QUEST.13 クレアモント編

01 歓楽街と純真青年


 俺とユリスは夕刻を待ち、飛竜に乗って一足先に移動した。そして、オルノーブルの街が見下ろせる高台にひっそりと着陸する。

 周囲には緑も豊富だ。飛竜が隠れるには打って付けの場所といえるだろう。


「オルノーブルは娯楽の街で、なにしろ人が多い。はぐれるなよ」


「子ども扱いしないでください」


 ぶすっとした顔で歩き始めたユリスだが、街に入ってすぐ、呆気にとられた間抜け顔を晒すこととなった。


「いくつか寄り道したいんだ。いいか?」


「え!? あぁ、構いませんけど」


 戸惑うユリスを連れ、街中ではなく歓楽街を目指した。

 やってきたのは娼館、女神の膝枕だ。建物の利用意図を知ったユリスは、怒りと軽蔑が混じった目を向けてきた。


「こんなふしだらな場所に連れてきて、どういうつもりなんですか」


「あら、可愛いボウヤ」


 道りに立っていた若い娼婦から、早くも目を付けられた。頬を撫でられたユリスは顔を引きつらせ、彼女から距離を取る。


「触るな。あっちへ行け」


「そんな怖い顔しないで。ご機嫌斜めなのね」


 渋々遠ざかってゆく娼婦を見ながら、たまらず吹き出してしまった。


「なにがおかしいんですか」


「悪い、悪い。純真な反応が新鮮でいいよ」


「馬鹿にしているんですか」


「そういうわけじゃねぇよ。まっすぐっていうか、染まっていない存在が羨ましいんだ。まぁ、騙されたと思って付いてこいよ」


 娼館の正面を通り過ぎ、裏口へ回った。見張りに立つ、ふたりの傭兵に呼び止められた。


「部外者は立ち入り禁止だ」


「やれやれ。聞いてねぇのか」


 面倒になり、乱雑に頭髪を掻いた。


「サロモン、カミーユ、セドリック。あいつらの誰でもいい。おまえらの頭から指示が来てねぇのか? リュシアン・バティストが顔を出す、って伝えたはずなんだけどな」


「リュシアンさんですか。失礼しました」


 もうひとりの傭兵が慌てて反応し、いぶかしげな顔をする相棒を睨んだ。


映写えいしゃの紙を配られただろ。見てないのか」


「え? そんなのもらいました?」


「おまえは、まったく……」


 傭兵はポケットに手を入れ、折り畳まれた羊皮紙を取り出した。即座に広げ、相棒の鼻先へ突き付ける。


「あ、本当だ。この人ですね」


 俺の顔と羊皮紙に映った映写姿を交互に見比べている。その光景に呆れていると、もうひとりが裏口を解錠してくれた。


「どうぞ、お通りください」


「見張り、ご苦労さん」


 すれ違いざま、羊皮紙を握ったままの男に目を向けた。


「おまえは門番に向いてねぇよ。通りの見回りに就くよう、配置換えだ」


「え? え?」


 呆気にとられる傭兵を残し、ユリスを連れて中へと進んだ。


「てっきり、あの方を排除するものかと」


「あのな。俺だってそこまで悪じゃねぇよ。それに、誰しも向き不向きはあるさ。あいつだって、剣の腕はいいかもしれないだろ」


「機会を与えるのは良いことだと思います」


 館内への通路を無視して、下へ降りるための階段を目指した。そのまま、等間隔で魔力灯まりょくとうが配置された、石造りの通路に進む。


「初めて来たときは、薄暗くてカビ臭い場所だったんだけどな。綺麗に掃除されてるよ」


 シルヴィさんに聞いていた通りだ。ドミニクが連れてきたという賊仲間が、良い働きを見せているというのは本当らしい。

 黙々と脚を動かし、中庭へ移動した。


「用があるのは、あの屋敷だ」


 マリーも捕らえられていた場所だが、攫われてきた女性たちが監禁と調教を受けていた建物だ。地下にあった闘技場を含め、内部はすべて作り替えられたと聞いている。


 屋敷の一階は宿のように部屋を区切り、賊たちの住まいとして使われている。ドミニクは二階を仕事場として使い、事務作業をする商人たちと共に娼館を切り盛りしている。


 地下の闘技場はといえば、大規模な宴会場に作り替えたそうだ。お得意様をもてなすほかに、娼館に務める娼婦たちを定期的にねぎらい、食事会が開かれているという。


「あなたはどういう立場なんですか」


「前にいろいろあってさ。ここは、カンタンっていう男のものなんだけど、俺が共同経営者ってことになってるんだ」


「え? 経営者なんですか……」


 ユリスもさすがに言葉を失ってしまった。


「カンタンって奴が、なんだかんだと悪さを働いてる男だったんだよ。ここをぶっ潰したついでに、経営権を奪い取ったんだ」


 建物の入口で、再び見張りに止められた。

 今度の傭兵は俺の顔を見ただけで瞬時に判断してくれた。これもドミニクの教育のお陰かどうかは知らないが、気分はいい。


「お待ちしておりました。どうぞ」


 入ってすぐの所へ、受付のカウンターが設置されていた。チュニックを着た若い女性に案内され、二階への階段を登ってゆく。


 この女性は、ドミニクの好みなんだろうか。

 そんなどうでもいいことを思いながら、建物の中にも余さず目を向けてゆく。


 一番の目的は旅の路銀を工面してもらうことだが、ドミニクや傭兵たちの働きぶりを直に確認しておきたいと前から思っていた。


「碧色様。久しぶりだねぇ」


「おまえ、変わったな……」


 二階へ着くなり、ドミニクが満面の笑みで出迎えてくれた。

 盗賊の頃のみすぼらしい印象はない。華々しい服に身を包み、清潔感すら漂っている。富裕層さながらの出で立ちだ。


「商談なんかもあったりで、人前に出る機会も増えてねぇ。さすがに賊の格好のままじゃいかんでしょ。派手過ぎかねぇ」


「箔が付いた感じもするし、いいんじゃねぇのか。ただな、目立ちすぎるなよ。派手に振る舞うと、ろくなことにならねぇからな」


「心配なさんな。わきまえてるよ。何か飲むかい? 取って置きの酒があるんだ」


 ドミニクは、部屋の隅に置かれた棚に目を向けた。そこには数本の酒瓶が並んでいる。銘柄を見れば、どれも高価なものばかりだ。


「いや、今日はいい。若い奴も連れてるし、飲んでる場合じゃねぇんだ……それにしても随分と羽振りがいいんだな」


「それもこれも、シルヴィ様々だよ。彼女の助言もあって、客足の絶えない人気店に成長したからねぇ。まだまだ大きくなるよ」


「下にも気を遣ってやれ。おまえに贅沢をさせるためにこの娼館を任せてるわけじゃねぇんだからな。部下と仲間は大事にしろ」


「碧色様の仰る通りだが、そこは抜かりないからね。安心しなよ」


「まぁ、この店が潰れるようなことになれば全部おまえの責任だからな。借金はもちろん、仲間もろとも路頭に迷うことになる」


「責任重大だねぇ」


「そうは言いながら余裕じゃねぇか。俺も取り立てて心配してるわけじゃないけどな。これからもしっかり頼むぞ」


 娼館を後に、エミリアンが経営する飲食店にも足を運んだ。こちらの経営も順調で、ドミニクが右腕と呼ぶ男が店長を務めていた。


「あなたを見る目が変わりました」


「良い方に、だよな?」


「悔しいですけどね」


 ユリスの返答に、俺はほくそ笑んだ。

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