06 恥辱のセリーヌと、視姦する野獣


「これが対価だ。ベルヴィッチア、おいで」


 男が剣と杖で足下を打った。すると地面の一部が大きく陥没し、神殿の隣へ巨大な影が伸び上がった。


 丸太数本を束ねたような太い幹。本体となるその先端には巨大な口。更にそれを囲み、枝葉のように四方八方へ伸びる巨大な塊が。


 八つもあるその塊は葉のように見えるが、ふたつに開いた中身は牙と舌を持つ捕食器官。植物型の雑食魔獣、ベルヴィッチアだ。


「そいつは大陸南部の熱帯地方にしか生息できないはずだろ」


「品種改良だよ。この子は、血肉と魔力を取り込んで強くなる神と私の最高傑作。さぁ、おいで」


 男が腕を伸ばすと、複数伸びる捕食器官のひとつが長剣ロング・ソードと杖を咥えた。そのまま、中央の巨大な口へ運んでゆく。


「それを食わせるつもりか?」


「対価だと言ったはず。これらの武器が並々ならぬ魔力を秘めているのはお見通し」


 魔獣の巨大な口と比べれば、剣と杖は小指程度だ。一口で丸呑みにされると、魔獣が叫びを上げた。


 洞窟全体が咆吼に気圧され振動する。崩れ落ちるのではないかという不安に、賊たちも落ち着きなく天井を見上げている。


「ベルヴィッチアも歓喜。これでこの子も更に強くなる。でも、まだ足りない。この程度ではね」


 ゆっくりと迫る捕食器官が、俺とナルシスの眼前で止まった。醜い口が開閉を繰り返し、粘着質の気色悪い音が耳へこびり付いてくる。


「リュシアン君。君が本当に仲間となってくれたのか、誠意を見せて欲しい」


「誠意だと?」


「そうとも。君が先程、問うた答えだ。隣の元友人を、ベルヴィッチアへ捧げたまえ。今の君ならできるだろう? 彼の背中を、ほんの少し押してやるだけでいい」


 喉元へ刃を突き付けられた気分だ。ここを切り抜けるには悪魔の選択が必要だとは。


 隣にいるナルシスを見ることができない。こいつを犠牲にしろというのか。出会って数ヶ月とはいえ、共に依頼をこなした戦友。見殺しにはできない。


「どうしたのかな?」


 仮面の男の声が耳にこびり付き、不快感を伴いながら脳へ滑り込んでくる。奥歯を噛み締めると同時に、呻きが漏れた。

 こんな決断を下せるわけがない。


「リュシアン=バティスト。ためらうな」


 咄嗟に顔を上げると、強い決意を秘めたナルシスが俺を見据えていた。


「僕の命で姫が助かるのなら本望さ。君まで、というのがしゃくに障るけれどね」


 こんな時まで爽やかに微笑むとは大した奴だ。どうしてそこまで割り切れる。セリーヌのために、喜んで死ぬつもりなのか。


「何をゴチャゴチャ言ってやがる。導師様が待ってんだよっ!」


 俺の背中へ曲刀シミターを突き付けている賊が、背中を強く蹴りつけてきた。

 焦りと怒りが入り乱れ、頭の中を掻き混ぜる。こうなれば腹をくくるしかない。


「わかった。やればいいんだろうが!」


 恨みを込めて仮面の男を睨むと、その口元が悪意に満ちた笑みを形作った。


「時間切れだ。交渉は決裂」


「は? 待ってくれ!」


「即決できぬは迷いの証拠。そんな相手は信用できない」


 ベルヴィッチアから伸びた複数の捕食器官。ナルシスを喰らおうと待ち構えていたそれが、男の合図で下がってゆく。


「導師様。お願いがあります」


 隣にしゃがみ、セリーヌの喉へ曲刀を突き付けていたドミニクが声を上げた。


「私にひとつ提案が。お耳を拝借……」


 すると、仮面の男は楽しげに肩を揺らした。


「いいだろう。君に任せる」


「ありがとうございます」


 ドミニクは床に倒れたセリーヌを引きずり起こし、左腕を彼女の首へ回した。


「お嬢さん。碧色の閃光様は選択を間違えて、最大のチャンスを失った。ここで、あんたに権利が回ってきたんだわ」


 その喉元へ、再び曲刀を突き付ける。


「導師様に忠誠を誓えるかい? あいつらには大事な部下を傷付けられた。あっさり死なれてもつまらないんだわ。屈辱と絶望を味わって、最後を迎えて欲しいんだよねぇ」


 不快な笑みと共に、紺の法衣の上から、彼女の豊満な胸を揉みしだく。


「んんっ!」


 口を塞がれたセリーヌが呻くも、喉元には刃。身動きを取ることもできない。


「おい、そいつに手を出すな!」


「碧色の閃光様、俺に意見できる立場かい? にしても、こいつはたまんねぇわ! 導師様から、手ぇ出すなとキツく言われてるんだが、俺の女にしたかったねぇ」


 セリーヌの豊かな胸を下から支え、俺たちへ見せびらかすように晒してくる。

 どこまでもふざけた奴だ。


「お頭ぁ。俺も触りてぇ!」


「待て。おまえが触るってんなら、俺が先に決まってんだろうがぁ!」


 飢えた野獣どもが口々に喚き立てる。


「おまえらは黙ってろ! こっからが良いところなんだ……」


 するとドミニクは、彼女の両腕を縛っていた縄を切り落とした。


「お嬢さん。選択の権利が回ってきたと言ったはずだよねぇ……忠誠を誓うなら、今すぐここで裸になっちゃいなよ。そうしたら、あんたの命だけは助けてくださるそうなんだわ」


 セリーヌの瞳が、驚きに見開かれる。


「おい、ふざけんな!」


 俺とナルシスの怒声は、賊どもの狂喜の叫びに掻き消された。交渉でも何でもない。俺たちの精神を追い込み、楽しんでいるだけだ。


 すると、セリーヌは何かを決意した表情で、口を塞いでいた布を取り払った。そうしてドミニクを見据える。


「服を脱げばよろしいのですね? ただし、助けて頂くのはわたくしではなく、彼等を望みます」


「こいつらが応じると思うのか!?」


 セリーヌと視線が交わった瞬間、その頬を伝う一筋の涙を見た。


「この方たちの目的は、私の魔力です。おふたりは生きてください。悲願が達成できないのは心残りですが、いつの日かこの魔獣を討ち、剣と杖を取り戻してください」


「待てよ。勝手なこと言うんじゃねぇ!」


「おまえら、うるせぇよ!」


 ドミニクの一喝が木霊した。


「勝手に話を進められちゃあ、おじさん困っちゃうんだよねぇ。それに、主導権はこっちにあることをお忘れなく」


 セリーヌの体を自分へ向かせると、深い谷間が覗く胸元へ指を掛けた。


「ふたりの解放は、お嬢さんが裸になってからだ。おじさん、あいつらが悔しがる顔をどうしても見たいんだわ」


 勝ち誇ったように笑うドミニクと視線が絡み合う。かつて感じたことのない、とてつもない怒りが込み上げてきた。


「おい、おまえら。そいつらの口を縛って黙らせておけ。今から、お嬢さんによる見世物の始まりだ!」


 賊どもの汚い歓声と熱量が洞窟を満たしてゆく。それを肌で感じながら、背後に立っていた賊が持つ布で、口元をきつく縛られた。


 賊の手下たちが集められ、俺とナルシスを取り囲むように神殿の階段下へ集う。すると、俺たちにもはっきり見える位置へドミニクとセリーヌが歩み出してきた。仮面の男は後方で成り行きを見守っている。


「さて、お嬢さん。音楽も何もない殺風景な所で申し訳ないねぇ。この空間を満たす綺麗な光だけで勘弁ってことで。じゃあ、始めてもらおうか」


 ブーツを脱いで裸足になったセリーヌ。純白のロングコートへ手を掛けると同時に、周囲を取り囲む野獣どもから歓声が沸き立った。


 あいつも、杖がなければ魔法を顕現けんげんできない。今の俺たちに反撃するすべなど何もない。絶体絶命とはこのことだ。


 そんな事を考えていると純白のコートが床へ落ち、セリーヌは紺の法衣姿になった。

 胸元から下を隠し、鎖骨から二の腕までが露わになった膝上丈の服。露出が多過ぎるその姿は、飢えた野獣どもを焚き付けるには充分な破壊力だった。


「うおぉぉぉぉ!」


 野太く、聞くに堪えない雄叫びが響いた。


「いいぞ。もっとやれぇ!」


「さっさと脱げぇ!」


「は・だ・か! は・だ・か!」


 喚き立てる野獣どもが耳障りだ。今すぐ、片っ端から切り刻みたい。


 セリーヌは野獣の叫びへ応じるように、背中で交差状に結ばれた革紐へ手を掛けた。


 もう止めろ。止めてくれ。これ以上、あいつが汚されるのは耐えられない。


「セリーヌ、やめろ!」


 堪りかねて勢いよく腰を上げると、後ろから賊の一人に押さえ付けられた。同時に、肘の辺りへ鋭い痛みが走る。勢い余って、深く当たりすぎてしまったらしい。


 目の前で造作もなく解かれる革紐。それが超えてはならない一線だった。


 セリーヌの美しい肢体に沿って、足下へ滑り落ちた法衣。恥辱に顔を強張らせたあいつと、それを視姦する賊どもの血走った目。洞窟内が一層、狂った熱気に包まれる。


 肩紐のないストラップレスの黒いブラと、同じく黒のパンツ姿を晒すセリーヌ。あいつがこれだけの屈辱を受けてまで俺たちを助けようとしてくれている。それが耐えられない。

 自分の身が引き裂かれる以上に心が苦しい。きっと、ナルシスも同じ痛みを抱えているはずだ。


 この洞窟を満たす幻想的な緑の光源。それがセリーヌの肢体を美しく、艶めかしく浮かび上がらせている。

 小さな顔と艶やかな髪に、すらりと長い手足。くっきりと浮かんだ鎖骨から、豊かに膨らむ胸。そして、見事な曲線を描いたくびれから膨らむ腰周り。こんな事態でなければ、この姿を素直に美しいと思えたはずなのに。


「は・だ・か! は・だ・か!」


 狂った叫びが一層激しくなった。最早、この凶行を止める者はいない。

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