知ってるつもり

ナウマン象「おい、ジュースを買ってこい!」



部下A「へい!」



ナウマン象「おい、お世話になった大好きなあのかたに『ありがとう』を伝えたいから、なにかプレゼントを買ってこい!」



部下B「へい!」



ナウマン象「おい、隣町のガキ大将を殺してこい!」



部下C「へい!」



ヒロシ「いいなぁ。僕もナウマン象のごとく、人様をアゴで使いたいなぁ」



マルぼん「未来の世界の人材派遣センターに『アゴで使われてくれる人』を問い合わせてみようか」



ヒロシ「お願いしますー」



 そんなわけで、『アゴで使われてくれる人』が3人もやってきてくれました。



マルぼん「この人たちは、いまから24時間、きみにアゴで使われてくれるそうだよ」



ヒロシ「わーい」



 そんなわけでヒロシは、「僕を見つめろ!」「僕を愛していると言え」「もっと大きな声で!」「そして僕を抱きしめろ!」「温もりをください!」と命令するなど、3人をアゴで使いまくりました。めくるめく夢のような24時間はあっという間に過ぎていき……



マルぼん「はい、タイムアップです」



ヒロシ「あー楽しかった。えっと、お勘定は」



アゴで使われた人「これで結構です」



 アゴで使われた人のリーダー格が、目をとろんとさせつつヒロシのあごを触りました。



ヒロシ「あの……」



アゴで使われた人「すんばらしいアゴ! とくべつ尖っているわけではないけれど、この丸みが芸術品!」



マルぼん「この人たちは、アゴフェチ友の会の皆さんなんだ。人間の全てはアゴに集約され、アゴを愛することで命そのものを愛そうという教義を広めようと日夜活動しておられる。いずれ、アゴとアゴとを触れさせあうことで妊娠が可能になるように人間を進化させるつもりなんだって。ありとあらゆるアゴを愛でるため、アゴをさわらせていただくことを条件に奉仕活動をしているんだ。今回もその一環のはずなんだけれども」



アゴで使われた人「それにしてもすばらしい。本当にすばらしい。ヒロシさんのアゴの形はまさに芸術品ですよ。人類の宝。我らアゴフェチの星。私は、このアゴのためならなんだってできる。死んだっていい」



アゴフェチA「それがしも!」



アゴフェチB「拙僧も!」



アゴ使われた人「アゴは時間を裏切らない。時間もアゴを裏切ってはならない。ヒロシさんは我々の神です! 我々を導いてください!」



 こうしてヒロシはアゴフェチたちの星となり、いつしか彼らのシンボルになりました。ヒロシのアゴのためなら、アゴフェチたちはなんでもしたといいます。ヒロシとアゴフェチたちの蜜月は、ヒロシが暗殺されるまで続いたそうです。



 さて、お別れが近づいてまいりました。最後に、晩年のヒロシが遺した言葉をご覧になっていただき、今夜の「マルぼんと暮らす」、お別れしたいと思います。







 あいにくの雨ですが、この雨を私は誇りに思う。なぜならば、ここに集まった皆さんと皆さんの家族と皆さんの友人と、多くの先人たちが流した涙と悲しみを洗い流してくれる、聖なる雨となるからです。


 皆さんもご存じの通り、我々アゴフェチは、ここ微笑町で100年もの長きにわたって、不当な弾圧を受けてきました。微笑町を支配する層は、大部分が尻や太ももといった部分のフェチ。そんな彼からの目には、アゴを愛する我々はさしずめ悪魔か怪物に映ったのでしょう。人は悪魔や怪物と共存できるほど心が広くない生き物であります。人は悪魔や怪物を排除しなければ生きられない生き物であります。



 昨日はアゴフェチが1人死に、今日はアゴフェチが10人死に、明日はアゴフェチが100人死ぬ。そんな暗黒の時代が長く、本当に長く続きました。



 その暗黒の時代もまもなく終わりを告げます。



『フェチがフェチを害することを禁ずる法律』……通称『フェチ禁法』の法律案が、まもなく可決される見込みという情報が入ってまいりました



 誰に憚れることなくアゴを触り、アゴを舐め、アゴを愛することのできる時代がはじまるのです。



 でも、弾圧の時代を忘れることができない方もおられるかと思います。



 友を、仲間を、愛する人を奪われた憎しみに身を奮わせている方も多数おられるかと思います。



 しかし、私は言いたい。



 あえて言いたい。



 忘れましょう、と。



 許しましょう、と。



 憎しみの連鎖を断ち切りましょう、と。



a long, long time ago…とても悲しい時代があった



a long, long time ago…多くの悲しみが広がった



a long, long time ago…憎しみはとめどなくあふれ出た



 しかし我々は、乗り越えなければならない。



 しかし我々は、進まねばならない。



 昨日の悲しみも今日の憎しみも、明日の幸せを育てるための肥料にしましょう。



 100年後の人たちが、うらやむ時代を作りましょう。



 現在を変えましょう。



a long, long time ago…とても幸せな時代があった



a long, long time ago…多くの幸福が広がった



a long, long time ago…笑顔はとめどなくあふれ出た



 未来でこんな歌が作られるような、素敵な過去に変えましょう。


        ※2019年10月 微笑町公民館で行われたアゴフェチ決起集会にて行われた演説より












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る