ネタ切れ特効薬


「今日は『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』の16巻の発売日ですよ」



「あ」



 不覚不覚。なんたる不覚。そう、今日は『ボロボロコミック』で好評連載中の人気漫画『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』最新16巻の発売日。 『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』は、ひょんなことからパンを踏んで地獄におとされた少女が、恋にグルメに異世界転生に全力を尽くす小学生向けのゴアシーンが満載のホラーラブコメ漫画なのです。



 この漫画の大ファンで、将来、「パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション」と名付けた我が子に裁判を起こされるくらいこの漫画のファンなくせに、愚かなヒロシは発売日を失念していたのです。



「いけないいけない! ちょっと本屋さんへ行ってくるよ!」



「マルぼんも読みたいから、いそいでくださいよ」



 家を飛び出し、これからの人生でもお目にかかれなさそうなスピードで走るヒロシ。しばらくすると、通行人が全員土下座しているという光景に出くわしました。遠くからは「下にぃ下にぃ」という声。金歯の大名行列です。載っていた籠から顔を出す金歯。



「ようヒロシ。どうせ『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』の16巻を買いに行くんだろ。無駄だからよしとくでおじゃる」



「なんでだよ、金歯」



「世界中の『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』の16巻は、朕が買占めたのでおじゃる!」



「な、なんだって!」



 金歯の大名行列に参加している従者・奴隷を見てみると、皆さん、本が大量に入った袋を持っています。



「あの本は全て、『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』の16巻でおじゃる」



「同じ巻を大量に買ってどうするんだよ……」



「今日の10時に読む用。これは今日の11時読む用。(中略)あっちは、今日の10時の保存用。こっちは雪山で遭難した時にたき火の燃料にする用。そっは、朕が死んで墓に入るとき殉教者と一緒に入れる用。キミら庶民に行き渡る余裕はないでおじゃるな!



「そんな馬鹿な!」


 いつのまにか、ナウマン象やルナちゃんといったお馴染みの面々が揃っていました。みんな、一応に驚いた表情です。



「金歯、貴様…細切れにしてホルマリンに漬けにして、大学に寄付してやるぞ!」



「そんなそんな。『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』の16巻だけが、私の生きる希望だったのに! 明日への糧だったのに! 」



「金持ちは金持ちらしく、札束をホチキスで留めて本みたいにしたのでも読んでおけばいいでヤンス!」



「はん! 愚民ども叫ぶだけ叫べ! 貴様らの声なき声など無視! また無視!」



「なんだと!?」



 そしてはじまる、いつもの連中VS金歯親衛隊の、血で血を洗う地獄の乱闘。ヒロシもネット通販で買ったバタフライナイフ片手におお暴れです。



「な、なにをやっているんです。やめてください、皆さん、やめてください!」



 駆けつけたマルぼんがなにか叫んでいましたが、血に狂った皆さんは、余裕で無視です。



「ケンカはよして! 争わないで!」



 マルぼんの、乙女の悲鳴にも似た悲痛な叫びも、ドラッグとロックンロールにまみれて生きてきた現代っ子には通じません。



「仕方がない。機密道具『異臭発生装置』!」



 『異臭発生装置』は異臭を発生させて、不特定多数の人間を困らす道具。発生した異臭をすったら、異様に鼻毛が伸びた上に1ヶ月くらい鼻血が止まらなくなるよ。警察も動く、。宇宙服みたいなを来た科学班もくる。



 そんなわけでヒロシたちの正義なき抗争は、全員入院という平和的解決で幕を閉じたのでした。で、1週間後。微笑町総合病院の病室。



「なるほど。『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』16巻を、金歯君が買い占めたのが争いの原因か」



「金が腐るほどあるのでおじゃる! 使ってみて悪いか!」



「僕らみたいなちっぽけな命だって、漫画を読む権利はあるさ」



「話はわかったよ。よし。だれが『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』16巻を読むのに相応しい人間か、トーナメントで決着をつけよう!」



 そんなわけでマルぼんは、機密道具『トーナメン兎』を出しました。



「どんなケチな戦いも壮大な戦いも、あっという間にトーナメントにして解決してしまう、素敵なウサギさんタイプの機密道具。みらいのせかいでは、100年以上に渡る宗教戦争(地球の人口の3分の2が死滅)が、こいつのおかげで2分で終わったことがある。トーナメントでの戦いの内容はは、戦い原因や賞品にちなんだものになる。例えば、ハサミをめぐる戦いがトーナメント化したなら、ハサミの使い方を競いあうトーナメントになる」



 マルぼんの出した機密道具で、『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』に関する争いは、トーナメントで決着をつけることになりました。トーナメントの内容は、当然、『パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション』に関する知識のひけらかしあいです。



司会「優勝は、微笑町にお住まいの、田所新一さん(24歳・浪人生)です」



 小学生ばかりのところに1人だけまじってた知らない大人の人(24歳・浪人生)の優勝で、トーナメントは幕を閉じました。



「パンを踏んだ娘 ネクストジェネレーション」トーナメントは残念な結果になってしまったわけですが、「トーナメン兎」という機密道具の存在を知ったヒロシの目は、いつになくギラギラしていました。



「『トーナメン兎」』さえあれば、この世界のありとあらゆる諍いや争いを、トーナメントバトルで解決することができます。そうすれば、紛争に無関係の人が巻き添えで死ぬことなどなくなるはず。『トーナメン兎』の力で世界に永久の平和をプレゼント。僕にはそれができるのです。僕は救世主になれるのです。というか、もう既に救世主。いやいや、かなり前からずっと救世主。



 急に聖なる心に目覚めたようです。



「マルぼん、僕は救世主だったよ」



マルぼん「そうかいそうかい。大丈夫。今はよいお薬があるから」



「ママ、あなたは救世主の母親です」



「ママの知り合いに、かわいそうな人の面倒をみてくれるえらい先生がいるから大丈夫よ」


 

 だいがくびょういんとかに連絡しようとしている二人を無視して、ヒロシは「トーナメン兎」をもって外へととび出しました。



「今現在、誰かと争っているかたはおられませんか。遺産を巡って親族と血みどろの戦い(IN法廷)を繰り広げている人とかおられませんか。僕は救世主なので、皆さんをお救いすることが出来ますよ」



「僕ちゃん、こんなところでなにをやっているの?」

 駅前で救世主活動を行なっていると、見知らぬおばさんがヒロシに話しかけてきました。「トーナメン兎」とそれを使用した作戦の概要を説明すると、おばさんは哀しい目をして、ヒロシを抱きしめました。



「大丈夫。あなたは悪くない。そう、あなたは悪くないの。悪いのは世間。あなたみたいに純真な子供のココロを汚す、世間なのよ」



「なにがなんだかさっぱり理解できないのですが」



「あなたは天使。白い翼の天使。汚れた21世紀の空では飛ぶことのできない天使なのっ。安心して、私は味方。あなたみたいな子供を何人も世話しているから」



 状況を把握できないでいると、ママとマルぼんがこれまた見知らぬ中年女性を連れてやってきました。



「いたいた」



「ヒロちゃん、こちら、財後先生よ。だいがくびょういんから来てくださったの」



「はじめましてヒロシくん。私はキミのような子を何人も診ている医者なんだ。安心してくれたまえ。さあ、一緒に行こう」



「何を言っているんですか。この天使ちゃんは、私の施設で面倒をみています」



「アマチュアが軽々しく手を出さないでもらおうか」



「な、なんですって! ムキー!」




「ケンカはやめて! 2人をとめて! 私のために争わないで!」



 争う二人をみたヒロシは発作的に「トーナメン兎」を発動させていました。




トーナメン兎「機動だニンジン。機動だニンジン」

 


起動した途端、これ以上ないくらい兎らしいしゃべりかたをしたトーナメン兎。光の速さで駅前にコロシアムを設置し、観客を連れてきました。



トーナメン兎「これより、第一回『かわいそうなヒロシを救済するトーナメント』を開催するだニンジン。参加者は2名だけどよろしくだニンジン。まずは赤コーナー『この道一筋32年。休日は役所前で抗議活動』見知らぬ女性氏」



見知らぬ女性「他人の幸せが私の幸せ。国の不幸も私の幸せ~!」



トーナメン兎「青コーナー『ひきこもり千人切り。休日は各地の大学で講義活動』財後先生」



財後先生「原因はゲームです。まちがいない!」



トーナメン兎「ルールは簡単。かわいそうなヒロシくんを、よりしあわせにしたほうが勝ちです。それでは試合開始!」


見知らぬ女性「ヒロシくん。さぁ、これを食べて。今まで五百人以上のアウトドア生活者の皆さんに炊き出してきた、特性豚汁よ」



ヒロシ「熱いよ。マズイよ。なんか臭いよ。これ…この肉って豚ではないですよ?」



見知らぬ女性「人の善意を踏みにじるなんて最低!」



財後先生「ヒロシくん。遊び相手だよ」



土佐犬「グルルルル…」



僕「闘犬とかよく見る種類の犬だ…」



財後先生「アメリカの少年院では、服役している少年たちが動物との触れ合いで命の大切さを学んでいるんだ。さあ、鬼のように触れ合いたまえ」



土佐犬「グガァァァァァッ」



ヒロシ「ギャー」



トーナメン兎「この勝負ドロー! 2戦目突入!」




 2戦目でも決着が続かず、戦いは長期化。



見知らぬ女性「ヒロシくん。飲んだら光のはやさで病気が治った奇跡の水(1ダース35000円也)を飲むのよ。お金は後でいいわ!」



財後先生「ヒロシくん。手術だ。このマイクロチップを脳に埋め込んだら、怪行動がでなくなったという報告が」



トーナメン兎「この勝負ドロー! 続いて第14戦目!」 



 選手の実力が拮抗し、鬼のように白熱する『かわいそうなヒロシを救済するトーナメント』。見ているほうは楽しいでしょうけど、巻き込まれているこちらにしては正直体がもちません。続く14戦目も、結果はドローでした。



トーナメン兎「むうう。このままではいけないだニンジン。2人の実力は、ヒロシという物差しでは量りきれないだニンジン。ここでルール変更、救済する対象の『かわいそうな人』を増やしますニンジン」



 トーナメン兎は配下の者に命じ、観客の中からいかにもいかわいそうな人生を送っていそうな人々を、リングに集めてきました。



集められた人A「なんで私がかわいそうな人間なんです。私、愛する妻と新婚生活に勤しむ毎日で、それはもう、幸せ真っ最中なのですよ」



トーナメン兎「この写真見てください。奥さまがラブホテルから出てくるところですニンジン。一緒に写っている男性はどちら様でしょうかニンジン」



集められた人A「げげぇ!?」



集められた人B「健康の代名詞みたいな私がどうしてかわいそうなの? 会社の健康診断だって、余裕でクリアだし」



トーナメン兎「残念。健康診断にきた医者がヤブだったんですねニンジン」



集められた人B「なに、それ、どういうこと!? 目をそらさないで答えてよ!」



 選抜されたかわいそうな人々をもってしても、見知らぬ女性と財後先生の決着はつきませんでした。



トーナメン兎「く。タマ切れだニンジン。このままではトーナメントが順調にすすまない…それだけは避けないといけないだニンジン。ちょっと、そこの人、リングまで来て!」



そこの人「え。僕、かわいそうな人ですか」



トーナメン兎「そんなことないだニンジン。幸せな人生を送っているだニンジン」



そこの人「じゃあなんで」



トーナメン兎「かわいそうな人がいなくなったんだニンジン。いなくなったら、作るしかないだニンジン。……今、あなたの会社に辞表届をだしてきたニンジン。あなた名義で」



そこの人「げげぇ!?」



トーナメン兎「ドロー! この勝負もドローだニンジン!」



 わざわざかわいそうになってもらった人たちをもってしても、見知らぬ女性と財後先生の救済バトルには決着がつきません。



トーナメン兎「よく見たら会場には人が全然いないニンジン」



 観客のほとんどは救済バトルの犠牲となって露と消え、会場には試合に出ている2人とヒロシ、マルぼんがいるのみです。



トーナメン兎「この2人の力量を測るには、もっともっと大量で壮大なタマが必要だニンジン。…そうだ。むむむむぅ」


ヒロシ「どうしたのさ」



トーナメン兎「今、みらいのせかい名物の超特殊電波を駆使して、世界中の軍事施設のミサイルを同時発射させたニンジン。もちろん、各国の迎撃システムもバグらせ済みだニンジン」



ヒロシ「な、なんだって! そんなことしたら、世界中焼け野原じゃないか! 世界中にかわいそうな人が溢れかえるよ!」



トーナメン兎「それが願いだニンジン。最終試合は『焼け野原と化した世界で、より多くかわいそうな人々を救済したほうが勝ち』というルールだニンジン。それでは試合開始……」



 その日、地球はかわいそうな星となったのでした。

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