16 互いの意識が混ざり合う


炎爆フランブル!」


 青白い炎が足下から吹き上がり、螺旋状に渦を巻く。炎は俺を飲み込む勢いで首から下を包み、激しくうねり続けている。


 セリーヌが言うには、セルジオンと足並みを揃え、同じ勢いで水を注げば良いのだとか。セルジオンは炎竜だ。俺たちの場合、同じ勢いで炎を燃やすと例えるべきだろう。


 そんなことを思っているうちに、俺とセルジオンの意識が混ざり、ひとつになってゆく。


 これは訓練を受けるようになってから新たに身に付いた感覚だ。結びつきが強くなるにつれて引き出せる力の量も向上したが、眠りへ落ちるように、ここではないどこかへ運ばれてゆくような感覚に襲われるのだ。


※ ※ ※


 レオンが放った風の魔法に弾かれた三頭が、怒りを剥き出し、再び飛び掛かってきた。


「おまえの風の魔法でも倒せないなんてな。どうやって戦うつもりなんだ」


流力煌刃エクゥル・ブリエ


 軽口を叩くリュシアンの隣で、澄まし顔のレオンが長剣ロングソードを手に身構えた。その刃が魔力を帯び、淡い光を放つ。


炎纏えんてん竜爪閃りゅうそうせん!」


斬駆煌ヴァン・ブリエ!」


 リュシアンが振るった剣の軌跡に沿って、五本に分裂した魔力の斬撃が飛ぶ。


 レオンも、負けじと刃へ風の魔力を纏わせ、魔獣を目掛けて駆けた。巨体を避け、すれ違いざまに風の斬撃を見舞う。


 リュシアンの攻撃が二頭を刻む。レオンの斬撃が、残る一頭の脇腹を斬り裂いた。


 怒れる一頭の魔獣。その側へ重々しい音を立て、斬り裂かれた二頭の死骸が落ちた。


 飛び掛かった魔獣たちは、自らの死に気付かなかったかもしれない。それほどまでに鮮やかで、またたの出来事だった。


紅炎乱舞ルイム・ブリュイ!」


 シルヴィが斧槍ハルバードから炎の魔力を解き放つ。一直線に伸びた炎に焼かれ、傷付いた魔獣はたまらず地を転がった。


 そこを見逃すレオンではない。間合いを詰め、魔獣の喉へ剣先を押し込む。


光爆創造ラクレア・エクシオン!」


 苦しむ魔獣の頭部を狙い、光の魔法を顕現けんげん。小爆発が巻き起こり、敵の頭部は破裂した。


「ふたりとも見事なものね」


 斧槍を担ぎ、シルヴィが微笑んだ。レオンはそんな彼女を、疎ましそうに睨んでいる。


「邪魔しないでくれ。俺の獲物だったのに」


「なによ。せっかく手伝ってあげたのに」


「自分の力がどこまで通用するかの確認だ」


「あら、そう。ごめんなさいね」


 互いに嫌悪感をあらわにしているが、レオンが不機嫌な理由は彼女のことだけではない。


「一撃で仕留められなかったか……俺の鍛え方も、まだまだぬるい」


 悔しげに歯噛みするレオンの隣で、リュシアンは油断なく林の中を見据えている。


「ふたりも油断するなよ。まだここからだ」


 それに呼応するように、五頭の雄がゆっくりと歩み出てきた。輪を描きながら広がり、三人を取り囲んでゆく。


「依頼情報では十数頭って話だったな。狩りの得意な雄が、様子を見に来たわけか」


 ダンデリオンは雄が狩りを行う。最高速度もさることながら、木に登り、頭上から襲いかかることもある。


 仕留めた獲物を雌が縄張りへ運ぶのだが、手負いや弱小な獲物は、雌が好んで襲うこともある。群れて縄張りを作り、子育ては雌が行うというのが主な習性だ。


 リュシアンの脳裏に、セリーヌと初めて共闘を果たした、ランクールでの戦いが蘇った。


 あの時は狼型魔獣だったが、今度の相手は獅子型魔獣だ。一年未満という短期間で、自分たちの成長を感慨深く思っていた。


※ ※ ※


「誰かいますか?」


 マリーは幌の入口を持ち上げ、四つん這いになって荷台を覗いた。


 中は積み荷らしき木箱がびっしりと並べられている。両脇が申し訳程度に開けられているのは、護衛の冒険者たちが腰を下ろすための場所だと思われた。


「ダメか……」


 冒険者たちが息を引き取っていたことからも、期待はしていなかった。それでも、助けられる命がひとつでもあればというのが、マリーの切なる想いだった。


「人か? 助かったぁ……」


 うなだれるマリーの側で、木箱のひとつから声が上がった。蓋が重い音を立てて落ち、ひとりの男性が顔を覗かせる。


「え? サミュエルさん!?」


「マリーちゃんか!?」


 互いに、信じられない再会に固まっている。


 木箱から現れたのは、行商人のサミュエルだった。ふたりはマルトンの街で別れて以来、数ヶ月ぶりに顔を合わせたことになる。


「なんだって、君がこんな所に?」


 健康的に日焼けした浅黒い肌が印象的な男性だ。整った顔立ちをしており、頭にはお洒落なバンダナを巻いている。半袖シャツの上に皮のベストを羽織り、指輪、腕輪、首飾り。高価そうな貴金属をいくつも身に付け、羽振りの良さを伺わせた。


「話は後です。でも、無事でよかった」


「マリーさんも、馬車の中にいた方がいい」


 表から、ユリスの緊張した声がした。


 慌てて後方を見たマリーの視界に、雌のダンデリオンたちが映り込んだ。騒動を聞きつけ、林の中から姿を現したに違いない。


 ユリスは油断なく杖を構えた。


 先端に大きな球体が取り付けられたそれは、杖というよりつちのような打撃武器に近い。それを肯定するように、ユリスが魔力を注ぐと、球体からいくつもの棘が飛び出した。


「かかってこい」


「ユリス君、大丈夫なの?」


「これでも光の神官なんだ。皆さんに後れを取るつもりはありません」


 ユリスは憤慨した顔で言い放つ。それを見ていたマリーは、遠方に見えるリュシアンの姿を視界に捉えていた。


「でも、君は加護の腕輪もないんだよ。少しでも攻撃を受けたら大怪我をするって、あの野蛮人も言ってたじゃない」


 そして、あることを思い出し言葉を続けた。


「あの人から魔獣撃退用の道具を預かってたよね。今こそ使うべきなんじゃない」


「そんなものには頼らない。あの人から渡された道具だから尚更だ。俺は、ひとりでやれるって証明しなくちゃならないんです」


 星球武器せいきゅうぶきを握りしめたユリスは、迫る四頭の雌ダンデリオンを睨んだ。


 魔獣との戦いは初めてとはいえ、いつも通りに対処すれば大丈夫だという自信があった。


 竜の力を授かるための候補者との模擬戦においても、好成績を収めてきた。自分の力が他者に劣っているとは思えなかった。


 引きつけて、竜術で一気に仕留める。


 身構えるユリスを獲物と認識したのか、魔獣は荒々しく吠えて突進してきた。前後から二頭ずつで、彼を挟み込む算段だ。


 ユリスは落ち着けと自らに言い聞かせ、緊張に喉を鳴らして詠唱へ取りかかる。


「母なる大地、恵みの証。地竜に応え、隆起せよ! 地竜裂破ヴォロンテ・ラ・テール!」


 内なる魔力を引き出し、練り上げ、地竜の力と融合させる。自然界にまで影響を及ぼす竜の力が、大地に変革をもたらした。


 鋭利に尖った土の柱が、ユリスと馬車を取り囲み、天に向かって次々と突き出す。


 目線の高さまで伸びた凶器が、魔獣を串刺しにしようと襲い掛かった。


「だめ!」


 マリーの悲鳴のような声が上がった。


 焦る余り、魔法の顕現けんげんが早すぎた。魔獣は柱を飛び越え、ユリスへ牙を剥く。

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