25 画期的な魔導具


 朝一番から陰鬱な気分のままだ。


 行動を共にする者が増えれば、それだけ関係性も複雑になる。当たり前のことだし、わかってはいたが、ここまでこじれるとは思っていなかった。


 もっと上手い立ち振る舞い方があるのかもしれない。だが今の俺には、それを見つけ出すことができない。


 過ぎた時間は取り戻せない。なかったことにもできない。どの道をゆけば正解だったのか。そんなことはわからない。


 ただ、あの時にあんなことを言わなければという後悔だけは、記憶の湧き水が溢れるように次々と表出してくる。


 俺も一端の大人だ。自分が撒いた種は自分で刈り取るくらいの分別は持っている。


「はぁ……」


 溜め息をついて宿を出ると、サミュエルさんが馬車と共に出迎えてくれた。


「おはようございます。お待ちしていました」


 爽やかな笑みが今は憎らしい。

 そんな俺の気など知る由もないだろう。人のよさそうな微笑みを武器に、こちらの胸の内へ入り込もうとしてくる。


「昨日はどうされたんですか。リュシアンさんもお酒が強いと聞いていたので、一緒に飲み明かすつもりでいたんですよ」


「すみませんでした。魔獣との戦いで、思っていた以上に消耗してしまったみたいで……先に宿へ戻らせてもらったんですよ」


「そうでしたか。本当に残念です。次こそは、朝までとことん付き合ってもらいますからね。お相手が男の僕で申し訳ありませんが、そこはどうか目をつぶってください」


 自分の言葉に苦笑している姿を見て、不快感が込み上げてきた。

 サミュエルさんが悪いわけじゃない。けれどこの人といると、どうしようもなく心がかき乱されてしまう。


「そうですね。次の機会には是非」


 そんな日が来ないことを切に願うだけだ。

 胸の内のモヤモヤを必死に抑え込んでいるところへ、斧槍ハルバードを肩に担いだシルヴィさんが近付いてきた。


「サミュエル。昨日はごちそうさま。どれも美味しいものばっかりで、感激しちゃった」


「とんでもない。こちらこそ夢のような時間を過ごさせて頂き、ありがとうございます」


「あら。本当に? そう言ってもらえると、あたしも嬉しいわ。また美味しいものを仕入れたら教えてちょうだいね」


「えぇ、必ず。シルヴィさんには真っ先にお知らせしますとも」


 ふたりが醸し出す親密な空気から目を背けると、宿から出てくる仲間たちが目に付いた。


 先頭は無表情のレオンだ。その後に続くユリスは、俺の視線に気付くと、睨むように険しい顔を見せてきた。最後尾には、談笑するアンナとマリーが見える。


「で、あたしたちに勧めたい品があるって話だけど。何なの?」


 シルヴィさんの声で、ふたりのやり取りに意識を戻した。


「そうなんですよ。田舎町の工房で作られた品ですが、優秀な技士が手掛けた逸品です。先駆けて、試して頂こうと思いまして」


 サミュエルさんは馬車の荷台を覗き、丸められた帯のような物を見せてきた。


「それは?」


「何だと思いますか?」


 質問に質問で返された。若干いらいらしたものの、ここで怒っては大人げない。沈黙を保ち、その品に目を凝らした。

 帯は滑らかな牛革を用いて、丁寧な縫製が施されている。その片端に、魔力石が埋め込まれていることに気付いた。

 見覚えのある形状に、たまらず声が出る。


「これ、魔力結界を発生させる防御石ぼうぎょせきですよね? どこでこんなものを……」


「その町には、有能な司祭様もいらっしゃいましてね。集めた魔力石へ、自ら魔法を封じていらっしゃるんですよ」


「ちょっと待ってください……これは、ベルトのように腰へ巻き付けるわけですよね。ということは、誰でも防御結界の恩恵を受けられるっていうことですか」


「そうなんです」


「凄いな……」


 驚かされつつも、得意満面のサミュエルさんが腹立たしい。おまえが作ったわけじゃないだろうと、文句を言いたくなってしまう。


「セリーヌも、防御結界をみんなが持てるようになればいい、って言ってたんだ。それが現実になるなんて」


「姉さんがそんなことを?」


 セリーヌの名を出しただけで食い付いてくるユリスが微笑ましい。こういうところは、まだまだ年相応だ。


「ですが、それだけではないんです」


 サミュエルさんは今にも商売を始めそうな勢いだ。両手で持った革帯を、颯爽と伸ばしてみせてきた。


「実はこれ、一般の方だけが対象じゃないんです。冒険者の皆さんにもおすすめ。なぜかというと……」


 まくし立てるサミュエルさんは、シルヴィさんの二の腕に嵌まる加護の腕輪に触れた。


「これ、加護の腕輪って言うんですよね? 腕輪から発生する防御結界を活かしたまま、革帯は独自の結界も発生させるんです。つまり、防御結界が二重になるっていうこと!」


「本当ですか!?」


 知らず、大きな声が出てしまった。

 これは画期的な魔導具だ。


「魔力石で力を蓄えてやるだけで、結界は半永久的に使えます。今は試作段階なので、結界の強度はそこそこですけどね。結界の封じ手の技量によって、強度を高めた品を作ることは可能です」


 すると、悪巧みをする子どものような笑みを見せてきた。


「これでも、教皇に繋がる方と繋がりがありましてね。教皇直々に、結界を封じて頂くことで話がまとまりそうなんです」


 熱弁を振るいながら、革帯に付いた魔力石を指先で弾いた。


「そうなったら、教皇の名を取った名称を付けて頂くつもりです。今は、結界革帯セントゥリエなんて呼んでいますけどね」


「教皇って、どれだけの交流関係を持っているんですか……」


 やり手の雰囲気を醸し出しているとは思っていたが、まさかここまでとは。


「割と手広く商売をさせて頂いているので、色々な方と知り合う機会に恵まれているんですよ。商売の堪がいいのと、流れを掴むのが上手いなんて言われますけどね。基本的に、運がいいんでしょうね」


「運だけじゃ、とてもここまでは無理ですよ」


「後は、僕に利益をもたらしてくれるかどうか、という商人の嗅覚みたいなものですね。もちろん、リュシアンさんたちにも魅力的なものを感じますよ。でなければ、こんな貴重なものをお見せしません」


「で、これをあたしたちにくれるわけ?」


「おっと。さすがにシルヴィさんが相手でも、ただというわけにはいきません」


 笑いながら、さらりと躱してみせた。


「昨晩に馬車の警護を頼んでいた方たちは、今朝までという話で解約してしまいました」


 サミュエルさんの目が、シルヴィさんを捉えて離さない。


「王都方面へ向かわれるという話でしたよね。王都は復興の真っ最中。近隣の街が、今最も商売に湧いているんですよ。どうでしょう。馬車の警護をして頂ければ、今回持ってきた二十点の試作品をすべてお譲りします。その上で、警護報酬もお支払いさせて頂きます」


「馬車の警護?」


 飛竜に乗ってクレアモントを目指す予定だったが、警護を受ければ数日が必要になる。しかし、結界革帯セントゥリエという品物にとても興味を惹かれている。

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