15 美人が台無し
翌朝、宿の受付前へ集まった。連泊の予定なので、余計な荷物は部屋に置いたままだ。
アンナとマリーが談笑している側で、シルヴィさんは酒の匂いをほのかに漂わせている。髪は乱れ、目も半開き。美人が台無しだ。
レオンはいつもと同じ澄まし顔だ。腕を組み、離れた位置に立っている。
そして、あれだけ騒いだユリスはと言えば、こちらも憮然とした顔でひとり佇んでいた。大型の杖を背負っているのが見える。やはり、
「混沌としてるな……」
先行きが不安だ。こんな状態で、高難度の依頼を達成できるだろうか。
宿を後に、馬車乗り場へ移動する。ここからなら三時間程度で着くだろう。
「シル
道すがら、アンナの呆れ声が聞こえた。
「ありがと。いつも助かるわ」
「ちゃんとしてれば見栄えするのになぁ……髪くらい結ってきてよ。仕方ないから、馬車に乗ったらアンナがやってあげるけどさぁ。シル姉には、凜々しくいてほしいんだよ」
「どうせ、誰も見てやしないわよ」
「そんなことないでしょ。マリーちゃんも人目を惹くけど、シル姉には大人の色気が上乗せされてるから。やっぱり華やかだよねぇ」
「それは私も思います。シルヴィさんは色っぽいですよね。私なんてまだまだお子様だし、女神様が側にいれば霞んでしまいますから」
マリーの羨む声が続くが、話を合わせているだけのようにも感じてしまう。セリーヌといる時とは違い、シルヴィさんを前にしたマリーは緊張しているように見える。
シルヴィさんは気さくで大雑把な性格だが、整った顔立ちと切れ長の目元が際立っているせいで、きつい印象を与えてしまうようだ。
「なんなのあなたたち。あたしを持ち上げたって何も出てこないわよ。どうせ持ち上げるなら、リュシーにしなさい。お金だってたくさん持ってるんだから」
なぜそこで、俺に話を振るのか。
「勘弁してください。それに、俺が金を持ってるわけじゃないんで。ドミニクに会わないと手持ちは増えませんから」
そこでユリスの存在を思い出した。
「金っていえば、セリーヌは希少な宝石を持ち歩いてたんだ。本人は価値もわからずに使おうとしてたけど、ユリスも持ってるのか?」
「一応、長老から少しばかり預かっています。姉さんはお金に執着しない人だから、物の価値にも
相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、拒絶されているわけではなさそうだ。彼なりに輪を保とうと努めてくれているらしい。
「疎いっていえばそうなんだろうな。これでは足りませんか、ってテーブルに宝石をばら撒かれた時はさすがに驚いたよ。なんなら、タリスマンまで換金しようとしたくらいだ」
あのやり取りが、遙か昔のように思える。
「すみません。そういう所は相変わらずなんですね。お人好しで警戒心も薄いし、いつか大変な目に遭うんじゃないかと心配で」
「まぁ、あの魔導服もそのひとつだな。今となっては掘り出し物だったわけだけどさ」
ユリスが苦い顔をする側で、マリーは嬉しそうに顔をほころばせている。
「女神様の意外な一面を知れました。私としては、ちょっと抜けた所があるくらいが人間味があって好感が持てますよ」
「そんな風に言ってもらえると、俺としても救われます。姉さんのこととはいえ、なんとも恥ずかしい限りなので」
「いや。ここはマリーの言う通りだろ。それも愛嬌っていうことさ。完璧すぎて近寄りがたいっていうよりずっといいだろ」
マリーの言葉を補完したつもりが、ふたりに完全に聞き流されている。
こんな所でも心の距離を感じてしまうが、無理に近付こうとしても余計に逃げられるだけだ。いずれ時間が解決してくれるだろう。
そうして俺たちは馬車に乗り込んだ。とはいっても乗り合い馬車だ。冒険者ではない一般の人たちもいる。依頼地の側で降ろしてもらい、そこからは徒歩で進んだ。
「あれ、やばいかも……」
間もなく目撃情報が寄せられた現場に着くという頃合いで、アンナが
「魔獣を見つけたのか?」
「最悪。馬車が襲われてるみたい」
鞘から剣を引き抜いていると、思いがけない言葉が返ってきた。
「先に行くから」
言うが早いか、アンナは一気に駆け出していった。俺は慌ててマリーを探す。
「風の加速魔法を……」
「
マリーは既に詠唱を始めてくれていた。説明はいらない。まさに完璧な連携だ。
緑色の光が脚にまとわりつく。魔法を受けて、体が軽くなったのがわかった。
「俺とレオンで斬り込む。シルヴィさんは援護を。マリーとユリスは、負傷者の確認と救護だ。それから、ユリスはくれぐれも無茶をするな。後ろで戦況を俯瞰するくらいでいい」
「大丈夫です。俺もやれます」
走りながら、不満そうな声が返ってきた。
「実戦と狩りは違う。冒険者ランクLを対象にした危険な依頼だし、相手は魔獣だ。くれぐれも油断するなよ」
マルティサン島で過ごしてみてわかったが、竜が住む島というだけあって、野生動物はいるが魔獣がいない。島民も狩りはするものの、魔獣との実戦経験が乏しいのが現実だ。
馬車の中でも確認したが、ユリスもその内のひとりだった。仲間内で訓練はするものの、魔獣と人間では別物だ。
セリーヌやコームさんのように、こちらの大陸へ来た者くらいしか経験を積む機会がないというのは考えものだ。島へ戻ったら、候補者たちと相談してもいいかもしれない。
前方で閃光玉の光が弾けた。おそらく、アンナが放ったものだ。
「まずいな……」
狩りの腕に長けている彼女が、早々に道具へ頼るほどだ。数十頭という情報もある。一筋縄ではいかない相手には違いない。
左方に馬車を確認したが、何人かの冒険者が倒れている。その場で喰われている者もいるが、林の中へ続く血の跡も見える。群れの中へ引きずり込まれたのかもしれない。
彼らは馬車の護衛だと思われるが、冒険者でも太刀打ちできなかったということか。
食事中の二頭と目が合った。それらを睨んで馬車を過ぎると、馬車の中からも一頭のダンデリオンが現れ、三頭が俺を追ってきた。
立派な鬣を持った雄たちだ。外見はライオンに似ているが体毛は黒く、体格も圧倒的に大きい。目は赤く、鋭利で長い牙が特徴的だ。
ズボンのベルトには匂い袋を提げている。肉食魔獣が好む血の匂いを含ませているため、たちまちダンデリオンが寄ってくるはずだ。
「来いよ。猛獣ども」
俺を追ってきた三頭は、レオンが風の魔法で弾き飛ばしてくれた。即座に身を起こす三頭を見ながら、腰を落として身構える。
残念ながら、セルジオンとの連携は完璧とはいえない。これまでも、その場の勢いに流されて力を使ってきただけだ。
炎竜の力に振り回され、飲み込まれ、情けない姿を晒してきた。炎竜王ヴィーラムとの特訓でさえ、未だに勝利を収めていない。
この力を制し、未来を切り開いてみせる。
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