02 素っ気ないにもほどがある
「さてと。それじゃあ本題といくか……ユリスは、俺の両親に会いたいんだよな」
「そうですね、是非。あなたの、人となりを確認するためには欠かせません」
「別に、面白くもなんともねぇけどな。父親は鍛冶職人の真面目な堅物だ。歓楽街なんて縁のなかった人生だろうし」
言いながら笑いが込み上げてしまう。この街に来て、面食らうことも多いだろう。
「母親はマルティサン島の出身だ。島を出る前は炎の神官を務めていたらしい。明るくて気さくな性格だから、構える必要もねぇ」
「姉さんからも、とても良くして頂いたと聞いています。その節はお世話になりました」
「堅苦しい礼はいいって。おまえとは、もっと打ち解けた間柄になりたいんだ」
「無理でしょうね」
「おい」
素っ気ないにもほどがある。
「あなたとレオンさんが陽気に酒を酌み交わすのと同じくらい、あり得ないことです」
「それは絶望的じゃねぇか」
「ですよね」
「って、そこで会話を打ち切るなよ……セリーヌの取って置きの話とかねぇのかよ」
「あったとしても、あなたには教えません」
「おいおいおい。俺たちが、仲良く島へ戻ってみろ。きっと、セリーヌも喜ぶって。いつの間にそんなに仲良くなられたのですか、なんて言いながらさ」
「はっきり言いますけど、気持ち悪いです。姉さんの口まねは金輪際やめてください」
ポケットに手を入れたまま歩くユリスは、不快感が露骨に顔へ出ている。
これ以上の交流を断念し、黙々と歩きながら街の景色に目を向けた。娼館と飲食店を回っている間に、すっかり日も暮れている。
「カンタンは賭博場にも手を広げてるらしいんだ。場内の一画に遊戯台をいくつも持ってるって話なんだが、本当はそこも見ておきたかったんだけどな……日を改めよう」
欲望と喧騒が渦巻き、人間の醜い部分も浮き彫りになる場所だ。気軽には踏み込めないし、ユリスが悪影響を受けても困る。
『リュシアンさん。なんという場所に、弟を連れて行かれたのですか!?』
セリーヌに怒られる未来が浮かぶ。
彼女に対して誠実でいたいという想いは、今も決して変わらない。相棒だったラグがいれば、左肩の上で吠えられているだろう。
歓楽街を抜け、街の南口へ引き返した。
両親をこの街に連れてくると考えた際、傭兵たちが滞在している館の一室を貸してもらおうかとも考えた。
しかし、所詮は荒くれどもの集まりだ。騒々しい上に、雑多な印象を受けた。あんな所では父は落ち着かないだろうし、母が家政婦の真似事をするのは目に見えている。
カンタンの屋敷を一室使っても良かったのだが、両親から変に勘ぐられても面倒だ。結局、シルヴィさんに相談し、住宅街の空き家を一軒、手配してもらった。
もちろん、バティストという名は伏せてある。この街では変に有名になりつつある上に、両親だと知られて危害が及ぶのは避けたい。もう少し落ち着いたら、ヴァルネットの街へ引っ越しさせようかとも考えている所だ。
人混みを掻い潜るように大通りを横切り、奥まった区画へ進む。ユリスを気遣うと、雑踏に圧倒され、気疲れしているようだった。
「本当に人が多いですね。祝賀祭のようなものでも行われているんですか」
「だったら毎日が祭りだな」
「今、俺を田舎者扱いしましたね」
「おまえ、被害妄想が激しすぎ……」
一区画移動してくると、混雑も多少は軽減された。ようやく一息ついた所で、横手から近付いてくる人影に気付いた。
暗がりでも、鎧で武装しているのがわかった。いつでも剣を抜けるよう、柄へ触れる。
誤解だったとはいえ、みかじめ料のいざこざで闇ギルドからも目を付けられた身だ。いつどこで襲われてもおかしくない。
「やっぱりそうだ」
「は?」
「リュシアン、久しぶりだね」
「兄貴……なのか?」
「どうしたんだい。希少な魔獣にでも遭遇したような顔をして」
俺が良く知る、聖人と呼ばれた柔らかい笑顔がそこにあった。
モニクから洗脳を受けていた間に伸びてしまった髪はそのままに、後ろでひとつに束ねられていた。長髪姿は新鮮だ。
大剣を振り、重量鎧を着ていた影響だろう。俺が知っている頃より体格は随分とがっしりして、筋肉質の体付きになっている。
「こんな風に顔を合わせて、言葉を交わせる日がくるなんて思ってなかったからさ……どこかで無事でいるはずだって願ってたけど、正直、諦めてる自分もいたんだ」
「酷いな。リュシアンくらいは信じていてくれないと、僕も張り合いがないじゃないか」
「ごめん。でも、無事でよかった」
話しながら、涙が滲んできた。さすがに泣くのは格好悪い。込み上げてくる感情を、必死に抑え込んでしまう。
兄は笑みを浮かべたまま近付いてくると、黙って俺の体を抱きしめた。力強く腕を回され、背中を数度叩かれる。お返しとばかりに、兄の背中を叩いた。
抱擁を解くと、なぜか互いに照れくさくなり、灯りの下で苦笑してしまった。
「仲間のみんなにもよろしく伝えて欲しい。ナルシス君とエドモン君には随分と世話になったんだ。今も、シルヴィ君とアンナ君は時々顔を出してくれているんだけどね」
「ナルシスとエドモンは?」
「近頃は見ていないね。ふたりで行動しているようだから、一緒に依頼をこなしているんじゃないかな」
やはり、ナルシスはエドモンを見捨てられないのだろう。エドモンを追放した手前、以前のように接することはできない。フェリクスさん亡き今、エドモンも行く当てがないのは目に見えている。
「それにしても見違えたね。リュシアンも、今やランクLか……我が弟のことながら、とても誇らしいよ。しかも、
「兄貴も知ってるのか……正直、あまり大丈夫とは言えないけどね。あの人は俺の憧れだったんだ。兄貴を目標としていたように、背中を追い掛けたいと思っていた人だった」
「いつかは別れの時が来る。冒険者なら尚更のことさ。気を強く持って、後悔のないよう生きるしかないじゃないか」
「そうなんだけどさ……」
「ところで、一緒にいるのは客人かな? 足止めしてしまったようですまないね」
「いや、大丈夫。ちょうど家に行くところなんだ。こちらはユリス。色々あって、数日間だけ行動を共にしている魔導師なんだ。田舎から出てきて、社会見学の最中って感じかな」
ユリスから睨まれているのがわかる。後で蹴りのひとつでも叩き込まれそうな雰囲気だ。
「ユリスと申します。よろしくお願いします」
「ジェラルド・バティストです。よろしく」
握手を交わすと、挨拶もそこそこに、兄が目を向けてきた。
「それにしても、ちょうどいい所に来てくれたよ。一緒に冒険者ギルドに来て欲しいんだよね。手伝ってもらいたい依頼があるんだ」
「依頼?」
あまりにも唐突なお願いだ。
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