21 王都の主流はハルバード


「急に呼び出して悪かったな。助かった」


 森の中へ身を隠した俺たちは、飛び去ってゆく雄々しい飛竜を見送った。そうしてすぐさまアンナに街まで走ってもらい、馬車を呼び寄せてもらった。


「来て頂いた早々にすみませんが、荷物の積み込みを手伝って頂けますか」


 御者ぎょしゃの中年男性も巻き込み、飛竜から降ろした多数の木箱を馬車へ載せ替えるという、とても地味な延長戦が始まった。


 レオンとユリスは文句も言わずに黙々と手伝ってくれているが、マリーに力仕事をさせるわけにはいかない。彼女には、荷台の隅へ寝かせたサミュエルさんの様子見を頼んだ。


 アンナには馬車を呼びに走ってもらった手前、休んでいるよう声を掛けた。小動物のように軽々と大木を登ると枝に脚を伸ばし、気持ち良さそうにもたれかかっている。


 どうしようもないのはシルヴィさんだ。


 馬車から少し離れた場所に転がる丸太。そこへ脚を横流しにして腰掛けている。左手は膝の上に置かれ、右手には酒の入った水袋。完全にくつろいでしまっている。


 木漏れ日に照らされ妖艶さを漂わせる姿は、森に住む精霊のようにも見える。これはこれで絵になる光景だが、あの人にだけ楽をさせるわけにもいかない。


「シルヴィさんも手伝ってくださいよ」


「ほら。あたしって、食器より重たいものって持てないじゃない?」


「いや、初耳ですけど。肩に担いだその斧槍ハルバードについて、どう説明するつもりですか」


 指摘すると、シルヴィさんは口に手を当てた。なぜか軽蔑の視線を向けられている。


「あら〜。そういうこと言っちゃうんだ。女性に年齢や体重を聞くくらい失礼なことよ」


「え? 失礼なことなんですか? 斧槍ハルバードを持ち歩いている女性の方が、圧倒的に少ないと思うんですよ。俺は」


「それはリュシーの思い込み。数ヶ月ぶりの王都に行ってごらんなさい。最近は、斧槍を担いで歩くのが主流なんだから」


「へえぇ。王都も随分と変わったんですねぇ……って、そんなわけあるか!」


 シルヴィさんは膝を叩いて陽気に笑っている。そんな自然な振る舞いの彼女を見て、素直に可愛いと思ってしまった。


 いや、年上の女性に対して、可愛いというのも失礼なのかもしれない。 そんな些細な疑問に頭を悩ませていた時だ。


「碧色、シルヴィさんの協力は諦めなよ。あんたがふたりぶん動けばいいだけだから」


「って、俺かよ!?」


「あなたが彼女の相手をしている間も、人手が減っていることを自覚してください」


 レオンだけでなく、なぜかユリスからも俺が責められている。


「納得いかねぇ……」


 シルヴィさんとアンナから、気のない声援が飛んでくる。それを無視してどうにか気力を呼び起こし、積み荷を抱えた。


「あ?」


 俺の目がおかしいのだろうか。


 積み荷のどれもが一抱えもある大きな木箱だ。しかし、レオンとユリスはそれを二段重ねにしながらも、軽々と持ち運んでいる。


 俺でさえ、一箱が限度なのにだ。


 良く見れば、ふたりの腕には緑色の光が腕輪のように巻き付いている。からくりに気付き、怒りと嫉妬で木箱を放りたくなった。


「おまえら。風の魔法で楽をするんじゃねぇ」


「楽をしてるわけじゃない。効率化だよ」


 レオンは澄ました顔で自分の額を指差した。二段の木箱など既に片腕で支えている。


「使えるものは使う。当たり前のことです」


 ユリスまで哀れむような目を向けてくる。

 どいつもこいつも頭に来る。魔法なんてなくなってしまえと、心の底から呪いたくなってきた。


「そもそも、おまえらだけで充分じゃねぇか」


「そうはいかない。俺たちもさっきの依頼で魔力を消耗してるんだ。なけなしの力を振り絞ってることくらい理解して欲しいんだけど」


「なにがなけなしだ。それはあれだ。シルヴィさんが自分のことを、か弱い乙女って言ってるようなもんだぞ。いてっ!」


 レオンに言い返した途端、後頭部に何かがぶつかった。鈍い音を立てて地面に落ちたのは革製の水袋だ。

 拾い上げて周囲を見れば、無表情のシルヴィさんから睨まれていた。


「すみません。言葉のあやです」


「リュシーは後でおしおきね」


 辺りの気温が、ぐっと下がった気がした。


※ ※ ※


 ようやく荷物の積み込みが終わったが、商材だけあってかなりの量となった。御者には申し訳ないと思いながらも、森の木々で身を隠すようにして、夕刻まで時間を潰した。


「積み荷が多いのか、俺たちが多すぎるのか」


 荷台に乗り込んだ俺たちは膝を抱え、うずくまるように端の空間へ一列に座った。


 サミュエルさんは、マリーに膝枕をされて眠り続けている。聖女の膝枕とはなんとも豪勢で羨ましい昼寝だ。今すぐ叩き起こし、窮屈な空間を少しでも拡張したい。


 アンナは街まで走ると言ってくれたが、そんなことをさせてしまったら俺たちまで走る羽目になる。そんな苦行は耐えられない。


 そうして馬車を街道まで進めた所で、サミュエルさんがようやく目を覚ましてくれた。

 随分と遅いお目覚めですねと、張り倒したい気持ちを必死に抑え込む。


「あれ? 馬車? 僕はどうして……」


 不思議そうな顔をするサミュエルさんに微笑みかける。竜眼りゅうがんを使ったセリーヌも、俺のことをこんなふうに眺めていたのだろうか。


「良く眠っていましたね。緊張と恐怖から解放されて、疲れが出たんじゃないですか」


「え? そう……なんですかね? 荷物まで積み込まれて……これは皆さんが?」


「そうですよ。だからと言って、積み荷には手を出していないので安心してください」


「そんな心配はしていませんよ。皆さんのことは信用していますから。それに、マリーちゃんもいるんですよ。彼女にそんなことができるはずがありませんからね」


 さすが聖女だ。絶大な信頼を得ている。


「あら残念。ベル・リヴィエールの一本でも貰っておけばよかったわね」


「シルヴィさん!」


「なによ。ほんの冗談じゃない。リュシーもいちいち怒らないの」


 一緒になって笑っていたサミュエルさんが、不意に真剣な表情へ変わった。


「あなたになら何を盗られても文句は言いませんよ。でもね、葡萄酒ごときであなたの寂しさを満たすことなんてできませんよね」


「どういう意味?」


「時折見せる儚げな顔が、僕の胸を締め付けるんです。こんな僕で良ければ、いつでも話を聞きますから」


「それは嬉しい申し出だけど、あいにくあたしには必要ないでしょうね。あなたはすぐに寺院へ行くことをお勧めするわ。目と胸を調べてもらいなさい」


「そうやって茶化そうとしても無駄ですよ。僕は必ず、あなたの心を掴んでみせる」


「あぁん。リュシー、どうしよう。あたしの胸を揉んでみせる、って迫ってくるんだけど」


 シルヴィさんは深紅の胸当てに手を添え、俺の顔を覗き込んできた。


 彼女が本心を見せるとしたら、俺とアンナ以外にあり得ないと思っている。絶対的な優位性を感じながらも、サミュエルさんを見ていると、なぜかその自信が大きく揺らぐ。


 フェリクスさんと同じように、大人の男という余裕を感じる。これまでの人生で培ってきた経験の差を見せつけられている気分だ。


 苛立ちと不快感が胸の中で渦巻き、悔しくてたまらない。どうにも落ち着かない。

 馬車が生む振動すら、胸の内の不安定さを再現されているように思えた。

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