まだ霧の中

ナウマン象「おーい、マルぼん」



マルぼん「ナウマン象じゃないか。えらく久しぶりだな」



ナウマン象「実はおまえにお願いがあるんだよ」



マルぼん「ナウマン象には何度も命を助けていただいたからね。マルぼんでお役に立てることなら、なんでも言えよ」



ナウマン象「実は最近、子供が生まれてね。ゲンキな男の子。キヨシって名前なんだけど、それはもうかわいくてかわいくて。んで、今日もその子にお土産として絵本を買ってきたんだよ」



マルぼん「はいはい」



ナウマン象「ところが俺、色々トチってね。息子は生まれたばかりだってのに、5歳児向けの絵本を買ってきてしまっんだ。せっかく買ったんだし、この絵本をいますぐ息子に堪能してもらいたいんだよ。そこで色々考えた。おまえ、便利な道具を持っているんだよな? その道具で息子が5歳児向けの絵本を理解できるようにしてほしいんだよ」



マルぼん「読解シール』。このシールの半分を本に貼り、もう半分をその本を読む人の頭に貼る。シールを貼った人は、本がどんなに難解なものでも内容を理解し、心の底から楽しめるようになる。あ、でも、シールの効果は永遠に続くんだよ。あ、でも、息子さん、まだ赤ん坊でしょ? それなのに5歳児向けの絵本を理解できるようになるなんて、不気味じゃない?」



ナウマン象「天才ベイビーとして世に売り出すから大丈夫だよ。そのシール、もらうぜ。おい、五郎太」



五郎太「あい」



 ナウマン象ゴンザレス先輩は、うしろに控えた男に声をかけました。この五郎太という男は、ナウマン象の召使です。オツムがちょっと足りませんが、ナウマン象の言うことはなんでも黙って聞きます。ナウマン象が「椅子になれ」と言えば椅子になり、「1日でいいから自分より長生きして…。一人ではもう生きていけそうにないから」と言えば1日長生きします。



ナウマン象「今の話、聞いていたよな。先に帰って本とキヨシにシールを貼るんだ。俺は今から、マルぼんと飯でも食いに行くから」



五郎太「あい」



 ナウマン象から『読解シール』と絵本の入った本屋の紙袋を受け取ると、五郎太は駆け出していきました。



ナウマン象「これでひと段落だ」



本屋「あ、いたいた。お客さーん」



ナウマン象「例の絵本を買った本屋の店員じゃないか」



本屋「申し訳ございません。実は違う本の入った紙袋を間違って渡していたんです」



ナウマン象「なんだって」



本屋「これがお客様の買われた、絵本の入った紙袋です」



ナウマン象「じゃあ、俺が受け取った紙袋に入っていたのは」



本屋「『性戯の味方』という卑猥な本でして」



 ナウマン象が急いで自宅に戻ると、そこでは『性戯の味方』を存分に、それはそれは不気味な笑顔で堪能している赤ん坊の姿が。



 その後、マルぼんはナウマン象と会うことはありませんでした。風の噂によると、一家でよい施設のある地方へ引っ越したと聞きます。



 戦後最大の性犯罪者が、その牙を剥くことになるのは、これより十数年後のこと。逮捕され、極刑に処せられた彼の生家がちょっとした観光名所になるのは、それからさらに数年後のことでした。

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