22 危険人物と握手会


 馬車での移動は順調に進み、一時間と経たずにフィクサルの街へ辿り着いた。そのまま街中を進み、俺たちが宿を取っている、太陽と月の交遊亭の前で停まった。


「私も馬車の手続きがあります。後ほど、この宿の前で待ち合わせましょう」


 サミュエルさんと御者を残し、俺たちは早々に馬車を降りた。


「手続き、というのは何のことですか」


 走り去る馬車を眺め、ユリスは不思議そうな顔をしている。


「馬車を借りるには事前契約が必要なんだ。契約内容には当然、事故に遭った際の対応も含まれてる。今回だと魔獣との遭遇だな」


 ダンデリオンとの戦いを思い出したのか、ユリスは苦い顔を見せた。


「馬車の運営施設と借り手。どちらに非があったかで保証内容や金額も変わるんだ。この事故は積み荷の保証や馬車の故障が争点になるだろうけど、冒険者も亡くなってる。馬車の運営施設は、サミュエルさんと冒険者の家族を相手に保証を行うことになる。冒険者ギルドも間に入ってくれるだろうけど、ややこしいことになるのは間違いないな」


「時間のかかりそうな問題ですね」


「今日の所は事故の報告だけだろうな。書類の提出と、今乗ってきた馬車との再契約って感じだろ。サミュエルさんは故意に森へ入ったわけじゃない。馬車の運営施設が一定の保証金を払って終わるはずだ。俺たちの知らない所で、長いやり取りが起こるだろうな」


「馬車を借りるのも大変なんですね」


「そうなんだけど、馬車を借りるなんて滅多にないからな。それこそ、冒険者や商人くらいのもんだろ。もしくは大家族で旅行とかな」


「だったらあたしは、リュシーと大家族を作って旅行したいわ」


 吞気に腕を組んでくるシルヴィさんにも困ってしまう。いつもと変わらぬ調子だが、サミュエルさんをどう思っているのだろうか。


「いきなり割り込んでこないでください」


 もやもやとした気分は晴れないが、深く考えることをやめた。複雑な気持ちの正体に気付いているが、認めたくはない。


 この感情をひとたび受け入れてしまったら、心の釣り合いが取れなくなってしまうような危うさを感じているのも事実だ。


「リュシー、どうしたの?」


「いえ。なんでもありません」


 組まれていた腕をそっと解き、みんなの様子を伺った。


「マリーとアンナは、宿で風呂に入りたいって言ってたよな。後で迎えに来る。他は、俺と一緒に冒険者ギルドでいいんだよな?」


 シルヴィさんとレオンが頷く。ユリスもギルドでのやり取りに興味があるらしく、付いてくる気は満々だ。


「じゃあ、リューにいも後でね。マリーちゃんをぴっかぴかにしてくるから」


「すみません。お先にお風呂を頂いてきます」


 ふたりと別れ、冒険者ギルドの扉をくぐった。入口近くに四人組の若い冒険者がいたが、その面々から驚愕の眼差しを向けられた。


 何か変なものでも付いているのか。

 頭髪と顔を、手のひらで拭った時だった。


「あの人、碧色の閃光だろ?」


「たぶん。俺、映写でしか見たことないけど」


「何て言うの。纏ってる雰囲気が凄いよね。ここからでも圧倒される……」


「碧色の閃光だけじゃないって。二物にぶつ神者しんじゃくれない戦姫せんきもいるじゃん……二物は近付いただけで斬られそうだし、紅なんてめちゃくちゃ綺麗だぞ。目が合ったら骨抜きにされる」


 よくわからないが、俺たちの姿に気圧されているらしい。


「レオン。近付いただけで斬られそうだってよ。危険人物みてぇな扱いだな」


「危険人物なんて言われてないから。勝手に話を盛らないでくれるかな。心外だ」


「四人とも可愛いボウヤたちじゃない。お姉さんがまとめて可愛がってあげようかしら」


「はいはい。シルヴィさんも調子に乗らない」


 適当に流してカウンターを目指したが、先程の四人の反応が予想以上に大きかったらしい。周囲で依頼を探していた他の冒険者まで同じような反応を見せてきた。


「俺たちは、祭り上げられるほど大した存在でもねぇと思うんだけどな……」


「リュシーも無頓着よね。でも、王都を離れていたから仕方ないか……実際ここ数ヶ月で、あたしたちの評判は更に伸びてるのよ」


「そうなんですか?」


「当然でしょ。しかもリュシーがパーティ契約を結んでくれないから、あたしもアンナも、あちこちから誘われて大変なんだから」


「え? そんなことに? まぁ、みんなを縛り付けるのもどうかと思って先延ばしにしてるっていうのもありますけど。ここまで一緒にいたらパーティと変わりませんけどね」


 いい加減、その問題にも答えを出さなければならない。人員を絞り込めずにいるが、俺の独りよがりな考えかもしれない。


 思い悩んでいると、いかにも剣士だという風体の青年が近付いてきた。年齢も、俺やレオンより多少若いくらいだろう。


「あの……握手してもらえませんか」


「え? 俺?」


「はい。もちろん」


 なぜか、きらきらとした目を向けられている。俺がどんな風に見えているのだろう。


「まぁ、握手くらいなら……」


 軽い気持ちで応じたのがまずかった。周囲の冒険者たちまで集まってしまい、さながら握手会のような有り様になってしまった。


「すみません。俺たちも次の用があるんで」


 申し訳ないと思いつつも、流れ作業のように握手を済ませた。そのまま、足早にカウンターまで進んだ。


「依頼達成の確認をお願いします」


 加護の腕輪を差し出し、手続きを進める。


「碧色。本当にいいのか」


 隣から口を挟んできたレオンを見て、つい苦笑してしまった。


「言っただろ。俺はランクや記録にこだわってるわけじゃねぇ。みんなを同じ段階まで引き上げることが先決なんだ」


 ダンデリオンの討伐記録は、俺とユリスを除いた四人で分けることにした。ランクLまで到達した俺に、これ以上の数字は必要ない。


 一頭で十万ブランと見積もられていたダンデリオンだが、幼い個体も含まれていたため、全体で二百万ブランと算出された。


「みんなにも五十万ブランずつ記録が付いたし、まずまずの成果じゃねぇのか」


 ギルドを後にした俺たちは、再び宿へ向かって歩いた。アンナ、マリーと合流を果たした後は、サミュエルさんとの食事だ。


「それにしても、皆さんの人気に驚きました」


 ユリスには信じがたいのか、認めたくないという雰囲気すら漂わせて歩を進めている。


「彼らにお金を払って、芝居をさせていたわけじゃないんですよね?」


「おい、ユリス。俺たちが、そんなみっともないことをするわけねぇだろうが」


「俺たちじゃなくて、あなたが、ですよ」


「単独犯かよ!? タチが悪すぎるだろ!」


「あなたなら、やりかねません」


「俺に何の得があるんだよ!? 小芝居で持ち上げられて悦に浸るほど、落ちぶれちゃいねぇからな。馬鹿にするな」


「俺は凄いんだぞという様を、見せつけたいのかと思って眺めていました」


「思い込みと誤解が激しすぎるぞ……」


「あら、あたしはそんなこともないと思うけど。リュシーの凄さを何度見せつけられたかわからないんだけどなぁ。ベッドの……」


 シルヴィさんの口を慌てて塞ぐ。どうして俺がここまで追い詰められているのだろう。

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