ヒロシ、山中の初恋

マルぼん「今日は金歯と決闘だって?」



ヒロシ「あの野郎、いつかシめないといけないかと思っていたんでね」



マルぼん「決闘になったら、この日本刀を使うといいよ」



ヒロシ「武器はいらないよ。金歯の野郎、人の命よりも重いものを持ったことがないらしいし、今まで幾多の虫の命を奪ってきたバーサーカー(自称)の僕なら勝てるさ。余裕さ」



 いやがるヒロシでしたが、嫌な予感がしたマルぼんは無理矢理に日本刀を持たせました。



 そして始まる決闘でしたが。



金歯「ナウマン象、君に決めた!」



ナウマン象「ういー」



ヒロシ「ちょ、なぜにナウマン象までリングに上がっているの!?」



金歯「微笑町は朕のもの。町の住民も朕のもの。だから、ナウマン象も朕のもの。朕のものは=朕でおじゃるから、助っ人として登場することに問題はなしでおじゃる」



ナウマン象「よし、ヒロシ。覚悟しろ。お命ちょうだいしちゃんだからね」



ヒロシ「ひょえー!」



 恐怖のあまりに失禁するヒロシ。それも仕方がない話です。相手はあのナウマン象。牛一頭を生きたまま食らい、人間の子供を攫っては足の裏の皮をはいで自分の子供に食べさせるナウマン象なのです。



 そういえば皆さんは、ナウマン象がもともと、妖怪だったことをご存知でしょうか? 幕末から明治時代にかけて、ちょうどいまの兵庫県のあたりで頻繁に目撃されていた妖怪なのです。



 明治時代に起こった怪異をまとめた書物『怪天変異録』に、ナウマン象による怪異が記録されています。とある町で菓子屋を営んでいた中田栄太郎さんという方の話です。



 夕方になり、そろそろ店をしめようと片付けをしていた中田さんのところへ、「俺はナウマン象だ。お菓子を無料でよこさないとギッタンギッタンにしてやるぞ」と生意気なことを言う子供が現れました。



 中田さんは、「うるせえ」と塩をかけて少年を追い返しました。すると翌朝、中田さんの奥さんが趣味で手入れしてた花壇の花が、すべて台無しになっているではありませんか。



 調べてみると、花壇には海水がかけられていたのです。その町は山のほうにあり、海など全く近くなかったにも関わらず。大量の海水がかけられていたのです。



 びっくした中田さんは、町の物知りじいさんに相談をすることにしました。じいさんは江戸時代から生きている人で、こういった怪異には慣れていたのです。



 じいさんは「これがあれば大丈夫じゃよ」と、小さな袋に詰めた小豆を持って、中田さんの家を訪ねてきました。そのじいさんの顔を見た、中田さんの奥さんの顔が歪みました。



 2人は昔、付き合っていたのです。それに気づいた中田さんは荒れに荒れて、奥さんをなじりました。そしてその翌朝、中田さんの店で働く使用人の杉作が遺体で発見され、同じく使用人であった権兵衛の姿が店から消えていたのです。



「たたりだ。ナウマン象のたたりだ」



「いや、これはたたりなんかじゃない。殺人だ」



 果たして杉作を殺したのは誰なのか。権兵衛はどこへ消えたのか。それはさておき。



金歯「さぁ、いよいよ出発の時間でおじゃるよ! 『終焉』という名の駅に向かう、逝去という名の最終列車の! 乗り遅れは認めないでおじゃるよお」



ナウマン象「ウガ~!!」



ヒロシ「ぎゃー!」



 金歯が鞭を振るうと、リング上で鳥を生きたまま食らっていたナウマン象がすばやく動き、ヒロシの右足へと噛み付きました。



ヒロシ「僕の右足が、カモシカのようにしなやかな右足が!」



マルぼん「ヒロシー! さっき渡した日本刀を使うんだ!」



ヒロシ「だ、だめだよ。たとえ日本刀でも、僕はナウマン象を攻撃できない。なぜなら、彼の目はとても澄み切っているから! 純真な動物の目だからー!」



マルぼん「勘違いするな。ナウマン象を攻撃するのではなくて、日本刀を天にかざすんだ」



ヒロシ「こ、こうか」



 ヒロシが日本刀を天にかざすと、突然、雷鳴が轟きました。



マルぼん「その日本刀は『助っ刀』という機密道具なんだ。天にかざせば、雷鳴とともに心強い助っ人が現れる!」



アナウンサー「おおーっと! 雷鳴とともに、第4の人物がリング状に現れたー!」



ヒロシ「い、いったいどのような助っ人が姿を現すと…ああ!?」



パパさん「ひさしぶりだな、ヒロシ」



 現れたのは、ママさんが「本日ただいまより、この人があなたのお父さんよ」と連れてくるパパさんではなく、正真正銘、ヒロシの製造元であるパパさんでした。



ヒロシ「お、おとーさん!」



パパさん「大きくなったな、ヒロシ」



 パパさんはヒロシ…ではなく、ナウマン象に話しかけていました。



パパさん「俺を馬鹿にするヒロシは、排除しないとな。とな。とな」



 懐から取り出した鎌で、ナウマン象に切りつけるパパさん。



ナウマン象「キャインキャイン!」



金歯「く、くるな。くるなでおじゃる! ぎゃー!」



 鎌で金歯をも葬るパパさん。



 パパさんは数年前、「みんなが笑っている。お日様も笑っている。子犬も笑っている」「地球上すべての命が敵でございます」と叫び、通行人に突然切りつけるという事件をおこして逮捕され、医師に「こいつアレですよ、アレ。罪に問えないやつ」という鑑定されて以来、国内某所にある隔離病院(家族でも面会は一切できず、部屋には窓がなく、壁は白い)で療養中でした。



 ヒロシの肉親であり、人様を傷つけても「法律」という最強の盾がその身を守ってくれパパさんは、まさに最強の助っ人でしょう」



審査委員「この決闘、勝者はヒロシさんですー」



 金歯が救急隊員に、ナウマン象が獣医に、パパさんがどこかの施設の職員に連れられて去ったあと、ヒロシの勝利が告げられました。



ヒロシ「『助っ刀』、最高じゃないの! これさえあれば僕は無敵じゃないか」



『助っ刀』がお気に召したヒロシさんは、見事なまでに増長。それもそのはず。これからは



浪人「大沼ヒロシ、なにするものぞ」



 てな具合で、ヒロシをシめようとする人がいても



パパさん「俺にやさしくないお兄ちゃんは、死んぢゃえばいいの!」



浪人「ふぎゃー!」



 ヒロシが『助っ刀』で呼び出したパパさんに鎌で斬りつけられ、志半ばでその生涯を終えてしまうハメになるのです。



ヒロシ「ガハハ、さからうヤツは死刑だ」



少女「きゃーあの人、日本刀を持っているわー!」



ヒロシ「え、あ、これは日本刀ではなくて」



 弁明しようと少女に近づくヒロシでしたが



少女「こーろーさーれーるー!! ヘルプ! ヘルプミー!」



警官「日本刀を持った男が、少女を人質にしていると聞いて飛んでまいりました」



警官「人質をとるとは、卑怯者! 外道! 鬼畜! ろくでなし! 虫けら未満!」



警官「このままでは、あの日本刀マンに攻撃できぬ!」



ヒロシ「ち、ちがうんですー!」



少女「こーろーさーれーるー!! おーかーさーれーる!! うーめーらーれーる(山に)」



 マルぼんは、ヒロシに「人質」という名の最強助っ人を用意してくれた『助っ刀』の効果は絶大だと思いました。



ヒロシ「ちが…」



 その時、銃声が響きました。いつの間にか近くのビルに来ていたスワット部隊の狙撃手が、その見事な腕で日本刀マンの頭を撃ちぬいたのです。人質にはかすり傷ひとつありませんでした。

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