03 死にたい奴から、かかって来い
工房前で、アランさん自前の馬車で出発するふたりを見送った。
思い立ったら即実行。老人らしからぬ行動力には脱帽だ。しかし、家族は何も言わなかったのか。二ヶ月もの長期外出。即決できるほど容易なことではないだろうに。
ブリスさんへ支払いを済ませ、純白の剣を受け取る。鞘が気に入らなかったので、工房にあった適当なもので合わせた。
「準備完了っと」
中央広場の大時計は既に十四時。剣を手に入れるためとはいえ、時間を随分と失った。ギルドの用事を手短に済ませるしかない。
「リュシアンさ〜ん!」
ちょうど冒険者ギルドのある通りへ来た時だった。入口を開け、お下げ髪を揺らしたシャルロットが駆け出してきた。
残念なことに、あいつが気にするその胸は、お下げの揺れに完敗している。
「どうした?」
「それはこっちのセリフです。ナルシスさんは一緒じゃないんですか?」
「は? ナルシスは怪我をして、寺院で治療中だ。一緒にいるわけねぇだろ」
寺院へ向かう途中にあいつから聞いた話では、毎晩、天使の揺り籠亭の前で張り込みをしていたらしい。朝方に自分の宿へ戻り、睡眠時間は三時間。もはや完全な付きまといだ。そろそろ、熊さんに密告すべき頃合だろう。
セリーヌをどうしても助けると這いずり、癒やしの魔法を使える高位の司祭を連れて来いと喚いた。金ならいくらでも出すと言っていたが、万人に公平な司祭が金で動くとは思えない。冒険者ギルドを通せば、そういった魔導師もいるかもしれないが。
「ナルシスさん、怪我をしてるんですか? さっき、ウチへ来ましたけど」
「は?」
「セリーヌさんが持つ加護の腕輪の、位置情報を知りたいって。個人情報だからダメなんですけど、命が危ないと言われて……」
「教えたのか!?」
「はい……リュシアンさんが一緒だから、心配いらないって」
「くそっ! あいつ……」
まさか、寺院を抜け出したのか。
「いつ頃だ?」
声に驚き、肩をすぼめるシャルロット。
「一時間くらい前だと思います……反応は、ムスティア大森林の中でした」
「ムスティア大森林?」
また、あの森か。一体あそこに何があるというのか。
「すぐに地図を持って来ます! まだ追いつけるかもしれません」
そして待つこと数分。一枚の地図を受け取った。
「そうそう。ムスティア大森林といえば、凄い情報があるんです!」
「その話は後だ。戻ってから聞く」
足早に南門を通り抜け、馬を走らせる。
まさか、ナルシスがそこまで思い詰めていたとは誤算だった。それに、ひとりで敵う相手でないことは身に染みているだろうに。
「くそっ。急げ! 急げっ!!」
焦る。手綱を握る手にイヤな汗が滲んだ。
『男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメだって』
こんなときに、エリクの言葉が蘇った。
俺もこの力で守り抜いてみせる。兄貴も、ヴァルネットのみんなも、そしてセリーヌも。
時々、ふと怖くなる。もしも、兄貴がこの世から消えたとしたら。そんなことを考えてしまう自分が嫌だし、考えたくもないのに。
胸の中にぽっかりと空いた穴。大事な人を失う苦しみと悲しみを、他の人には味わって欲しくないと痛切に思ってしまう。
☆☆☆
がむしゃらに馬を走らせ、目指していた大森林へ到着した。森の中心から蜘蛛の巣状に伸びる獣道。その一本を選び、馬を止める。
「無茶をさせたな。良く頑張ってくれた」
息の上がった馬を撫で、大木へ手綱を括り付ける。その周囲へ、魔獣が嫌う匂い袋をいくつかばら蒔いた。
「ナルシス、セリーヌ。無事でいろよ」
「がうっ!」
胸ポケットから地図を出そうとすると、不意にラグが一声吠えた。
相棒が見つめるのは前方の木陰。枝葉へ埋もれるように、怪しげな男の姿が見える。
「冒険者か? それとも……」
賊の一味なら好都合。締め上げて、アジトへの道案内を頼むだけだ。
剣の
口髭を生やした恰幅のいい中年男性。煌びやかなベストを着て、ネックレスやブレスレットといった派手な装飾品まで。まさしく、商人のお手本のような姿だ。
「どうしたんですか、こんな所で?」
「え!? あぁ、冒険者の方ですか」
驚きに目を見開いている。そっと現れ、突然に声を掛けたのがまずかったか。
「森へ鉱石を探しにね。護衛を頼んだ冒険者の方と待ち合わせているんですよ」
「こんな所で? ここは危険な森だから気を付けてください。商人さんでも護身用の武器は持つべきですよ。って、そんな大きな指輪をしてたら、武器を扱うには邪魔ですね」
腰へ括り付けていた
「最近のは斬れ味も良いですよね。短剣でも案外、馬鹿にできませんよ」
手近な木の幹を素早く斬りつける。
「そうですね。全くあなたの言う通りだ。私も次からは気を付けます」
商人に別れを告げ、足早に森の中へ。申し訳ないが、関わっているだけ時間のムダだ。
むせるような木々の香りに包まれ、再びこの薄暗い森を歩きながらふと思う。この景色は見覚えがある。念のため、シャルロットに貰った地図を取り出し、位置を確認した。
「これは、もしかして……」
枝葉をかき分け進むと、急に開けた場所に出た。目の前には、大きな洞窟。
「やっぱり」
ここは昨日、ルノーさんを見つけた洞窟だ。その証拠に、側には頭部を潰された魔獣の死骸が転がっている。だが、なぜか死骸が三体に増えている。
「俺とルノーさんが倒した二体を誰かが運んだのか?」
洞窟の入口には、薄汚い身なりをしたふたりの男が倒れていた。警戒しながら近付くと、既に息絶えている。ひとりは喉、ひとりは胸を鋭利な刃物で貫かれている。
「ナルシスの
憎い相手とはいえ、さすがに人命を奪うのはやり過ぎだ。ナルシスも怒りで冷静さを失っている。
警戒しながら洞窟へ踏み込む。どうやらここは、賊どものアジトらしい。ルノーさんは魔獣が入り込まないと不思議がっていたが、何か仕掛けがあるのかもしれない。
「がうっ!」
洞窟の奥へ叫び、意気込むラグ。それを横目に、足音を殺して慎重に進む。内部構造を思い出しながら足を進めるが、通路に人の気配はない。ヒカリゴケに覆われた広間に集まっているのだろうか。まさか賊ごときに後れを取るとは思わないが、何があるかわからない。警戒して進むことにした。
間もなく広間へ抜けるという所で、言い争うような怒声と物音が聞こえてきた。ナルシスが既に戦っているのかも知れない。
壁を背にして覗き込む。中では十人程の人影が円陣を組んでいた。その足下へ、三、四人が倒れているのも見える。
「このクソガキがぁっ!」
円陣の中心に誰かがいる。殴り付けられよろめく人影を、取り囲むひとりが引きずり起こし、また別の者が殴る。そんな悲惨な状況が繰り返されていた。
「口先だけで、大したことありゃしねぇ」
息の上がった男が、引きずり起こされた人影の顔を覗き込む。
「あいつらの礼は、しっかりさせて貰うからな。覚悟しろっての」
その場へしゃがみ、何かを拾う男。それが空間を満たす緑の淡い光を照り返し、不気味な光を放った。
「こいつも返しておかなきゃなぁ。大事な物なんだろ?」
引きずり起こされた人影を覗き込む男。手にしたそれを、下から突き上げるように相手の肩口へ突き立てた。
「ぐっ! があぁっ!」
声を押し殺し、必死に頭を振るう人影。後ろから羽交い締めにされ、逃げることもできずにいる。
「なかなか頑張るな。なら、これはどうだ?」
男は肩口へ突き立てたそれを、かき回すように力一杯捻った。
それを見ていた周囲の男たちから、次々と笑い声が沸き上がる。
「おまえ、相変わらず陰湿だな。絶対、敵に回したくねぇよ。何されっかわかんねぇ!」
そう言って、腹を抱えて笑う別の男。
「おい、見てみろよ! こいつが提げてる革袋から、金がたんまり出てきやがった。今夜は酒盛りだぁ!」
狂った獣たちの歓声が広場を満たす。
この異様な雰囲気に吐き気がしてきた。男たちが囲む人影に、嫌な予感がする。
「こいつ、男のくせにペンダントなんかしやがって。気持ち悪っ」
押さえつけられた人影の首からそれを取る、更に別の男。
「返せ……」
かすれた声は、男たちの喧噪に飲まれる。
「女の写真かぁ?」
「ちげぇよ。こりゃあ、母親だ!」
「ぎゃっはっ。甘ったれかよ!」
「あんた、最ッ高に面白ぇよ!」
押さえつけられた人影の頭を、ひとりの男が小馬鹿にしながら叩いた。
「女を助けに来て返り討ちに遭う、甘えん坊剣士。オモロ過ぎ。ぷぷっ!」
気付いた時には、身体が勝手に動いていた。
身体中が熱い。まるで怒りの炎がこの身を包んでいるようだ。今はもう、目の前のケダモノたちしか目に入らない。
円陣を組む男たちへ駆け寄り、鞘に収めたままの剣で、三人まとめて薙ぎ払う。
悲鳴を上げる間もなく倒れた男たちを見下ろし、残る奴等へ視線を向けた。突然のことに慌てふためく一同へ、死の宣告を解き放つ。
「さぁ。死にたい奴から、かかって来いよ」
俺は、おまえらを絶対に許さない。
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