04 幻視の魔法


「死にたい奴から、かかって来いだとぉ? なんなんだ、でべっ!」


 因縁を付けてきたひとりの顔を、さやに収めた長剣ロング・ソードで殴り付けてやった。顎が砕けたか、呻きを上げて地面を這いずり逃げてゆく。


「んのやろおっ!」


 続け様、曲刀シミターを引き抜いて、五人が襲ってきた。


「ほれ」


 地面へ転がしたのは閃光玉だ。


「ぐわあぁっ! また、コレだあっ!」


 賊どもは一斉に、目元を押さえて呻く。


 またと言うことは、ナルシスもこれで奇襲を仕掛けたのか。暗闇に慣れた目だ。この閃光は思いの外、威力を発揮するはず。


 絶好の隙に、剣を片手に薄闇を駆け、その場へ残る賊どもを瞬く間に叩き伏せた。


「なんだこいつ……やべぇよ」


 恐れおののき地を這う賊どもへ、青く染まった大サイズの魔法石を次々と投げ付ける。

 氷の魔法が込められたそれが地面で砕け、倒れた賊どもの首から下を、瞬時に凍り漬けにしていった。


 賊どもの、汚ないオブジェが地面を埋め尽くす。その数、総勢十体。よくよく見れば、そう年も変わらない男どもばかりだ。ひょっとしたら、十代じゃないかと疑う者もいる。


「なんだコレ。動けねぇよ!」


「寒みぃ。痛てぇ。勘弁!」


 奴等に見舞ったのは大サイズの強力な物。数分は氷の効果が持続する。


「てめぇら、うるせぇぞ! その口にも魔法石をぶっ込んでやろうか?」


 賊どもを一喝し、地面へ仰向けに倒れたままの人影へ近付く。肩まで伸びるウェーブがかった金髪。趣味の悪い煌びやかな服。この特徴は間違いなくナルシスだ。


「大丈夫か? しっかりしろ」


 後頭部へ腕を差し入れ、頭だけを起こした。

 どれほど殴られたのか。切れた瞼から流れる血が視界を塞ぎ、顔は腫れ上がっている。鼻血と口内の出血で、歯も赤く染まっている。


「リュシアン=バティストか? すまない。僕の力では、姫を、姫を……」


 悔し涙が目元を伝う。握りしめられた拳は怒りに震え、無念さを如実に物語っていた。


「しゃべらなくていい。今、傷の手当てをしてやる。少し我慢しろ」


 ナルシスの肩へ刺さった細身剣レイピアを引き抜き、リュックをまさぐった。取り出したのは、止血と痛み止めの軟膏が塗られた湿布。それを肩の前後へ一枚ずつ貼り付ける。応急処置だが何もしないよりは良い。しかし、余りにも血を流しすぎると命が危ない。セリーヌを助けて、早々に戻るべきだ。


 側に落ちていたペンダントを拾い、ナルシスの手へそっと収めた。


「すぐに終わらせる。ここで寝てろ」


 沸き上がる怒り。この感情を静めるすべが見付からない。少しでも気を抜けば、負の力に全てを持って行かれてしまいそうだ。


 落ち着くために、大きく深呼吸をする。


「おまえらが攫った、女魔導師はどこだ? 答えないなら、てめぇの首をはねるだけだ」


「リュシアン=バティストか? 本当に来やがった。おまえが見張りのロンブリックを始末したせいで、片付けに苦労したんだぞ!」


「質問に答えろ、クズが!」


 鞘に収めた長剣で顎を振り抜く。鈍い衝撃と共に、吐血した男は気を失った。


「ひとりずつ締め上げて、吐かせてやるよ」


 恐怖を浮かべる者。あざけた笑みを見せる者。舌打ちを漏らす者。反応は千差万別だ。


「はい、はい。そこまで、そこまで〜」


 呑気な声と共に、手を叩く音が響いた。

 声の方へ視線を向ければ、神殿の柱の陰からのんびり歩み出してくる一人の男。


「うおぉっ。ドミニクのおかしらだぁ! こいつ、ボコボコしてくださいっ!」


 床に転がる賊どもから歓声が上がる。


「リュシアン=バティスト、気を付けろ……僕が、宿でやられたのはあいつだ……」


「忠告、ありがとよ」


 ナルシスに笑みで返してやる。悪いが、この程度の奴に負ける気はしない。


 見たところ四十代といったところか。肩まで伸びた黒髪と、だらしない口髭。身につけているのは、くたびれた皮鎧。こんな奴が頭とは、この一団もたかが知れている。


「がるるる……」


 だが、左肩の上ではラグが牙を剥いている。どうやら中々の使い手らしい。


「参ったねぇ……随分と派手に暴れてくれちゃって。さすが碧色の閃光様だ」


 辺りで凍り漬けの部下を眺め、肩をすくめる男。芝居がかった仕草が鼻につく奴だ。


「俺のことを調べたのか?」


「まぁ、触りぐらいはねぇ。こんなに危険な相手だとは思わなかったけども」


「だったら素直に降参するんだな。さもないと、あんたが危険な目に遭うぜ」


「おぉ、怖い、怖い。ただこっちとしても、大事な部下を手荒にされて怒ってんだわ」


 その目付きが、獲物を狙う獰猛な魔獣のように鋭いものへ豹変した。


「賊ごときを手荒に扱って何が悪い? こっちだって知り合いをこんな目に遭わされて、怒り心頭なんだ」


 鞘を投げ捨て、純白の刃を解き放つ。話し合いで収まるような相手じゃない。


 先手必勝。剣を構えて踏み込むと同時に、男の心臓部へ突きを繰り出した。

 だが、敵は素早く上体を捻って避ける。突きは、男の皮鎧を掠めただけだ。


「くっ!」


 逃げる男を追うように、横薙ぎに振るった刃。しかしその一閃も、男が素早く引き抜いた曲刀シミターに受け止められていた。

 確かに強い。動きから察するに剣術の心得もあるはず。その汚い顔にも余裕が見える。


「そら、どうした? 碧色の閃光様」


 刃は脇へいなされ、男の反撃が来た。刀身も短く軽量な曲刀。俺の長剣と違って小回りが効く分、タチが悪い。


 次々と繰り出される連撃を受け流すも、これでは防戦一方。すると攻撃を受け損ない、左の二の腕を浅く斬られた。痛みに顔をしかめた途端、男の口元に笑みが漏れた。


 だが、俺も黙ってやられたわけじゃない。皮鎧ごと斬り裂いたあいつの脇腹にも、うっすらと血が滲んでいる。


「笑ってんじゃねぇ。その汚ねぇ顔を見てるだけで、腹が立つぜ」


 なぜか追撃を思い止まった男。その間に後退した俺は、即座に体勢を立て直した。


「威勢が良いのも、ここまでだわ」


 男は笑みを崩さぬまま、手にした曲刀を器用に振るい、8の字を描き続けている。


「曲芸でも始めるつもりか?」


 それは不思議な光景だった。薄暗い洞窟内で曲刀の刃は緑の光を照り返し、まるで生きているようにうごめいている。その刃が、何本にも増えたような錯覚を起こした。


「がうっ!」


 ラグの鳴き声に触発されて、咄嗟に早い瞬きを繰り返した。まるで幻視の魔法だ。


「そろそろ効いてきたんじゃないの?」


「は? なに言ってんだ?」


 嫌な予感がする。一気に畳み掛けるしかない。


 強く踏み込んだその時だ。なぜか身体が大きく傾いた。慌てて剣を杖代わりに、かろうじて体勢を保った。


 何が起こった。まるで酒に酔ったように平衡感覚がおかしい。揺れる視線の先に、薄ら笑いを浮かべる男の顔がちらついている。


「三半規管へダメージを与えたんだわ。さすがに、碧色の閃光様も抵抗できないよねぇ」


「いつの間に……」


 俺の問いへ答えるように、洞窟の奥から羽音を立てて何かが飛来した。それは蝙蝠型魔獣のショーヴ。しかし並の大きさじゃない。大型種のグラン・ショーヴが三体だ。


 シャルロットに貰った、恋する乙女の豆知識にも書かれていたはずだ。ショーヴの発する超音波は、獲物の三半規管を狂わせると。


「俺の曲刀には痺れ薬が塗ってあるんだよねぇ。もうじき身体が動かなくなるよ。さぁ、どうする?」


 男の放った強烈な前蹴りに腹を圧迫され、勢いよく仰向けに倒れていた。


 気が付くと、ラグの姿が消えている。身体へ状態異常が起こると、回復するまで竜の力が使えなくなってしまうのはいつも通りか。


 むせ返りながら上半身を起こすと、賊どもを封じていた氷も溶け出している。どうやら魔法石の効果時間も切れてしまったらしい。


「二つ名を持つ冒険者なんて言っても、大したことないよねぇ? 辛抱強くコツコツ続ければ、誰でもある程度のランクまで行けるギルド・システム。本当にご苦労さんだわ」


 横凪に振るわれてきた男の蹴り。それを左腕でどうにか受ける。

 侮蔑ぶべつの笑みを浮かべ、遙か上から覗き込んでくる、吐き気のするような醜い顔。


「俺たちは、そんな冒険者からゴッソリ頂いて生きてる。地道にコツコツなんて馬鹿らしいよねぇ。もっと楽をして生きたいんだわ」


 その頭上には、大人が両腕を広げた程もある巨大なショーヴが舞っている。

 俺の視線に気付いた男は頭上を伺い、再び笑みを浮かべた。


「俺がどうやって魔獣を操っているのか知りたい、って顔だねぇ? これ、俺のじゃないんだわ。依頼主の私物」


「依頼主?」


 困惑していると、氷の呪縛から逃れた賊のひとりが、冷えた体を擦って近付いてきた。


「ドミニクさん。こいつ、っちまいましょうよ。もう、腹が立って仕方ねぇ」


「落ち着きなって。依頼主は、絶対に殺すな、ってねぇ。おまえたちの怒りもわかるけど、ここは我慢してもらうしかないんだわ」


 そいつが、セリーヌを攫うよう指示を出したということか。それにしても、どうしてこいつらはショーブの超音波に耐えられるのか。

 この眩暈が収まらない限り満足に動けない。しかも、身体に力が入らない。


 ドミニクは俺とナルシスを交互に眺め、再び口元を大きく歪める。


「こいつらを縛って金目の物を頂いておけ。この男を引き渡せば、依頼は完了だ!」


 手下どもの歓声を背に受け、倒れたナルシスの顔を覗き込んでいる。


「こっちはオマケだ。始末しようかねぇ? 今夜は久しぶりに、街で酒盛りと行こうや」


 賊どもの狂った歓声が広場を満たす。


「くそっ……」


 悔しさに奥歯を噛み締めることしかできない。この窮地を脱する方法はあるのだろうか。

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