26 対応を試されている
俺の意図を察してくれたのか、シルヴィさんから、じっと見つめられていた。
「リュシー、こういうのはどうかしら? 馬車の警護はあたしたちで引き受けるわ。リュシーは風の魔法を使って一足先に行っていて。オルノーブルで待ち合わせれば、ご両親にも会えるじゃない」
「それは確かに名案ですね」
「だったら俺が、あなたと一緒に行きます」
ユリスが不機嫌そうな顔で声を上げた。
罰を受けたような苦々しい様子は、とてもじゃないが進んで望んでいるとは思えない。
「無理に付いてこなくていいんだぞ。そんなこと誰も強要しねぇよ」
「俺が付いていきたいだけですから」
その目は本気だ。俺の行動を観察するつもりなのだろうか。
「あれ? リュシアンさんは別行動ですか」
サミュエルさんは残念そうにしているが、俺としてはようやく離れられる。せいせいしているというのが本音だ。
「護衛なら心配ありませんよ。ここにいるレオンも負けず劣らずの腕利きですから。並の相手じゃ手も足も出ません」
レオンの背中を叩くと、鬱陶しそうな顔をされて逃げられた。
しかし、俺の言葉は本心から出たものだ。レオンを信頼しているし、現状で彼以外の適任者は思いつかない。
苦笑いをするサミュエルさんから何を期待されているかはわかっているつもりだ。シルヴィさんを巡る男の戦いを、俺が拒否した形に映っているのだろう。
シルヴィさんもシルヴィさんで、それをわかった上で、俺にオルノーブルへ行くことを勧めているのだろうか。もしくは、ここでの対応を試されているのかもしれない。
昨晩の話では、結論を今晩に迫られている。ここで俺が離脱すれば、その約束を無下にしたと受け取られるだろう。
その上で、シルヴィさんがサミュエルさんを選ぶのなら仕方ない。こんな関係をいつまでも続けているわけにもいかない。どこかで線引きが必要な関係だ。互いが違う相手を選んでも、これからも変わらず仲間としての信頼関係は続くはずだ。
「風の魔法で行くというのなら、馬車ごと運んで頂くのは無理なんですかね? どうせなら一緒に旅した方が楽しいじゃないですか」
サミュエルさんが、もっともな質問を投げてきた。
これに関しては、ユリスの方が詳しいだろう。譲るように視線を向けると、彼は黙って頷いてくれた。
「風の移動魔法は、基本は術者単体に向けたものなんです。自分の体重を超えたものを動かそうとすると、効果は激減してしまいます。数人程度に使用するならまだしも、馬車全体となると難しいですね」
「だったら、馬に魔法をかけちゃえば?」
アンナが何気なく放った一言に、サミュエルさんから感嘆の声が上がった。
「素晴らしい考えです。それでいきましょう」
「ちょっと、アンナ」
声を上げたのは、シルヴィさんだ。
「リュシーが家族と過ごすための時間を奪うつもり? 邪魔しちゃ悪いでしょ。数ヶ月ぶりに戻ってきたんだし、この計算だと次に帰って来るのは三ヶ月後よ。ゆっくりさせてあげなさい」
「そっか。そうだよね……」
シルヴィさんに詰められ、しょんぼりしてしまったアンナがいたたまれなくなってきた。
「ふたりとも色々と考えを巡らせてもらってありがとうございます。気を遣わせてしまってすみません。ここはシルヴィさんの御言葉に甘えて、ユリスと風の魔法でいきます」
三日後にオルノーブルの冒険者ギルドで待ち合わせることにした。俺とユリスは別行動を取ることになる。
一行の馬車を見送り、首から提げた竜の笛を取り出そうとした時だった。
「本音を言えば、俺もサミュエルさんに同行したかったんですけどね」
「だったら素直に言えばいいだろうが」
隣に立つユリスを見ると、相変わらず不満を前面に押し出した顔をしている。
姉は絶世の美女だし、ユリスもかなり整った顔立ちだ。オルノーブルの歓楽街に放り込んだら、たちまち人気者になるだろう。
「サミュエルさんの人柄と人脈。何より、商人という仕事も興味深いです。あの方のツテを頼って島の発展に結びつく品々を流通させられたら、何よりの成果になる」
「気をつけろよ。下手な物を流通させたら、長老どもから目を付けられるぞ」
「それでもやっぱり新しい風は必要だと思うんですよ。停滞していては衰退する一方ですから。発展は見込めません」
「おまえさ、年の割にそういうところはしっかりしてるんだよな。凄いと思うよ」
「なんですか。気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ。俺は素直に、おまえのことを認めてるんだぞ」
「俺はあなたを認めません。御両親と会えるのなら、とくと本性を知れますね」
「好きにしてくれ……」
もう、溜め息しか出てこない。
※ ※ ※
うなだれるリュシアンを横目に、ユリスは腰の革袋に触れた。
光の民の長老であり、祖父でもあるディカ。その側近から旅立ちの際に渡されたものだが、薬や宝石の他に、魔導通話石が入っていた。
リュシアンが持つ通話石ではマルティサン島の結界に阻まれてしまうが、ユリスが持つのは特別製だ。結界を通り抜け、対となる石と連絡を取ることが可能となっている。
『外の世界を学ぶよう仰せつかっているが、一番の目的は、あの男の監視だ』
側近であるアダンとのやり取りが、昨日のことのようにユリスの頭へ浮かんだ。
『毎晩、定期的に連絡を寄越せ。奴が不穏な言動を見せれば、すぐに知らせろとのことだ。あの男は島の調和を乱しかねない危険性を秘めていると、長も危惧されている。セリーヌ様との婚姻などもってのほかだ。あの男を排除するための決定的な証拠を押さえろ』
アダンの険しい顔が蘇ったものの、ユリスはそこまでの危険を感じてはいなかった。ドミニクと呼ぶ男とのやり取りに警戒感を覚えたものの、報告するまでには至っていないというのが現状だ。
姉さんは、俺が守る。
決意を胸に、ユリスは空を仰いだ。
※ ※ ※
息を切らしたセリーヌが膝を折り、その場へ四つん這いに崩れた。
「ここらで一度、休憩せんか」
「いえ。まだやれます」
光竜アレクシアの言葉を受け流し、セリーヌは四肢に力を込めた。しかし本人の意思とは裏腹に、体が言うことを聞かない。
「儂も久方ぶりに動いたら、体がきつい。外の空気を吸って、気分を切り替えなさい」
「承知しました」
気力の回復を待ったセリーヌは、渋々といった顔で、訓練場となる結界の間を出た。
水分を欲して給水所へ向かうと、そこに男性の人影を認めた。
「よう、セリーヌちゃん」
民族衣装に身を包み、腰に剣を提げたジャメルが片手を上げた。その顔に、いやらしい笑みが張り付いているのを見逃さない。
「ジャメルさんも休憩ですか」
当たり障りない会話を選び、給水所の湧き水を両手で掬った。ひんやりとした感触が心地よく、顔を洗って気持ちを引き締める。
「セリーヌちゃんが、そこまで必死になることもないじゃないか。島にもこれだけの手練れが揃ってる。あんな外の人間に頼るんじゃなく、すべて俺たちに任せなよ」
織り布で顔の水気を拭っていたセリーヌは、すぐ側で聞こえた声に驚き、顔を上げた。
黄ばんだ歯を見せて笑うジャメルが、逃がすまいという顔でセリーヌに抱きついた。
「俺が
「やめてください」
腰を押し付けてくるジャメルに嫌悪し、隠し持っていた
苦悶の声を上げ、後ずさるジャメル。それを見たセリーヌは、護身用にと石を持たせてくれたリュシアンを思い、心の中で感謝した。
「こんな時に、どういうおつもりですか」
「どうもこうもないね。俺はいつだって、島の未来と繁栄を考えてるのさ」
「今のあなたの行動は目をつぶりますが、一度限りです。同様のことが再び起これば、その時は必ず長へ報告させて頂きます」
セリーヌは毅然とした態度を崩さない。
「神官の座は一時的に手放したに過ぎません。災厄の魔獣も、
怒りを滲ませて立ち去るセリーヌを見送り、ジャメルは苦い顔で舌打ちした。
「見てろよ。必ず、俺のものにしてやる」
懐に忍ばせた魔導通話石を取り出し、ジャメルは不適な笑みを見せた。
「あいつらがどこまで使えるか……駄目だとしても最後は俺の手で、セリーヌを堕とせばいいだけの話だ」
セリーヌの残り香を追うように、ジャメルは洞窟の奥に広がる暗闇を見つめていた。
QUEST.12 フィクサル編 <完>
<DATA>
< リュシアン・バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光
[装備]
スリング・ショット
冒険者の服
炎竜の首飾り
竜の笛
< セリーヌ・オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:なし
□称号:竜の守り人(仮)
[装備]
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
タリスマン
< シルヴィ・メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・
< アンナ・ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・
クロスボウ・
冒険服
胸当て
< レオン・アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:S
□称号:二物の神者
[装備]
軽量鎧
< マリー・アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:B(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
< ユリス・オービニエ >
□年齢:18
□冒険者ランク:なし
□称号:光の神官・代理
[装備]
光の魔導杖
冒険者の服
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