03 思い立ったら即行動


「そうとなれば、すぐに受注手続きだ。みんなを早く安心させてあげたいんだよね」


「ちょっと待ってくれよ。今から? それに、みんなって誰のことだよ」


「それは歩きながら説明するから」


 兄は来た道を引き返してゆく。


 思い立ったら即行動という短絡さは、家族の中でも俺だけだと思っていた。兄はもう少し慎重な性格のはずだ。余程の理由があるように思えてならない。

 慌てて後を追うと、ユリスも付いてきた。


「そんなに緊急性の高い依頼なの?」


「なるべくなら急いだ方がいいね」


「とりあえず、内容を聞かせてよ」


「このオルノーブルの街外れに、孤児院があるのを知ってるかい?」


「いや、知らないけど。この街については、そこまで詳しいわけじゃないんだ」


「そうか。依頼主は、孤児院を運営されている司祭様でね。エルザという方なんだ」


 孤児院、司祭と聞いて、大司教ジョフロワの顔が思い浮かんだ。今はもうわだかまりはないが、孤児院に良い印象がない。


「ギルドの職員から聞いた説明によると、エルザさんは防御壁ぼうぎょへきの外に農園を持っているそうなんだ。そこに魔獣が現れるようになってしまい、困っているという話でね」


「なんで防御壁の外なんかに作ったのかね? 孤児院の敷地内に作れば済んだ話なのに」


 石畳を歩きながら、夜の街を眺めた。


 王都にも近いこの街は、開けたお洒落な印象がある。農園など似つかわしくないと言われれば、そうですねと即答してしまうだろう。


「エルザさんは自給自足という目標を掲げているそうなんだ。何種類もの野菜を栽培するために広い土地が必要というわけなんだよ。孤児も育ち盛りだろうし、量も必要だからね」


「素晴らしい行いだと思います」


 道すがら、ユリスが深く頷いている。

 エルザという顔も知らない司祭の考えに、共感してしまったらしい。


「で、聖人とまで言われる兄貴が、魔獣を退治して農園を守ってやろうってわけ?」


「要約すると、そういうことだね」


「農園の魔獣くらいなら、兄貴だって簡単に片付けられるんじゃないの。剣の腕だって、そこまで鈍ったわけじゃないんでしょ」


 洗脳されている間も戦士として戦っていた。記憶はなくとも体が覚えているだろう。


「それがね、受注可能ランクがS以上に設定されている依頼だったんだ。僕はまだ、ランクEの駆け出しだからね」


「そういえばそうか……せっかくランクSまで行ったのに、勿体なかったね」


「気にしていないよ。ランクにこだわっていたわけではないからね。竜伝説を追って旅をしている間に、気が付いたらそこまで上がっていたというだけのことだよ」


 しばらくぶりに話したが、やはり根本的な所は何も変わっていない。憧れ、追い続けていた、そのままの姿がここにある。


「でも、ランク制度というのはやっぱり悔しいね。助けを求めている人がそこにいるのに、手を差し伸べることができないなんてね」


「前に言ってたよね。冒険者もひとつの才能だ。魔獣に抗う力があるのなら、持たざる弱者を救うべきだ、ってさ」


「よく覚えていたね。そんなこと」


「そんなこと、なんて軽い言葉じゃないんだ。俺にとっては教えというか、指針みたいな言葉なんだから」


「それは光栄だね。自分の言葉が誰かに影響を与えるなんて思っていなかったよ。で、リュシアン自身の道筋は見えているのかな?」


 改めて問われると恥ずかしい。だが、俺は自分の向かうべき道はこれだと確信している。


「夢を夢のままで終わらせない」


「なるほど。いい指針だね」


「ランクLの夢は達成しちゃったからさ。今向かうべきは、ブリュス・キュリテールを倒すこと。その呪縛から解放してあげたい人がいるんだ。その人が、心から笑える日を取り戻す。それが俺の、次の夢なんだ」


「リュシアンの場合は、夢というより目標に近いね。だけど、それらを目標と感じられるほど力を付けたということなんだろうけどね」


 兄は柔らかな笑みを浮かべたまま、俺の隣を歩くユリスへ目を向けた。


「では、君の夢を聞かせてもらえませんか」


「俺ですか?」


 面食らった顔で、ユリスは目を見開いた。


「なんだか、ふたりが面白い組み合わせに見えたんですよ。余程の理由があって、リュシアンと一緒にいるのかなと思いましてね」


「俺の、夢……」


 ユリスはつぶやくと、様子を伺うようにこちらへ目を向けてきた。


「絶対に笑うなよ」


「心配するな。笑ったりしねぇよ」


 ユリスの瞳には、揺るぎない決意のような光が宿っていた。俺が間接的にセリーヌの存在を匂わせたことで、対抗心のようなものを持ってしまったのかもしれない。


「俺の夢は、最高の魔導師になることです。誰からも憧れられて、尊敬される。そんな人物になりたいんです」


「最強ではなく、最高か……素敵ですね。とてもいい夢だと思います」


「うん。俺もいいと思う。ユリスがこのまま力を付けていけば、いつか叶う日が来るんじゃないかって本気で思えるよ」


 兄の言葉に便乗したような感じになってしまったが、発言に嘘はない。


 ユリスの考え方には好感が持てる。やり方が少し強引な気はするが、年齢と経験を重ねていけば、おのずと手段も身に付くだろう。


「そのためにも、目に見える実績が欲しいんです。俺が住んでいる所では、ランクのようなわかりやすい制度がありませんから」


「君は冒険者ではないんですね。魔導杖まどうじょうまで持っているから、ついそうなのかと」


「魔導師の見習いとでも思ってよ」


 慌てて言葉を重ねた。ユリスの素性については伏せておくに越したことはない。少なくとも、彼が言い出すまでは黙っておくべきだ。


「ランクって言えばさ、兄貴の場合はSまで行ったんだから、そこから再始動できるような制度があればいいと思うんだよね」


 咄嗟に話を逸らした。すると兄は、そうだと言わんばかりの顔で指を打ち鳴らす。


「それだよ、リュシアン。ランクLの力で、冒険者ギルドに掛け合ってくれないかな?」


「無理だろ。しかも俺なんて、ランクLの中では新人なんだから」


「なにを謙遜しているんだ。話はしっかり聞いているんだよ。王都の……」


「おっと。つまずいた」


 よろけた勢いで、兄に体当たりしてみせた。


「大丈夫かい? 疲れているところを引っ張り回してしまってすまないね」


「大丈夫だって。軽くつまずいただけだから」


 さすがに、わざとらしかっただろうか。


 ユリスにはまだ、王都の救世主などという異名を知られたくない。余計な情報を与えず、ありのままの俺を受け入れてもらいたい。それが正直な気持ちだ。


「そこがギルドだ。手短に済ませるから、もう少しだけ付き合ってくれ。すまないね」


 兄の後へ続き、三人で手続きカウンターに向かったのだが、依頼内容に目を疑った。


「ちょっと待てよ。これ、本当なのか?」


 討伐対象は熊型魔獣のウルスだ。しかも、奴らの中でも凶暴と言われている、アトゥロ・ウルスが三頭。親子で現れるのだという。


「これは気合いが必要だな……」


 人助けとはいえ、それなりの覚悟が必要だ。当然、ユリスにも引く気配がない。


 思わぬ展開に、頭が痛くなってきた。

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