ナウマン象絵画展

 ヒロシが学校から帰ってくるなり、所持していたバタフライナイフをマルぼんに手渡しながら「入院したいから刺して!」なんて問題発言をするんですよ。



 金歯の自慢になけなしのプライドをズタズタにされたのか、それともルナちゃんの暴言でノイローゼにでも陥ったのか心配したんですが、落ち着いて話を聞いてみると、どうもそうではない様子で、なんでも、近いうちにナウマン象が、趣味で書き溜めた絵の個展を開催するらしく、ヒロシはそれに出たくないから入院したいのだそうです。



「あのナウマン象が絵画なんてやってるんだー」とマルぼんは思わず笑ってしまったんですが、ヒロシは「笑えない!」と激怒。さらにはマルぼんにつっかかってくる始末。



 鎮静剤とかを駆使して落ち着かせ、深く話を聞いてみると、ナウマン象の個展は今回が初めてではなく、いままでに何度も開催されていて、回を重ねるごとに被害が増えているんだとか。



「被害」というのがなにか分からないので聞いてみたところ、ヒロシはそのことに関しては硬く口をつぐみ、震えだし、失禁までし、「神は非情さ。だってナウマン象の絵が存在する世界に、僕という存在を誕生させたんだもの」とつぶやくと、夢の世界へ逃げるが如く、さっさと布団の中に入ってしまったのです。布団の中で、利いたことのないお経を唱えるヒロシ。



 結局マルぼんはなにもわからず仕舞いです。大脳か金歯にでも話を聞こうかと思ったんですが、2人とも塾だとかで家におらず、この話題は明日へ持ち越しになってしまいそうです。



 ナウマン象の個展に関することを大脳か金歯に聞こうと思っていたんですが、2人はヒロシと同じように口をつぐみ、マルぼんは詳細等いまだわからず仕舞いです。




  がっかりしていると、ポストになにか紙切れが入っているの発見しました。



「1月27日より、公民館にてナウマン象絵画展を開催いたします。テーマは『命の尊厳』です。参加しないと、近い将来生まれてくるであろう貴様の子供を死なす。一族郎党みな死なす。墓も暴いて、先祖も晒す」



 ナウマン象からの招待状でした。なにやら色々と期待できそうな文面で、マルぼん、明日まで眠れそうにありません。怖いもの見たさがこれほどまでワクワクするなんて、マルぼん。今まで知りませんでした。









 みなさんお久しぶりです。ご心配をかけて申し訳ありませんでした。ヒロシです。マルぼん不在のため、ここからの地の分は僕が担当させていただきます。マルぼんは「ナウマン象絵画展」が本気で楽しみらしく、開催日が待ちきれなくて、今日の朝から会場の公民館前に陣取っているんです。


 

 怖いもの見たさか何かしりませんが、正気とは思えない行為だと思います。ナウマン象の描く絵は、人間の見るものじゃありません。あれはもう兵器です。題材もタッチも色使いも不快過ぎて、視覚を通して人体にダメージを与える兵器と化しているのです。



 見るだけで発狂すると評判で、多くの人が病院送りになっています。絵を見たせいで心に傷を負い、自ら命を絶った人も大勢いるそうです。知らない国の僧侶が、苦行の一環として絵を観にくるくらいです。どこかの国の軍関係者が兵器として買い付けに来たとかこないとか、そんな噂もありました。そんなものを好き好んで見に行くんだからバカっすよ。命を粗末するバカに生きる価値なしっス。



 そんなこんなんで、あっという間に開催日。マルぼんはナウマン象絵画展で、どうやら精神をやられたらしく、ただ今カウンセリング中です。空気のきれいな土地の山の奥にある施設で、草木を友とし、風と遊び、きれいな空を見上げて、人としての心を取り戻すためのリハビリ中です。



 まさかマルぼんも、幾度となく自分がハメてカウンセリングまで追い込んだ相手に、今度は自分がカウンセリングに追い込まれるとは思っていなかったでしょうね。因果応報因果応報。



 で、肝心のナウマン象絵画展ですが、僕は見事危機を回避いたしました。親戚のおばさんにバーチャル死をしてもらい、そのバーチャル葬式を理由に断ることに成功したのであります。



 他のみんなもどうやらブッチしたみたいなんですが、どうもマルぼん以外にまともな客がこなかったらしく、ナウマン象は怒り狂ってるみたいです。いやがらせの一環でしょう。うちの家の前で、放火が原因とみられるボヤ騒ぎがありました。



 今後の事が心配なので、明日は一応行く事にしました。実は、絵画展へ行っても絵をみないで済む作戦をさっき思いついたのです。僕が考えた作戦というのは「個展の手伝いをするとナウマン象に申し出る→手伝いをするので絵を見ないですむ」というものだったんですが、これが見事成功。



 ナウマン象に客引きの手伝いを命じられた僕は、ずっと外にいて、絵を見ないで済んだのです。



 客引きも、偶然観光に来ていたどこかの町の老人会の皆さんや、公園で遊んでいた子供たちを引っかけるなどして大成功で、絵画展終了の頃には「おまえはハートの友だ!」とナウマン象も大喜び。



 どうやらしばらくはいじめられないで済みそうです。なぜか一日中鳴り止まなかった救急車のサイレンや子供たちの泣き声も、僕の作戦成功を祝うファンファーレのようで心地よかったです。

 


 あと、関係ない話なんですけど、さっき警察から「今日の件で色々と聞きたい事があるので来い」という意味不明の電話がありました。まったく身に覚えがないので当然無視したんですけど、最近なにかと不祥事続きの警察、頑張ってもらいたいものです。

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