偉大な勇者は大沼ヒロシの巻

「あの、ちょっとすいません。あなたは大沼ヒロシさんでしょうか」



「はい。私は大沼ヒロシです。平成××年7月21日午前3時45分、町内にあるウバステ産婦人科にて、住所不定無職・大沼麺吾とその妻・小麦子の次男として誕生しました。生まれた時の体重は、3500グラム。父は「ヒロシの鳴き声は、まるで天使のラッパに聞こえた」というエピソードをよく話しますが、これはドラえもんの有名エピソードのパクリで、実際は普通だったそうです。初恋の人は、近所の未亡人。経歴についてですが、マカデミアンナッツ幼稚園卒園後、市立コンドル第3小学校卒、市立ビーフストロガノフ中学卒、市立デットエンド高校卒、国立とんこつラーメン大学(とんこつラーメン学科とんこつラーメン学専攻。卒論のテーマは『さぬきうどんの魅力』)卒と学歴を重ね、ウバステアニメーション学院声優学科を卒業後、「町の権力者である町長閣下が将来入られる予定のどでかい墓をつくる仕事」に従事し、色々あって現在無職です。趣味は読書とゲーム。一番好きな本は、『殉愛』『殉愛の真実』。両方を同時に読んで、ゲームとその攻略本みたいな感じで楽しんでいます。好きなゲームは『レディストーカー』です。好きな言葉は『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵』、尊敬する人物は『上杉鷹山』。初めて彼女ができたのは、ウバステアニメーション学院在学中のことで、相手は声優の卵を自称している人でした。この間、某アニメにモブ役で声をあてているのを見かけて、ちょっと甘酸っぱい気持ちになってしまいました。人生で一番うれしかったことは、ビックリマンチョコの最盛期、「1人2個」という購入制限があった近所の店で購入した時に、貴重なヘッドシールであった「マスターP」と「野聖エルサM」が同時にあたったことです。人生で一番むかついたことは、『小学校の頃、近所の子供たちに混ざって遊び、その財力に物をいわせて集めたおもちゃをみせびらかしていた浪人生が、ある日「俺、ビックリマンシールについてすごいことに気づいてん。学会に発表できるかもしいひんねんけど、もっと研究が必要やねん。だからみんなのビックリマンシール貸してや」とか言いだし、みんなのシールを集めるだけ集め、翌日姿をくらました』という事件に巻き込まれ、大切な「マスターP」と「野聖エルサM」をパクられたことです。人生で一番びっくりしたことは、前述の事件の20年後、近所のコンビニでバイトしている持ち逃げ浪人生とばったり再会して、まだ浪人生を続けている旨を聞かされたことです。好きな芸能人ですが、特別誰か好きと言うわけではないですけど、若いころ覚せい剤とかで逮捕されたりしていたけど、なんとか復帰し、歳を重ねた後はしれっと芸能界のご意見番ポジションについている歌手みたいな感じの人が好きです。若手芸能人の不祥事に厳しい意見なんかぶつけだしたら、もう最高です。好きな歌は『魔王』。知っている人には、「おとーさーんおとーさん」と言うだけで笑いが取れますが、知らない人には単なるファザコンと思われるもろ刃の刃的なところが大好きです。ところでここまできちんと読んでいる人います? もしいたらありがとうって伝えたい。好きな女性のタイプは木の実ナナ。尊敬する人は火野正平。昔の2時間サスペンス。温泉のやつだったかな。あれはこの2人が出ているので好きでした。好きな必殺シリーズは、必殺商売人で、一番好きなのは『ドブネズミ、しねっ!!』の回。一番好きなウルトラマンは『帰ってきたウルトラマン』で、一番好きなのは、月並みですけど『怪獣使いと少年』。好きな歌は『銀の道』。カラオケで歌ったら、映像がザ・ピーナッツの写真がただ揺れ動くだけのものだったので、ちょっとがっかりしたのもいい思い出です。性癖は、よくわかりませんが、この間、自分が武田信玄で、美少年に囲まれる夢をみました。何らかの手がかりかもしれません」



「それ以上は結構です。大沼ヒロシさんで、間違いないのですね」



「はい」



「一緒に来ていただきたいところがあります」



 ヒロシに話しかけてきた人の体が輝きだす。まぶしさに目を閉じるヒロシ。目を開けるとそこは、明らかに日本ではない場所。簡単に言いますと、モンスターがうろつき、魔法とかある世界。



「よくある話ですが、この世界には魔王がいまして。それを倒せるのは異世界・日本にいる勇者だけなのです。神の啓示で、その勇者が、大沼ヒロシさんということが判明しまして、その勇者をこの世界にお連れするのが私に与えられた任務というわけなのです」



「許してください。実は、僕は大沼ヒロシではないのです。そもそも日本人ですらありません。国を捨てて一旗あげるために、ジャパニーズマフィアに頼んで、日本人の戸籍を売ってもらっただけなのです。売ってもらった戸籍が、大沼ヒロシという人物のものだっただけなのです。さっきのプロフィールも、ジャパニーズマフィアから『本人らしく振舞えるよう、いつ誰に聞かれてもいいように覚えておけ』と言われたものです。本物の大沼ヒロシは、親の借金のためすべてを売り払われたと聞いています。僕は大沼ヒロシではありません! お願いです。元の世界に返してください」



「我々もそこは把握しています。大沼ヒロシは分解されて、ジャパニーズマフィアを通じて、色々な人の体に振り分けられたようなのです。しかし、振り分けられた先では、特に問題なく、頑張っておられる様子。死んでいるとみなしていいのか、生きているとみなしていいのか。実は勇者がこのようになったのは私どもも初めてのケースでして、何度か会議を重ねたのですが、その結果、バラバラになったものを全て集めて、『みんなそろって勇者・大沼ヒロシ』という線でいこうということになったのです」



『なんや! なんやここは! 病み上がりのわしを、こんなところに連れてきおって……!!』



『退院おめでとうパーティーをしていたはずなのに、なんでこんなところに!!』



 気づくと、周りには知らない連中がいました。性別年齢バラバラ。いきなりこの世界に連れてこられたというのが、唯一の共通点のよう。



「あちらは、大沼ヒロシの心臓を分けられた人。勇者大沼ヒロシ(心臓担当)として奮闘していただきます。そちらの女性は角膜を分けられた人。勇者大沼ヒロシ(角膜担当)としてがんばっていただきます。あちらは勇者大沼ヒロシ(肺担当)、そちらは勇者大沼ヒロシ(腎臓担当)。その他のみなさんもみんなみんな、勇者大沼ヒロシです。そしてあなたは、勇者大沼ヒロシ(戸籍担当)!」



「くけー!!」



「あれは魔王の手先! 凶悪なドラゴン! その爪はあらゆるものを引き裂く! しかし恐れることはありません。勇者大沼ヒロシ一同よ、これは、勇者だけが使える聖剣! これを使ってドラゴンに立ち向かうのです!」



 勇者大沼ヒロシ一同の冒険は、まだ始まったばかり!



「くけー!!」



 ドラゴン、火を吐く。



「ぎゃー!!」



 勇者大沼ヒロシ一同、燃える。



「ふぎゃー」



 勇者大沼ヒロシ一同、灰になる。



「あちゃー。やっぱ無理があったかー」



 勇者大沼ヒロシ一同の冒険は、いま終わったところ! 激しい炎にその身を焼かれながら、今は遠いところにある故郷のことを思い出す勇者大沼ヒロシ(戸籍担当)なのでした。

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