安全黙示録

 ここは微笑町の宮殿。今日も町の皇帝パンダメチャウマイ4世と町長以下町の幹部たちが集まり、町のこれからについて話をしておりました。巻き起こる一揆や謀反をどうするかなど課題は尽きませんが、この日の話題はこの間発生した痛ましい事件。痴情のもつれから、カップルが包丁で戦い、多くの血がながれ、命が星になった事件。



ルナちゃん「ねえ、皇帝! あのような痛ましい事件を二度と繰り返さないためには、凶器となった包丁をこの世から消してしまう必要があると思うの!」



町長「なんだって!?」



皇帝「包丁消すて、キミ。そないに無体な話ありゃしまへんで。悪いのは包丁やなしに、包丁を凶器と変えた人間の悪しき心やおまへんか」



ルナちゃん「ちがいますうちがうのですう。全ては包丁が悪いのですう。包丁を無くせば、この世は平和になるのですう」



ナウマン象「包丁無くなったら、料理はどうするんだよ。手刀でキャベツとか切るのかよ? 誰もが拳法の達人になれると思うなよ」



ルナちゃん「そこでこれ! 私が仲良くさせていただていいる『ウッサンクッシャイ共和国』で古くから使われている調理器具『ホチョイ』! これを普及させましょう!」



金歯「『ホチョイ』? ただの包丁に見えるでおじゃるが」



ルナちゃん「包丁なんかと一緒にしないでください。いいですか、ウッサンクッシャイ共和国は、私の調べによると世界でいちばん平和を愛し自由を愛する国なんです。すぐれた指導者おり、全ての国民が指導者を尊敬している! そんな素晴らしい国で作られた道具ですから、『ホチョイ』には優しさがぎっしりと詰まっているんです。その優しさは使った者にも移り、自然と心安らかになり、人を傷つけることもなくなるという寸法です。だから! 包丁などなくし『ホチョイ』を! 陛下!」



陛下「ふうむ。ヒロシはんとマルぼんはんはどう思うとる?」



ヒロシ「実にくだらないと思いますね」



町長「なんだって!?」



ルナちゃん「なによ! その失礼な言いぐさ!!」



ヒロシ「そんなわけのわからないものを使わなくても、包丁のままで十分。十分ですよ、皇帝陛下。一週間。一週間待ってください。

それを証明してみますよ!」



 一週間後、宮殿の一室に再び集う一同。



ルナちゃん「さぁ証明してもらおうじゃないの!」



副部長「山岡、本当に大丈夫なんだろうな!」



ヒロシ「任せてください。マルぼん、例のアレを」



マルぼん「カラオケのリモコン」



ヒロシ「このリモコンで、人様を地位・年齢・性別・経歴一切関係なしに無差別に攻撃しますね」



町長「なんだって!?」



ナウマン象「おいばかやめろとめろ」



ヒロシ「まずは貴さまだ! 皇帝! 往生せえや!」



皇帝「いやー! 助けて! グランドマザー!」



 お話の中ですが、皇帝帝パンダメチャウマイ4世が今亡き祖母に助けを求めてしまったのかを解説小林ルンタッ太氏(1965~2018)の著作『微笑町史記~パワフルママの細腕繁盛記~』(シェフの友社・刊)によると、

帝パンダメチャウマイは、先代皇帝ズゴバゴ2世(1921~2018)と皇妃ウドンヌ(1924~2018)の長男なのですが、ウドンヌはズコバコ2世の前に微笑町役場福祉課の課長・村松則夫(1918~2018)という男性と結婚していたのです。彼女を見染めたズゴバゴ2世は地位を利用して略奪してしまったのです。ウドンヌ自身も、ズコバコ2世の男らしさに惹かれており、むしろ進んで略奪されたというのが定説です。ほどなくしてウドンヌの懐妊が発覚したのですが、時期を考えると、ズゴバゴ2世ではなく微笑町役場福祉課の課長・村松則夫の子供ではないかと言う噂が出回りました。臣下にも「パンダメチャウマイ4世を次期皇帝とするのはいかがなものかと思うYO!」という声が広がり、弟にあたるゴリラ太郎(1949~2018)を推す勢力も現れ始めました。これをどうにかしたのが、ズゴバゴ2世の母でパンダメチャウマイ4世の祖母にあたる(めんどくさくなったので以下略)



 ヒロシによって振り上げられたカラオケのリモコンが皇帝の頭を直撃しようとしたまさにその時。

カラオケのリモコンが消滅してしまったのでございます。



ナウマン象「リ、リモコンが」



金歯「消えちまったでおじゃる」



ナウマン象「神の奇跡か仏の慈悲か」



町長「なんだって!?」



皇帝「これはいったいぜんたいどういうことや。ヒロシはん。説明せえや」



ヒロシ「未来の世界は荒んでおります。昨日の敵が殺人鬼、今日の友も殺人鬼、、親子三代殺人鬼ってな具合なんだそうです。日常的に争いが起こり、包丁や金属バットはもちろん、耳かきやトイレットペーパー、洗濯バサミや不要になったアイドルのCD、メンマや春雨、卒業アルバムなど、あらゆるものが凶器と化してしまう哀しい時代なのです。そんな時代をなんとかしたい、どげんかせんとならんとして開発されたのが、今回使用した機密道具」



マルぼん「起動すると、半径10キロ以内が特殊なフィールドに包まれ、このフィールド内では他者を傷つける目的でなにかを手にしたら、そのものは消滅してしまうのです。包丁も金属バッドも、どんなものも、凶器などにならず、本来の役割だけを果たすことができるわけです」



町長「なんだって!?」



ナウマン象「今リモコンが消えたのは」



マルぼん「会議が始まる前に、その機密道具を起動させておいたのですよ」



皇帝「この道具すごいやん! すぐに町中に設置しようや!」



ヒロシ「あり…がたき……しあわ……せ」



皇帝「どうしたヒロシ。ようようみたら、どえらい汗をかいとるやんけ。顔色も鉛みたいになっとるし」



マルぼん「ヒロシは……皇帝陛下に無礼を働くことをよしとせず、機密道具を起動させるまえに、罪を償うべく腹をかっさばいていたのです」



ヒロシ「……」



一同「ヒロシー!!」



ルナちゃん(あかん。これはあかん。『ウッサンクッシャイ共和国』からは既に金をいただいとるのに。なんとしてもホチョイを採用させんと……こうなりゃあの手しかあらへん)



 ルナちゃんは、部屋の唯一の扉の前に座り込む。



ナウマン象「ルナちゃん。そんなところに座ったら出られないじゃねえか。ヒロシのために、早く葬儀屋に連絡しなきゃならねえんだ。どけよ」



 ルナちゃんにどいてもらおうと、彼女の体に触れようとするナウマン象。



ルナちゃん「近づかないで! 私触れないで! 触れたら痴漢で訴える!」



町長「なんだって!?」



金歯「そんなこと言ったら、誰も外にでられんでおじゃる!」



ルナちゃん「外に出たかったら、どいてほしかったら、包丁を廃止してホチョイを! ホチョイを採用してください!」



 語るルナちゃんでしたが、自分の声がさっきより低く太くなっていることに、気づいてはいなかったのです。

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