03
レギンはドールを連れ、密猟者たちの拠点に到着した。
松明が倒れ、血が大地を汚し、いくつかの死体が転がっていた。
抵抗をやめた密猟者たちは僅か五名。
拠点の中央に集められ、レギンのドールたち数体に監視されている。
彼らのスレイブは全員武装解除され、一か所に集められている。
命令に従わない操術士はレギンのドールの手によって容赦なく処分されていた。
レギンはタバコを吸いながら捕らえられた密猟者たちと対面していた。
レギンは懐から紙切れを取り出し、頭領と思しき男へ気だるげに告げる。
「お前たちは、あー、コンラー家の自由民自治区へ無断で侵入し、えー、これはコンラー家の法に照らし合わせると、あー」
「青い蛇の首輪のドール……、お前がレギンだな」密猟者の頭領、レイリーが言う。
「ん?」
「俺たちにつかないか?」
レギンは紙切れを懐に仕舞った。「お前ら如きに、俺を雇えるような金があるとは思えないな」
「人形遣い風情が」レイリーの手下の操術士が吐き捨てる。「何が自由民だ。たかが『野良』をどうしようと、俺たちの勝手だろうが。それを偉そうに上から――」
レギンのドールが拳銃で彼の頭を撃ち抜いたため、その男は恨み言を最後まで言えなかった。
密猟者の残りは四名になってしまったが、レギンは気にしなかった。
「分かった、分かったから、銃を降ろしてくれ!」レイリーが早口で言った。
レギンはため息とともにドールを一歩下がらせた。
「すげぇ野良を見つけたんだ! あんたに譲る!」レイリーは唾を飛ばし、目を血走らせて言った。「頼む、見逃してくれ」
「命乞いする相手を間違えているぞ」
振り返ると、コンラー家の調査団が現れていた。
その先頭を歩くのは、薄い白髪の男、ジグムントだった。
レイリーたちはがっくりと肩を落とした。
「遅い」レギンは煙を吐き、ジグムントに歩み寄った。
「仕事が早くて助かる」ジグムントはにこりともせずに言い、配下に向き直った。「調査を始めてくれ」
調査団たちは二手に分かれ、密猟団の身柄の拘束と、捕らえられていた隷属種の元へ調査に向かっていった。
隷属種たちを元の生活地へ戻す前に、宿している魔術をチェックしていくのだ。
コンラー家も慈善事業で隷属種たちを助けているわけではない。
彼らの魔術を監視し、保護する目的がある。
支配種たちは隷属種に対して「品種改良」を行い、好みの能力を持ったスレイブを「生産」することに成功している。
だが「新たな魔術を扱えるスレイブ」を生み出すことには、未だ成功していない。
操術が台頭し、人々が支配種と隷属種に分けられて数百年。
操術士にとって都合の良い魔術を扱う隷属種のみが生かされ、それ以外は一切顧みられず乱獲と虐殺の対象となった。
そのため今日では無数の魔術系統が根絶され、再現不可能となっている。
隷属種の力が衰退するということは、それによって繁栄している支配種の社会も衰退するという考えの元、コンラー家は数十年前から対策に乗り出した。
禁猟区を設け一定数の隷属種を保護し、自由な精神のもとで新たな魔術系統を生み出させるのだ。
近年になり、隷属種の保護には一定の成果があることが確認され、コンラー家以外の大家もこの策を取り入れるようになっていた。
とはいえ、それは広大な「畑」となんら変わらない。
操術の影響を与えないように放牧し、新たな魔術系統が確認されれば刈り取られる。
この世界に支配種の手が及んでいない地などないのだ。
「後はいいな」レギンはタバコを捨て、足でもみ消した。
「ああ。ご苦労だった」
「報酬はいつもの通りに」
「そのことだが」ジグムントが困ったように言った。「フィーノ様はドールを進呈したいと言っている。古くなったドールはいいかげん交換して――」
「いらねぇ」
「そうは邪険にするな。フィーノ様はお前をいたく評価しているんだ。コンラー家最高の人形遣いが、四十を過ぎたような傷んだドールを連れているなど、まったく哀れだとおっしゃっていてな」
ジグムントはレギンの背後に控えるドールの一体に目を向けた。
先ほどメイスを手に暴走スレイブと戦った、大柄な中年の女ドールだ。
彼女は整った顔立ちだったが、顔にはところどころしわがあり、年齢を感じさせた。
「俺は」レギンはジグムントに詰め寄った。「コンラー家の人間じゃない。あのくそったれな色ボケ女王にそう言っとけ」
「貴様!」ジグムントの配下の若い男が叫ぶ。「なんという口の利き方を――」
「よせ、よせ」ジグムントが制した。「気にするな。仕事に戻れ。いいな」
配下はしぶしぶと離れていった。
「よく教育されてる」レギンは鼻で笑う。「操術士のくせに、首輪でもついてるんじゃないか?」
「からかうな」ジグムントは薄い頭部を撫でた。「いつまでそうしているつもりだ」
「なんだよ」
「引く手あまたのはずだ。お前ほどの実力なら……」
「説教か? おせっかいか?」
レギンは次のタバコに火をつけた。
「両方だ」ジグムントは深くため息をつく。「いいから聞け。こんな傭兵じみた真似、いつまでも続かないぞ」
「それ前にも聞いたな。それで首都に引きこもって後進を育てろって? 馬鹿馬鹿しい」
「お前も一人の操術士であることは変えられないはずだ」
「この話」レギンは煙を吐いた。「長いのか?」
ジグムントは肩をすくめた。
レギンは制圧した拠点内の監視をジグムントの部下に引き継ぎながら、自身のドールを回収していった。
合計で三十一体。
どの個体もかすり傷程度だった。
レギンは中年の女ドール――オルカシアに近づいた。
彼女は直立不動で、正面を見ていた。
レギンはオルカシアの腕を見た。
服の一部が破れ、わずかに怪我をしている。
敵の攻撃がかすめていたのだ。
その場で軽くオルカシアの体を操作する。
簡単な柔軟を行い、そして違和感があることを確認した。
先ほどの戦いで、オルカシアの動きに僅かな遅れがあった。
レギンの操作に、彼女の肉体が追い付けなくなっているのだ。
単純に年齢の問題だろう。
オルカシアとは、十年を超える長い付き合いだった。
彼女はもう戦場には出せない。
次は致命傷を負う。
戦場では、ほんのわずかな遅れがドールの死につながるのだ。
レギンはタバコを消し、ドールを連れて撤収しようとしたところで、密猟団のテントの一つの前で足を止めた。
中から人の気配がして、何かを呟く声もする。
ジグムントたち調査団は、捕らえた密猟団と集められた隷属種に注力していて、こちらには気づいていない。
ドールたちをテントの外に待機させ、フライメイを傍に置き、レギン自身も拳銃を抜いて慎重にテントへ入る。
そこは倉庫のような場所で、銃や食料などが詰め込まれていた。
かくして、テントの中央には若い娘が横たわっていた。
手と足を太い縄で縛りつけられ、芋虫のように転がされている。
レギンはその異様な光景を見て息を呑んだ。
密猟者たちが捕らえた相手に対して物理的な戒めをする理由を、咄嗟に思いつかなかったからだ。
美しい娘だった。
きめ細かな白い肌と、ぞっとするほどに整った顔立ちと、そして黄金の川と見紛う長い髪。
少女は衰弱していたが、不倶戴天の敵を見る目で、レギンを見上げていた。
レギンはそっと目をそらす。
少女は何かを呟いていた。
レギンには聞き取れない、異国の言語のようだった。
操術士の手によって品種改良されたスレイブ、いわゆる「畑生まれ」とは違うことは明らかだった。
目に反抗の意思がある。
思いを巡らせ、何と声をかけようか迷っていると、突如少女の胸元から青い光が放たれた。
それは操術の「糸」と同じ輝きを放っていた。
光の帯はまっすぐに走り、レギンの胸元に突き刺さる。
僅かな眩暈と吐き気がレギンの体を駆け抜けた。
思考が途切れ、脳が蕩けるような感覚を味わう。
しかしそれは数秒で消え去った。
すぐに意識がはっきりしてきて、軽く頭を振った。
レギンは驚いていた。
これほど深く干渉されたことなどなかった。
レギンは支配種であり、なにより熟練の操術士である。
操術への耐性は十分にあるはずだった。
もしくは、とレギンは想像する。
人間の精神へ干渉する術式は、操術以外に発見されていない。
未知の力かもしれない。
レギンはしっかりした足取りで、その美しい娘に近づいた。
白い娘は今にも泣きそうな表情でレギンを見つめていた。
そしてその薄い唇を動かした。
「助けて」
心臓が大きく鼓動し、突き刺すような痛みがこめかみに走る。
最悪の気分だった。
「喋れるのか」レギンはフライメイを操り、娘に近づいて戒めを解いた。「どこから来た」
「助けて」娘は手首をさすりながら繰り返した。「助けて」
レギンは待機させているドールの視野で外のコンラー家の調査団を見ながら、娘に近づきかがみこんだ。
レギンは人差し指の先から「糸」を生み出した。
まるで髪の毛のように細く、青白く光り輝いている。
「エーテル」や「枝」などとも呼ばれるそれは、支配種のみが視認することができる。
操術によって相手を支配するためには、相手の真名を知っていなければならない。
真名は人間の魂そのものだからだ。
操術が知られていなかった頃は支配したい放題だったが、今ではどんな人間でも真名を隠しており、呼名を使って生活している。
では、真名を知らない相手を支配するにはどうすればよいか。
糸を挿して相手の精神に侵入し、記憶や思考を探り、その深奥に隠された真名を探り当てるのだ。
同じ支配種に対して糸を挿そうとすると、激しい抵抗感があり、ほとんどの場合はうまくいかない。
仮になんとか精神に侵入できたとしても、隷属種と同じように真名を抜き出すことは非常に難しい。
操術の素養を持った者は、操術に対して抵抗できるためだ。
レギンは娘の目の前で、糸をゆらゆらと動かした。
娘の目線はレギンに向いたままで、糸が見えている様子はない。
レギンは糸を操り、娘の白い肌へ伸ばした。
糸は娘の肌に触れるか触れないかで弾かれ霧散した。
糸が挿さらず、心に侵入できないため、隷属種ではないようだった。
かといって、娘自身に糸が見えていないことから、支配種でないことも確実だった。
では一体何者なのか。
「助けて。助けて」娘は祈るように繰り返している。
ジグムントたち調査団が欲しているのは、まさにこういった個体なのだろう。
コンラー家に引き渡せばどうなるかなど、考えるまでもない。
鉄の鎖につながれ、その一生を子を産む装置として過ごすか、あるいは解剖でもされるのだろうか。
どのみちろくな末路は辿れない。
レギンは大きくため息をついた。
「助けて、助けて……」
「わかった、わかったから」レギンは首の後ろをさする。「少し黙ってくれ」
レギンは自身の外套を脱ぎ、その娘をくるんで抱き上げた。
羽のように軽く、レギンは驚いた。
「わっ」
「家はどこだ」
言いながら、先ほどの野良たちとはそもそも違う人種だということは察していた。
この森の生まれですらないのかもしれない。
「まっ、待って」くぐもった声が聞こえる。「仲間がいるの。助けないと……」
「もう助けられてる。黙ってろ」
レギンはジグムントたちに見られないよう気を付けてテントを出て、ドールを連れて拠点を離れていった。
森の外れまで向かい、停めていた大型トラックの荷台へドールたちを乗せていく。
娘を助手席に乗せ、レギンは運転席に乗り込んだ。
娘は運転席のレギンへ疲れ切っているようだった。
目はうろんで、視線はふらふらと宙をさまよっている。
レギンは改めて娘の顔をよく見た。
頬を軽く叩いたが、意識が確かではないようだ。
「助けて、お願い……」
娘はそう言って意識を失った。
命に別状はない。
極度の疲労と、密猟団から受けた魔術の影響だろう。
レギンはキーをひねり、エンジンを始動した。
山脈の向こうに太陽が昇っていた。
廃都スファーの近郊の小高い丘にレンガ造りの建物がある。
三階建てであちこち改修されているが、その古さは隠しようもない。
砂利だらけの道路を通り、レギンはトラックを車庫に入れた。
荷台からドールが降り、レギンの操作で武器を片付けつつ、各々の部屋へ戻っていく。
助手席で眠り続けている娘を、レギンは起こさないようにそっと抱き上げた。
待機状態のフライメイがじっとこちらを見ていた。
レギンは操作してフライメイの顔の向きを変え、部屋へ戻るように操作した。
レギンは娘を空いている寝室に連れていき、寝台に寝かせた。
服は泥だらけだったが、気にせず毛布をかぶせた。
いつの間にか起きていたのか、娘はレギンを見ていた。
「……ここは?」
「俺の家だ」
娘はレギンの顔を見て、花が咲くように笑みを浮かべた。
レギンは眉をひそめた。
「なんだ?」
「……言わないとわからないの?」
レギンは首の後ろをさすりながら出ていこうとしたが、袖を引っ張られた。
「そばにいて。あたしが眠るまで」
何かの冗談かと思ったが、本人はいたって本気のようだった。
目がキラキラしている。
ついさっきまでの憔悴や疲労が嘘のようだ。
レギンは観念して椅子を出して座り、娘を見下ろした。
――眠ったの? レギン。
いつかかけられた懐かしい声が聞こえた気がした。
時計の針の音だけ聞こえる。
寝室の窓の外では、カーテン越しに朝日が昇るのが分かった。
娘は天井を見上げ、大きくゆっくり息を吐いて目を閉じた。「……助かってる。嘘みたい。夢みたい」
「嘘でも夢でもない。もう大丈夫だ」
自然と言葉が出てきて、レギンはむず痒い気持ちを味わった。
意味の無いことをしているという自覚があった。
この娘を助けて、一体何が変わるというのか。
くだらない慰めだ。
レギンは首の後ろをさすった。
娘はすぐに眠った。
レギンは穏やかな寝息を聞くと、寝室を出た。
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