23 独りよがりな自己満足
「皆さんのお食事も進んでいるようですね。お口に合ったようで安心しました」
サミュエルさんは食事を楽しむ俺たちを見回してきた。その顔には、試すような、楽しむような無邪気な笑みが浮かんでいる。
「美味しいですよ。それに面白いですね。よく食べている食材ばかりですけど、調理方法ひとつでここまで化けるなんて驚きました」
鹿を調理した肉料理を頬張りながら、その味付けに感心させられてしまった。絶妙な焼き加減に加え、下処理の丁寧さが窺える。調味料も一風変わったものを使っているらしく、初めて味わう風味がある。
思わず唸ると、両手に串焼きを握ったアンナが前のめりになって食い付いてきた。
「アンナもこういうお店があるっていう話は聞いたことがあったんだけどね。実際に入ったのは初めてだけど、すっごくおいしい」
俺たちの反応に満足したのか、サミュエルさんは何度も頷いている。
「リュシアンさんはランクLだというし、皆さんも美味しいものはそれなりに召しあがっていらっしゃるだろうと思いましてね。冒険者料理が味わえることで有名なこの店、冒険野郎の集い亭があったと思い出したんですよ」
手頃な価格設定に加え、大衆には珍品と思われる料理も散見される。店内は地元の街人で賑わい、ほぼ満席だ。
「冒険者に興味を持つ人は多いですからね。料理を食べて、気分だけでも味わってみたいっていう好奇心なんでしょうね」
「そんなに気になるような職業ですかね? 私には野蛮な印象しかありませんけど」
マリーは料理を楽しみながらも、怪訝そうな顔を見せた。
「その日暮らしの
自分で口にしながらも悲しくなる。
「ある意味、夢を追う職業さ。お宝を求め、遺跡や秘境を大冒険。狙うは一攫千金って奴らもざらにいる。腕に自信があれば、魔獣を狩って生計を立てることもできるしな」
そこまで言って、ヴァルネットで衛兵長を務めるシモンさんの顔が浮かんだ。
「腕を買われて、衛兵や騎士に転職した冒険者もいるって聞いたことがあるな。だけど、冒険者なんて奴らは堅苦しいことを嫌うんだ。受け入れるのは一握りの奴らだけだろうな」
「それだけじゃない」
不意にレオンが口を挟んできた。
「薬草や鉱石の収集。魔獣の解体。豊富な知識を身に付ければ、冒険者ギルドから引き抜きの声が掛かることもあるらしいね」
「さすが、レオン様。お詳しいですね」
「おい。そこまで話を運んだのは俺だろうが」
マリーから完全に無視されている。
彼女の鼓膜には、俺の声だけを遮断する強力な防御膜が付いているのだろう。
「まぁ、そんなこんなで、大勢が憧れる職業ってことに間違いはないだろうな」
「私にはとても信じられません。命の危険も
「聖女様にしてみれば当然の意見だよな。命を危険に晒すようなまねは、神への冒涜と捉えられても文句は言えねぇよ」
「俺もマリーさんの意見に同感です」
言葉少なに同意したのはユリスだ。
当然、マルティサン島には冒険者など存在しない。自然や動植物と共存する彼らにとって、奇異な存在に映るのだろう。
俺たちの話を聞いて、言わずにいられなかったのだろう。しかし、サミュエルさんの目もある。ユリスの存在に深入りされることは避けたい。
それとなく様子を伺うと、俺の心配も杞憂に終わった。サミュエルさんはシルヴィさんに気を取られ、俺たちの会話は話半分にしか聞いていない。
良かったと思う反面、シルヴィさんにちょっかいを出すこの人が疎ましい。
しかし、当のシルヴィさんはグラスを片手に黙々と酒を楽しんでいる。例の高級葡萄酒、ベル・リヴィエールを一本進呈され、彼女も上機嫌だ。
俺たちにも同じものを振る舞ってくれたのだが、全員で一本を分けるという露骨な差を見せつけられたところだ。
猛烈な売り込みを続けているサミュエルさんだが、俺は彼の知らないシルヴィさんを知っている。たったそれだけのことで優位に立っている気がしてしまうから単純だ。
「シルヴィさんが黙るってことは、本当に美味しいお酒なんですね。無言になってお酒に集中しちゃうって、前に言ってましたよね」
「あら。そんなことよく覚えてたわね」
向かいに座るシルヴィさんが、左手で頬杖を付きながら艶っぽい笑みを向けてきた。
「なんだか印象に残っていたんで」
そこへ、グラスを手にしたサミュエルさんが割り込んできた。シルヴィさんの隣の席へ陣取り、彼女を覗き込むように見る。
「そうなんですか。お酒の楽しみ方を極めていますね。私としても振る舞った甲斐がありますが、無言になられてしまうのは寂しいですよ。お酒の感想を聞かせて頂けると今後の仕入れの参考にもなりますから、是非」
サミュエルさんは体を寄せ、ぽつりぽつりと語るシルヴィさんの言葉に耳を傾けている。しかし、そんな姿すら滑稽に見えてくる。
俺は酒の感想どころか、彼女が切なそうに漏らす吐息と喘ぎを聞いている。左の乳房と右の
そんなことを思いながら、知らぬ間に酒を飲む速度が上がっていたらしい。気付けばグラスの中身が空になっている。
給仕の女性を呼び止め、新たな酒を頼んで一息ついた。テーブルに改めて目を向けると、いつの間にかふたりの姿が消えている。
「尋ね人はあちらです」
アンナが横に立っていた。
左手に串焼き、右手にはグラスを持ち、俺の心を読んだようにカウンターを顎で示した。
「ベル・リヴィエールの他にも珍しいお酒を持ってきてるから、試しに飲んで、だってさ」
「まぁ、いいんじゃねぇの」
「旦那。今宵はご機嫌ななめですね」
「別にいつも通りだろ。旦那なんて言われると、エドモンを思い出すからやめてくれ」
自分でもまずいと思ったが、エドモンの名を出すと、アンナは苦い顔を見せた。
「嫉妬。してんの?」
「は? 誰が?」
否定したくてきつく言い返してしまったが、アンナから鋭い目で見下ろされていた。
それは以前にエミリアンとの戦いで見せられた、剥き出しの感情そのものだ。酔いが吹き飛ぶほどの冷たい怒りが伝わってくる。
「リュー
「そういうわけじゃねぇ」
「だったらどういうつもりなの。思わせぶりな態度を続けて、シル姉を
アンナの正論に、何も言い返せない。
シルヴィさんとサミュエルさんを遠ざけたところで誰の得にもならない。シルヴィさんの気を俺に向けておきたいという、独りよがりな自己満足だ。
確かに俺は、セリーヌとの未来を考えている。シルヴィさんの道を妨害するつもりも、そんな権利もない。彼女の未来へ続く可能性を俺が奪うなどもってのほかだ。
「悪い。飲み過ぎたみたいだ。フェリクスさんのこともあったし、疲れてるのかもな」
「お酒もほどほどにね」
アンナの声は、驚くほど優しいものだった。
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