24 朝から強引ですね
翌朝、部屋のノッカーが打ち鳴らされる音で目が覚めた。黒のインナーだけという格好のまま、緩慢な動きでベッドを抜け出した。
「どちら様ですか?」
あくびを噛み殺し、ボサボサの頭髪を手ぐしで撫で付ける。
「ご依頼の淫乱巨乳メイドでございます」
「部屋、間違えてますよ」
明らかに、シルヴィさんの声だ。
「そんなはずはございません。注文書の通りです。主人の命令に絶対従順。のみならず、自らの判断で行動し、力強くなめらかな腰の振りをも兼ね備えております。更には、感度と締め付け具合もご主人様ごのみに……」
「いいから入れ」
廊下でくだらない説明をされている間に、手早くズボンを履いた。扉を開け、シルヴィさんの腕を掴んで引き込む。
「もう。朝から強引ですね」
鼻の頭を指先で突かれ、起きた早々、苛立ちが込み上げてくる。
「その朝一番から、なんなんですか」
俺も寝起きだが、シルヴィさんも大差ない。体の線がはっきりとわかる黒のインナー姿を晒しているが、彼女にとっては普段着だ。
メイド服を忘れてきたと言っていたが、マルティサン島を出た俺と通話を終えた後、急いで駆けつけてくれたのだろう。
「だって、リュシーが全然かまってくれないんだもん。昨日の夜だって、いつの間にかいないし。ずっと会いたかったんだぞ」
唇を尖らせたシルヴィさんも可愛い。
抱きしめたい衝動と戦っていると、彼女は後ろ手に持っていた革袋をテーブルに置いた。それは昨晩、俺が店を出る直前に、アンナに預けていたものだ。
「中身には手を付けてないから安心して。結局、サミュエルが全部払ってくれたわ。気前もいいし、博識だし、話題も豊富で面白い人だったわよ。あぁいう人が身近にいると凄く重宝すると思わない?」
「そうかもしれませんね」
昨晩の、アンナとのやり取りが蘇る。
シルヴィさんの口からサミュエルさんの名前が出ただけで、胸の奥がわずかに痛んだ。
自分で自分の気持ちを制御できない。どこにどういった感情を置き、シルヴィさんと向き合っていけばいいのだろう。
上の空、とまでは言わないが、戸惑いが顔に出ていたのだろう。シルヴィさんは柔らかく微笑み、乱れたままのベッドに腰掛けた。
「でも、さすがにしつこいのよね。強引なのは嫌いじゃないけど、さかりのついた動物に擦り寄られてる気分よ」
組んだ脚に肘を乗せ、頬杖を突いて溜め息を漏らしている。解かれた髪が肩を流れ、憂いを含んだ表情と相まって妖艶さを滲ませる。
「あたしはリュシー一筋だからって、何度も伝えたけど引き下がらないの。可愛そうかなとは思ったけど、難題をふっかけちゃった。それをどうにかできたら少しくらいなら考えてもいい、って言っておいたわ」
「何を言ったんですか」
シルヴィさんは頬杖を突いたまま、いたずらめいた笑みを浮かべた。
「カンタンの娼館、女神の膝枕。あそこの売り上げを劇的に伸ばす方法を考えて、って言ったの。無理なら無理でいいし、もしも実現すれば、リュシーの懐も潤うってわけ」
「サミュエルさんも、やり手の商人って空気が伝わってきますからね。本当に売り上げを伸ばしてくれるかもしれませんよ。そうなったら本気で付き合うつもりですか」
「どうかしらね。考えるとは言ったけど、友達の関係で終わるかもしれないし。あたしだって冒険者を辞めるつもりはないから。娼館の女店主なら興味はあるけどね」
「カンタンをお払い箱にできれば、あの店をシルヴィさんに任せても構いませんけどね」
「本当に?」
シルヴィさんは嬉々とした顔を見せるが、カンタンの娘たちはどうなっただろうか。
「そういえば、カンタンの三人の娘を人質に取っているんですよ。ドミニクに任せて、芸を身に付けさせるよう伝えたんですけどね」
「芸って、なにをするつもりなの?」
「踊りや歌を習わせて、稼いでもらおうかと。長女は十八歳。芽が出なければ、父親の娼館で罪滅ぼしのために働いてもらうつもりです」
「子どもに罪はないでしょ。さすがにそこまではやり過ぎだと思うわよ」
「まぁ、娼婦は最後の最後だな。従業員としてこき使ってもいい。カンタンが揺さぶりに応じて懸命に働いてくれれば済むことです」
「相変わらず悪い顔してるわね」
「相変わらずって酷いんじゃありませんか。そりゃあこれだけ暴れていれば、悪い顔にもなりますって……」
「あたしを焦らしてる時と同じ顔してるわよ」
「比較の内容が酷い……」
言い返すと、シルヴィさんは無邪気な顔で吹き出した。そうして何かを思い出したのか、小さく声を上げた。
「サミュエルから、あたしたちに勧めたい物があるんだって。出発前に、全員が揃った所でお披露目してくれるって」
「何かを売り付けられるんですかね? だったら早いところ支度を済ませるとしますか」
「その前に……」
前屈みの姿勢を取ったシルヴィさんから、飛び掛かるように抱きつかれた。
「リュシー成分を注入して」
「は!?」
困惑していると、物欲しげな顔で俺を見てきた。捨てられた子猫のような目に、胸の奥で庇護欲がうずいてしまう。
「いいでしょ。ずっと禁欲生活を送ってたし、枯渇寸前なの。治療を手伝ってよ」
「いや、治療っていうのもわかりますけど、こんな関係を続けているのも問題ですよ」
「なによ。元はといえば、リュシーが自分から言ったんじゃない。あたしに相応しい相手が見つかるまでは相手をしてくれる、って」
確かにその通りだ。問題をややこしくしてしまったのは俺にも原因がある。
だが、あのまま放っておけば、夜の街に繰り出していたかもしれない。行きずりの相手を探すくらいのことはしていたはずだ。
そんなことは絶対にさせられないし、見知らぬ男に抱かれることを想像しただけで、とてつもない怒りが湧いてくる。
「それはそうなんですけど、あの場を収めるにはそれしかなかったというか……」
「あたしは割り切ってるから安心して。昨日もユリスに言った通り、セリーヌには絶対に言わないし、これ以上の関係は望んでない。メイドだろうが、都合のいい女だろうが、なんだって構わないから……」
「シルヴィさんも、もっと自分を大事にしてあげましょうよ」
「大事にしてるわよ。やりたいことをやりたいようにやってるだけでしょ。何が悪いのよ」
「開き直った……」
「ほら。こうやって、うだうだ話してるのも時間の無駄なんだから。お互いに楽しんで、時間は有意義に使わなきゃ」
「今はそういう気分じゃないんですよ……色々なことが起こりすぎて」
「じゃあ、いいわよ」
諦めてくれたのか、俺の体を押しのけるようにしてシルヴィさんが離れた。
「今日はクレアモントの街を調べるんでしょ。少なくともあと一日はこっちにいるってことよね。今日中に抱いてくれなければ、他の相手を探して解消してもらうだけよ」
「それ、本気で言ってます?」
俺の問い掛けには応えず、シルヴィさんは無言のまま部屋を出て行った。
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