感謝の巻

 クラスの人気者となることに強いあこがれがあった俺は、勢いあまって「自分には霊感がある」と嘘をついた。当然、クラスの連中は「証拠を見せろ」「証拠を出せ」「じゃあここに連れてこいよ! その金さんってやつをよぉ!」と騒ぐ。



 すべてが見切り発車でなにも考えずに霊感持ちを自称した俺は、必死で頭を働かせた。で、思い出したのが、つい先日に子供が車に跳ねられてなくなった近所の交差点。



「あそこには跳ねられて死んだ子供の霊がでるんだ。俺は学校の帰りにそこを通るんだけど、いつもその霊に話しかけられるんだ。さびしいよ~とかお母さんどこ~とか言っているんだぜ」



 でたらめ&でまかせなのだが、みんなバカだったのが幸いして「スゲー」「スゲー」「スゲー」の嵐。この日だけではあるが、俺はクラスのヒーローとなった。



 それから数週間たったある日。家で一人で留守番をしていると、見知らぬ中年女性が訪ねてきた。その女性は、俺がでまかせで取り上げた事故で亡くなった子供の母親だという。どうやらクラスのバカの親に、この女性と繋がりのある者がいたらしく、そこから俺のことを聞きつけ、訪ねてきたらしい。



「ほんとうに、ほんとうにあの事故の現場にうちの子がでるんですか」



 女性の質問に、俺は「はい」としか答えられなかった。嘘ですとは、言えなかった。



「ありがとう、ありがとうございます」



 礼を言うと女性は去っていった。翌日から、彼女は事故現場に常駐するようになった。

ぶつぶつと独り言を言っている。二人分の弁当を用意して、独り言を言いながら食べる。よく聞くと、その独り言の内容はまるで我が子に話しかけているようなものだった。その表情は尋常じゃないくらい幸せそうだった。俺は自分の嘘がとんでもないことしでかしてしまったことを今更ながら悟り、ひとり震えた。



 その夜不思議なことが起こった。寝ている時、見えない何かが俺の上にまたがっているのだ。即気づいた。例の事故で亡くなった子供の霊だ。意識した瞬間、その姿がはっきりと見えるようになった。俺にまたがっているのは、半透明の、血だらけの少女だ。



(ひどいでまかせを言いに来た俺を呪いにきたのか……)



 だが少女の霊が口にしたのは予想外の言葉だった。



「アリガトウ……オカアサンヲ、アリガトウ」



 感謝の言葉、だったのである。



(そうか。この子は、本当に成仏できずにあの事故現場にいたんだ。ひとりさびしく。俺の嘘がきっかけで、母が常駐するようになった。いびつの形だけれど、この子は再び母親と過ごすことができるようになった……そのきっかけを作った俺に、お礼を言いに来たのか)



「ホントニ、アリガトウ、アリガトウ」



 半透明だった少女の姿が、さらに薄くなっていく。



「礼なんて言わないで。俺は嘘を、嘘をついたんだ」



「アリガトウ……」



 薄くなって薄くなって、少女は消えていく。去っていく。



「ミンナモヨロシク」



 去り際に妙なことを言った。



「みんなって?」



 疑問を口にした瞬間。再び誰かが俺にまたがった。一人や二人ではない。

何人もの人間が、俺にまたがっているのだ。血だらけで、体のあちこちか欠けている少年少女が、何人も何人も。



「オトウサン、ヨンデ」



「オカアサンヲ、ヨロシク」



「マルボンヲ、サガシテ」



「オネエチャンヲ、オニイチャンヲ」



 人間にコミュニティがあるように、成仏ができない霊にもコミュニティがあるのだろう。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、猫だって集会をする程度のコミュニティがあるくらいなのだから不思議ではない。どうやらあの少女は、自分の地縛霊コミュニティで俺のことを風潮したらしい。「あの人がお母さんを呼んでくれのよ」と。それを聞いた成仏できない霊たちは、俺を頼ってきたようだ。



 どこの誰かも知らないし、どこで死んだのかもわからない。どうしようもない。それを説明しても彼ら彼女らは理解しない諦めない出ていかない。毎晩毎晩、俺にまたがっては求める。

父を、母を、未来からやってきた不思議な道具を使う居候を、兄弟姉妹を求める。どうしようもない俺の、どうしようもなく眠れない夜はいつまでも続く。

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