第2話 夫婦喧嘩、ワンちゃんまっしぐら! 

 学校から戻ると、自宅前で大人がもめていました。片方は近隣住民。もう片方は、うちの母とその内縁の夫の佐藤。



「ああ、ヒロシ。大変なの。近所のバカどもが、うち死体でも隠しているんじゃないのってイチャモンをつけてきているの。ここ最近このあたりで異臭がするのは、うちが原因だろうって。やたら虫がいるのは、うちが原因だろうって。写真を撮ったら体の一部が消えていたり知らないおっさんが映り込んていたりするのは、うちが原因だろうって。思い当たるフシはない? あったら土下座。なかったらすぐに弁護士を呼んで裁判の用意よ!」



「言われてみれば、変なにおいもするし、なんか虫とかも増えた気が。でも死体って……死体……あ」



 あった思い当たるフシ。あいつだ。マルぼん。あいつを座敷牢にぶちこんだままだ。あれから数か月。座敷牢に、マルぼんを、ぶち込んだ、ままだ! 忘れていた。忙しい毎日のせいで忘れていた。いつしか世間の歯車になっていて、忘れていた。僕は悪くない! 悪いのは社会。悪いのは世界。悪いのは宇宙。悪いのはこんな人間を生み出した存在。みてろよ社会、いつか何らかの方法で報復だっ。



 とりあえず、「平穏な生活を返せ」と怒る近隣住民にホースで水をかけて撃退し、急いで座敷牢へ。そこでは、科学の進んだ未来の世界の生き物といえど飢えには勝てないという悲しい事実がありました。虫と異臭まみれで。



「ちょっと! 臭くてたまんないから、さっさとこいつを片付けなさいよ」



「ごめんなさい」



 異臭と虫に、この座敷牢の先客である50年前に閉じ込められたという女性も怒り心頭です。50年選手なのになぜか僕より年下みたいな姿ですが、よくわかりません。



 幸いにも、こういったもの処理で食っていた時期があったので、その技術でなんとか座敷牢は綺麗にできました。



「思えばこいつも社会の犠牲者なんだ。丁重に葬ってやるか」


 夜が更けるのを待ち、軽トラックの荷台にマルぼんの遺骸を載せて学校の裏の樹海へと向かいます。異世界転生を夢見る友人の望みを叶えるために練習をしたことがあるので、小学生ながら、僕は運転がお手の物なのです。樹海に到着すると、小学生としての全力を尽くして掘った穴にマルぼんを放り込んで埋葬。線香と道すがら買ったカップ酒を供えて軽くお手てのしわとしわを合わせると、とっとと帰宅。なんかとが多い。気にしない。明日も学校だ、primary schoolだ。早く寝よう。



 翌朝。新しい朝。希望の朝。しかし来たのは朝だけではなかったのです。起きると枕元にやつが



「お目覚めのようでガスね、大沼のぼっちゃん」



「あ、マルぼん! たしかに命尽きたことを確認し、葬ったのに。大地に還したのに。なぜここに」


「たしかに命尽きたでガス。たしかに葬られたでガス。たしかに大地に還りかけたでガス。だか大地の力が、自然の力が、愛の力が、私に新しい命としゃべることができる程度の知性を与えてくれたのでガス」



「災い転じてなんとやら、ってやつだね。よかったね。うれしいね。幸せだね。でもグロい体はそのままなのはかわいそうだね」



「大沼のぼっちゃん。さっそくだが私は本来の使命を果たしたいのでガス。なにか困っていることはないでガスか。便利な道具で解決してさしあげるでガス」




「そうさなぁ。昨日から母と交際相手の佐藤が喧嘩をしているんだ。なんとかしてくれない」



「お安い御用でガス。機密道具『夫婦喧嘩を食う犬』を使うでガス。夫婦喧嘩をしている人たちの近くに置くと、そのかわいらしい姿から発せられるパワーで、喧嘩する気持ちを奪ってしまう犬タイプの道具なのでガス」



「夫婦といっても、よくニュースで負の話題で取り上げられるタイプの内縁関係だけど大丈夫?」



「やってみなきゃわからないけれどやってみるでガス。では、病院へ行ってくるでガス」



「え? なんで」



「機密道具はその名の通り機密事項が盛りだくさんだから、きちんと収納しておくことが法律で義務付けられているのでガス。私の体は幸いにも四次元に繋がっているでガスから、そこにしまっているんでガス。でも取り出すところがないから、道具を体内から出すときはそれなりの外科手術が必要なんでガス。じゃあ、行ってきます」



 機密道具の取り出し手術を終え、手術跡が癒えて体力も回復したマルぼんが戻ってきたのは一か月後のこと。その頃になると母も佐藤と別れ、新たな恋に備えて乙女準備中。もう、ドジなマルぼん!



 こうして、マルぼんとの奇妙な生活がはじまったのでした。

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