を上げている。
明かりが焚かれ、あたりは夜を忘れたように明るい。
中央では、複数のドールが殺しあっている。
魔術や武器、己の肉体を駆使し、血で血を洗っていた。
それらを操る人形遣いは、闘技場の端と端にある台の上に立っている。
ドールたちは傷ついても声など上げなかった。苦痛に表情をゆがめることもない。
術士の操作通りに動く、まさに人形だった。
エメリウスはそれを特等席で見下ろしていた。
傍にはほどんと裸の美女のスレイブが数人控えている。
スレイブたちの首元には金色の鎖に似た紋様が刻まれている。
エメリウスの首輪だ。
エメリウスはひょろりと背が高いだけの細身の男で、隣に座るガディアムのほうが屈強な体格をしていた。
しかしガディアムは何とかしてその場から消え去ろうとしているかのように体を縮こまらせていた。
無精ひげの生えたその顔は、死人のように青かった。
ガディアムはエメリウスの部下である。
定期的に禁猟区へ忍び込み、野良を捕らえ、エメリウスの元に収める役目を帯びていた者の一人だった。
ガディアムは失敗した。
期限までに約束の数の野良を捕らえることができなかったのだ。
エメリウスはグラスを傾け、酒を飲んだ。
空になるたび、裸のスレイブがグラスに液体を注いだ。
「邪魔が入ったんです。エメリウスさん。俺のせいじゃない」
「見ろよ。今夜も俺の圧勝だ」
試合は一方的だった。
闘技場の片方の台の上に立っているのは、ウルリッツという名の若い女だった。
場違いなほどに陽気な表情で、的確にドールを操っている。
ウルリッツの首元には金色の鎖の紋様がある。
ウルリッツは操術士で、人形遣いだったが、エメリウスのスレイブでもあった。
「エメリウスさん、あれはうちの若いのが――」
「見ろよ、ウルリッツめ、また同士討ちさせやがった」エメリウスはけらけら笑う。「雑だよなぁ。派手でいいけどさぁ」
ガディアムは試合など見ず、ぎゅっと自分の太ももをつかんでいる。
「聞いてください、エメリウスさん、コンラー家の人形遣いに邪魔されたんです」
エメリウスの眼下で歓声がはじけた。
試合が決着したのだ。
立っていたのはウルリッツのドールが一体。
他はすべて死んでいる。
そのウルリッツのドールも、決して無事とは言えなかった。
腕は片方無く、顔も半分焼け焦げている。
ウルリッツは自分のドールを使い捨てるように戦った。
この戦いが「最後に生きていたドールの持ち主が勝者」というルールだからだ。
腕がもげようが足が千切れようが、最後まで生きていれば良いのだ。
ウルリッツはにこにこと笑っていた。
特等席にいるエメリウスに向かってぶんぶん腕を振りながら闘技場を退場していく。
闘技場では、今夜最後の試合の準備が進められていた。
武器を持ち、防具を身に着けた人々が何十体も現れた。
それは捕らえられた野良たちで、首輪を付けられたばかりのスレイブだった。
それぞれの胸と背には番号が割り振られており、観客席からも良く見えた。
「エメリウスさん!」
「ばか、今いいところなんだよ」エメリウスは闘技場に釘付けだった。
頭上では、夜空を裂くように一筋の光が伸びていき、観客たちの声で闘技場が騒がしくなった。
それは最初流星にも思えたが、軌道を変え、ついには闘技場に向かって真っすぐ向かってきた。
光は徐々に大きくなり、やがて減速して闘技場に到達した。
歓声が破裂する。
ひび割れたコンクリートの上に静かに降り立ったのは、白亜の鎧に身を包んだ人物だった。
手には光り輝く剣と盾があり、背中には光の帯のようなものが二つ伸びている。
それはまるで巨大な翼に見えた。
兜が外れると、現れたのは白い肌と金の髪をした眉目秀麗の美丈夫だった。
鎧に邪魔されて観客からは見え辛いが、その首元には確かに黒色の首輪が刻まれていた。
彼の名前はグロリオーサ。天使である。
闘技場は最高潮の熱気を放出していた。
観客たちは全員立ち上がって足を踏み鳴らし、割れんばかりの拍手が響いている。
司会者の声が闘技場に設置されたスピーカーから響き渡り、ルールが説明される。
天使に傷の一つでもつけられたら勝ちで、スレイブたちは首輪を外されて自由になり、元の居住地へ帰ることができる。
そして観客たちは、どの番号のスレイブが最も長生きするかを賭けるのだ。
試合開始の銅鑼が鳴り響き、囚われた隷属種たちは自由を勝ち取るため、血眼で天使に殺到した。
グロリオーサはふわりと飛び上がると、頭上から目にも止まらぬ速度で剣を振るった。
その一振りで爆風が起こり、スレイブたちは冗談のようになぎ倒されていく。
地響きが闘技場を揺らし、観客はその衝撃に酔いしれ、興奮していた。
スレイブたちの攻撃は一切効果がなかった。
大口径の銃弾はグロリオーサに届かず、魔術の雷はその盾に弾かれ、無力化された。
スレイブが生み出した魔術の防壁も、天使の剣の前には無力だった。
グロリオーサに表情は無い。
ただ淡々と、雑草でも刈り取るように剣をふるっていく。
「やっぱいいなぁ。降りてくるところ見たか? あれ俺が考えたんだよ。な? カッコいいだろ」
「許してください。エメリウスさん、どうか今回だけ、見逃してください。お願いします」
「いいんだ。仕方ない」エメリウスが指で合図すると、控えていたスレイブがガディアムの肩をつかんだ。「できないことをやれなんて言わないさ」
「エメリウスさん! いやだ! 許してくれ! 許してくれぇっ!」
ガディアムは抵抗したが、スレイブたちに容赦なく連れ去られていく。
エメリウスはすぐに興味を無くし、闘技場へ視線を向けた。
グロリオーサによる虐殺が続く中、特等席にやってきたスレイブがエメリウスの背後に立った。
「『腕輪』が完成しました。実験は成功です」
「どうだった?」エメリウスは闘技場に目を向けたまま言った。「天使は何体使った?」
「三人。ですが、これ以上のものはできないようです。いくら人数を増やしても、効果は増強しません」
「本命の方は?」
そのスレイブは首を振った。「もっと望み薄です。やはり特異個体でないと駄目なようです」
「探してるんだけどなぁ。えっと、何て名前だっけ」
「アイリスです」
「本当にこの世界に来てるんだよな」
「そのようです」
エメリウスはため息をついた。「その、アイリスちゃんを捕まえるまで、実験は中止ね」
「わかりました」
スレイブは静かに下がっていった。
闘技場のスレイブたちが皆倒れ、グロリオーサが輝く剣を頭上に掲げる。
歓声はいつまでも続いていた。
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