ヒロシの結婚大作戦の巻


 田林武彦。某キー局でゴールデンタイムのニュース番組を担当する、タレント顔負けの人気を誇る看板アナウンサーだった。ジャーナリスト気質の強い彼の担当する番組は、一時は新聞やテレビを賑わしたが今は誰も興味を持たない事件のその後を丹念に追いかけたり、タブー視される事件を熱心に追及したり、権力者の圧力にも屈しないなど気骨があった。



 しかし、自局のバラエティ番組が起こし、そして隠ぺいした死亡事故を躊躇なく報道したことから、彼は局を去りこととなり、フリーアナウンサーとして生きていくことに。だが、業界の裏切り者である彼に仕事を与えるテレビ関係者など存在せず、彼はいつしか結婚式の司会を生業にするようになった。



 知名度があるため仕事は多く食うには困らなかったのだが、ジャーナリスト気質の田林に呼び寄せられるかのように、彼の担当する結婚式では事件が起こる。人はいつしか、田林のことをウエディング探偵と呼ぶようになっていた。




      『ウエディング探偵・田林武彦の事件簿 漆黒の花嫁殺人事件』




 司会を担当することになったある結婚式の打ち合わせの時のことだ。顔合わせをした新郎新婦の顔をみて、田林は驚きを隠せなかった。田林は二人を知っていたのだ。数日前のこと。とある河川敷を歩く2人の姿を田林は目撃していた。男はタキシードを、女はウエディングドレスを着ていた。すれ違う人々の奇異の眼も二人はまるで気にしていなかったのが印象的だった。



「当日は漆黒のウエディングドレスを着たいんです」



 新郎新婦からの奇妙な要望があった。田林と、式場の担当者は顔を見合わせた。新郎の親も新婦の親も止めるたのだが、2人は聞く耳を持とうとしなかった。



「どうしても、どうしても着なくてはならないのです」



「約束なんです」



 結局2人の願いは聞き受けられて、漆黒のウエディングドレスが急きょ用意されることになった。長年の経験と勘から、田林はおそらくの結婚式にならないだろと確信。その確信は現実となる。数日後、近くの河川敷で身元不明の男女の遺体が発見されたのだ。その河川敷は、あの日田林が二人を見かけたのと同じところ。そして、発見された遺体は、あの時二人が来ていたタキシードとウエディングドレスを着ていたのである。



 一方その頃、田林たちの打ち合わせが行われている式場に併設されている結婚相談所には、ヒロシが相談に来ていた。ヒロシは今年で45歳。独身。結婚したくてしょうがなくて、気がおかしくなっているのだ。



「ここにきたら結婚できると聞いたぞ」



「お客様、ここはそういった相談をする場所ではないのでございます」



「さぁ結婚させろ。すぐに嫁を連れてこい」



「お客様、それはむちゃくちゃな話でございます」



「なんや、すぐに結婚させてくれへんのか。この嘘つきめ。こうしてくれる!」



「お客様、やめるのでございます」



 キレたヒロシは椅子を投げるなどして大暴れ。幸いにも死者も怪我人でませんでしたが、情状酌量の余地がないということで、ヒロシには死刑判決が。後日、弁護士が面会に訪れました。色々と打ち合わせをした後、弁護士が差し出したのは婚姻届け。「妻になる人」欄には知らない人の名前が記入済み。



「大沼さんは家族親戚皆無でしょう。いたほうがいろいろ便利だから。結婚しちゃいましょう。相手の女性? ああ、支援者の女性です。大丈夫。こういうことに理解があって、数もこなしている方です。あの有名死刑囚やあの人気死刑囚とも結婚していたこともこの道のプロなんですよ」



 そんなわけでヒロシは無事に結婚できました。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る