第7話 カズヤ(日本偏)
弘也(ひろや)にとって双子の兄、和也(かずや)はあこがれの対象だった。
強くてかっこよくてイケメンで、頭もいいしスポーツ万能だ。そして優しい。
双子なのに似たところがまったくないのがちょっと悲しい。
母親がフランス人だったので、和也の髪は栗色で目も薄い茶色だ。身長は180センチで弘也より15センチも高い。顔立ちも整っていて、ホスト系とかいわれる。高校では生徒会長を務めている。剣道部の主将で全国大会に出場したこともある。誰にでも優しくて女の子にもてる。男子にも人気だ。
弘也はごく普通の生徒だ。身長は165センチでチビというほどではないがもう少しほしい。やせていてスポーツは苦手。メガネをかけているが勉強が得意というわけでもなく、成績は真ん中くらい。性格もおとなしく、真面目くらいが取り柄だった。顔立ちも純日本風でハーフには見えないが、目の色だけは濃い青だった。メガネをかけているので気づく人はあまりいない。女の子に呼び出されてドキドキしながら校舎の裏にいくと、「この手紙、和也君に渡してください」といわれ、ショックを受ける。そんな日々だった。
「ほんとに双子なの? 全然似てないね」
「うん。僕たち二卵性の双子だから」
というのは小さい頃からの決まり文句だった。
双子には激しく憎み合う場合と、片時も側を離れられないくらい仲の良い場合のふたつがあるらしい。自分たちはどっちだろう? 生まれたときから一緒にいる。家でも学校でも常に隣にいるのが当たり前だった。季節ごとの行事でも、クリスマスも七夕も運動会も夏休みも誕生日も、記憶の中にはいつも和也の姿があった。
そして日に日にかっこよくなっていった。今ではもうまぶしいくらいだ。小学生くらいまでは身長も変わらないくらいで甘えん坊できかん気だったような気がする。多分自分も同じだったはず。それが急に変わったのはある事故というか、事件がきっかけだった。
十歳の誕生日の翌日だった。庭で風呂用のマキ割りをしていた。その頃はまだマキで風呂をわかしていたのだ。父親がマキで沸かした風呂は一味違うとこだわっていた。お湯にかわりはないと思うのだが。そしてふたりでマキ割りをしていた時に事故が起きた。今もまだよくわからない。あの時確かに和也に殺意を感じた。そんなはずはないのに……
気配でふりむくと和也がナタを振り上げていて、自分はとっさによけた。よけなかったら頭を直撃していたと思う。
「カズちゃん、やめて!」と叫んだ。
和也の目が変だった。あれは憎しみだったのか? 双子には激しく憎み合う場合があるらしい。こいつさえいなければ、両親の愛情は自分だけにむけられる。だからこいつを消してしまおう……と。
それまで二匹の子犬のようにじゃれ合って育ってきたのに、その一瞬だけ和也に魔がさしたのかもしれない。それともその感情は和也の中にまだひそんでいるのだろうか。
ナタの切っ先はそれて弘也の左の肩にあたった。ずんとした感触をまだおぼえている。痛みは一瞬遅れてやってきた。激しく痛み、血がだらだらと流れた。呆然とした。和也は我に返ったように、ナタを放り出して、弘也を抱きしめた。
「ヒロちゃん、ごめん」と泣きながら繰り返した。
弘也はほっとした。ああ、いつものカズちゃんだと安心した。
そして思った。どうしてよけたんだろう? カズちゃんが僕を殺したいのなら、殺されてあげればよかった。カズちゃんに憎まれて生きているより死んだほうがましだ。それくらい好きだった。次はもうよけない……
和也に殺されるというのは甘美な空想だった。双子の間では強すぎる愛情と憎悪は表裏一体なのかもしれない。しかし誰にも言えない空想だった。
まき割りをしていて手がすべったと両親には説明し、弘也は病院で20針も縫う大怪我だった。次の日からお風呂はガスになった。
表面はいつもどうり。でもあれから和也は弘也にちょっと距離をおくようになった。そして身体を鍛え、熱心に勉強をして今の和也になっていった。弘也はそれを隣でながめていただけだ。自分もそうなりたいとか、和也に負けたくないとかいう気持ちはなかった。ただ、かっこいいなあと、うっとりとみとれていただけだ。
和也に親友と呼べるような友人ができても、ガールフレンドができても、自分は和也の特別なのだ。だって双子なのだから……
高校3年生の12月26日、冬休みだった。
和也と弘也は私立の大学に推薦入学が決まっていて、受験勉強の心配はなかった。のんびりと年末年始を過ごせばいいと思っていた。
家族で朝食をとっている時、父親が和也に言った。
「今日フランスから大事な客人が来る。和也、迎えにいってくれないか?」
和也は少しだけためらって、
「わかりました」と返事をした。
「失礼のないようにな」
「はい」
弘也は自分も一緒にいけといわれなかった事を少し残念に思った。
父さんはやっぱりカズちゃんだけを自分の跡継ぎにするつもりなんだ。これからは少しづつ仕事を手伝わせていくんだろう。カズちゃんも受け入れているみたいだ。僕は役立たずだから仕方がない。気の利いたところもないし、積極性もない。だからといって両親の愛情が薄いというわけではない。むしろ溺愛されているというほうが近い。風邪をひいたといっては心配され、指をちょっと切っただけで大げさに医者につれていかれる。母親などはスキンシップ過多で、何かといえば弘也を抱きしめ額や頬にキスをする。もう子供ではないのだから恥ずかしいのに、父親や和也は苦笑して見ている。和也にはそんなことはしない。むしろ厳しく育てられていた。双子の扱いにこんなに差があっていいのだろうかとすら思うが、弘也がいつまでも子供っぽいから仕方がないのだろう。
いや、当然かもしれない。何も期待されていない自分と違って、和也は父の跡取りとしての将来を期待されている。
父さんのあとを継ぐということは、関東広域指定暴力団、大門組を継ぐということだ。父は表向きは建設会社グループの会長だったが、実はヤクザの大親分だった。家には舎弟と呼ばれる男たちが相当な数住み込んでいる。外ではどうかしらないが、彼らは総じて礼儀正しく、用のないときは気配を消しているし、幼い頃から知っているので空気のような存在だった。
学校ではヤクザの子供だからといって表向き差別されることはなかった。父もその辺りのケジメはしっかりつけていて特別扱いしないでくれと学校側に頼んでいたらしい。同級生の中でも知っている子は構成員の子供たちくらいで、うわさが広められることもなかったようだ。自分は安穏と時間を過ごし、和也はヤクザの息子としてではなく、実力で周囲に認められようと努力した。
いつの間にか大門組は和也が継ぎ、弘也はただのおまけ、そういった認識が周囲に根付いていた。弘也は別にそれでかまわなかった。それが当然だと受け入れた。うらやましいというより、カズちゃんは大変だなあ、とひとごとのように思っていた。
午後になって和也がフランスからの客人を案内してもどってきた。足音が聞こえ、帰りを待っていた弘也はふすまを開けて顔を出した。
「おかえり、カズちゃん」
不用意に顔を出してはいけなかったのかもしれないと思ったのは和也の迷惑そうな表情を見たときだ。が、遅かった。
フランス人の客人は若かった。そしてモデルのようにスタイルがよくて美しい顔をしていた。
男? 女? 黒い服を着て黒いロングコートをはおって、よく似合っていた。ウエーブのついた黒い髪を長くのばし、うしろでひとつにむすんでいる。前髪が右の顔にかかってきれいな顔の半分を隠している。せっかくきれいな顔だちなのに、なぜ隠すのだろうと、かえって気になるような髪型だった。
じっと見つめられた。その手がすっとのびてきて弘也の顔に触れようとした。
「すみません。弟に触らないでもらえますか?」
和也が弘也をかばうように前に割って入った。
「弟さん?」
きれいな日本語だった。母親もそうだが完璧な外国人の風貌からきれいな日本語がでると不思議な印象になる。低い声は男性のものだ。
「弟の弘也です。ヒロ、こちらはジャン・ロベールさん。しばらくうちに滞在なさる。仕事の邪魔をしないようにね」
「うん。わかったよ、カズちゃん。ジャンさん、いらっしゃいませ。ゆっくりしていってくださいね」
失礼にならない程度に急いで奥へひっこんだ。
ふすま越しに会話が聞こえる。
「失礼しました」
「いえいえ、弟さんを可愛がっておられるようだ」
「可愛いですよ」
「だから俺に近づけたくないと?」
「……そういうことです」
「正直な人だ。そういうの嫌いじゃないですよ」
足音が遠ざかる。
可愛いっていわれた……
ぽっと赤くなる。いやいや、そこじゃない。うちの大事なお客人だ。カズちゃんの邪魔をしないように気をつけなきゃ。
夕食には客人も同席した。母親と和也の間にすわり、なごやかに話をしていた。母親とはフランス語で話している。母親は家の中でフランス語を話すことはなかったから珍しかった。弘也は黙ってごはんを食べた。なるべく客人を見ないように視線をそらそうとしたが、やはりちらちらと見てしまう。
ジャンさんはモデルばりの美青年だったが、和也も見劣りしないと思った。落ち着いているし、堂々としているし、かっこいい。
食後はお酒を飲むという。父親が客人のために秘蔵の大吟醸を出すといい、和也も
「じゃあ、俺も少しだけいただこうかな」と後に残った。
母親と弘也は席を辞した。
酒宴は夜更けまで続いたようだった。
和也の部屋は弘也の隣にある。和也が部屋にもどったら話を聞きたいと待っていたのだが、いつの間にか眠ってしまった。
ジャンさんがどんな人なのか、何の仕事をしにきたのか、どうしてうちに滞在するのか……
真夜中に目がさめた。和也が部屋を出たかすかな物音に反応したのかもしれない。不思議な予感めいたものがあった。
薄くふすまを開けて、中庭を眺めた。月が出ていた。冬の月がしんと静まり返った中庭を照らしている。空気は冷えて吐く息を白く染めた。
回り廊下の向こうに客人の泊まっている部屋がある。和也が廊下を歩いていき、その部屋の前でとまった。いつもの和也より、月明かりを受けて美しく色っぽく見えた。寝巻きにしている浴衣を着ていた。浴衣一枚と素足で寒そうだった。中に声をかけているらしい。遠いので何といっているのかわからない。ふすまが開いて和也がその中に消えた。
胸に針を打ち込まれたようにずきりと痛んだ。
え? なんで? カズちゃん……
弘也は見つめ続けたが、いつまで待っても和也は出てこなかった。
涙がぽろぽろとこぼれた。
夢の中で和也は男に帯をとかれる。
鍛えた身体にはしなやかに筋肉がついて美しい。
その身体の上に男が重なる。
ぎゅうっと抱きしめられてくちづけをかわす。何度も……
裸の身体がもつれあい、和也の目がふちを赤くして相手を見る。
「好きだよ」と耳元でささやかれる。
「…あっ……あっ……」
和也のあえぎ声があがる……
夢だった。夢に決まってる……
でも胸が痛い。
カズちゃんが誰か他の人のものになるなんて嫌だ。許せない。
カズちゃんは僕だけのもの。カズちゃんは僕だけを見ていればいい……
「おい、ヒロ、いつまで寝てんだよ。朝飯の時間だぞ」
「うん……?」
目をさますと和也の顔が目の前にあった。
「具合い悪いのか? ひどい顔してるぞ」心配そうにいう。
和也の様子はまったくいつもどおりで、それがしゃくにさわる。
僕が何も知らないと思ってる……
弘也はようやくの思いでたずねる。
「……ゆうべ、ジャンさんの部屋に泊まったの?」
「あっ、うん。まあ……」
頭をぽりぽりとかく。
否定しないんだ。
そんなにあっさり認めていいのか?
「どうして? 会ったばかりなのに、どうして?」
「あの人、経験豊富そうだから、いろいろ教えてもらおうかと思って……」
「嫌だ! そんなの嫌だ!」
ゆうべあんなに泣いたのに、また涙がでてくる。
和也は驚いたように目を見開く。
「……俺だっていろいろたまってるんだよ……でも、そんなに嫌ならもう行かないよ」
「……ほんと?……」
「うん」うなづく。「朝飯どうする? 運んでもらうか?」
朝ごはんなんかどうでもいいが、行かないとだめだ。ふたりを見張らないといけない。
「行く……先に食べてて……」
「わかった。じゃあ先に食ってるよ」
和也は行ってしまう。
弘也はため息をついて布団からでた。
今日は東京見物をするらしい。和也が案内するという。
「僕も一緒に行く」と弘也は言い張った。
ジャンと和也をふたりきりになど絶対にさせてはならない。
「俺はかまいませんよ。ヒロと一緒の方が楽しそうだ」とジャンは言い、
「ヒロは言い出すと頑固だから……」と和也があきらめた。
3人で出かけた。
もよりの駅までは車で送ってもらい、そのあとは地下鉄を乗り継いで都心まで出る。
ジャンと和也は路線図と都心の地図を肩を寄せ合って見入り、そのうしろを弘也がふてくされてついていく。
足の長さのせいか普段の鍛え方のせいか、気がつけば置いていかれそうになり、あわてて小走りになる。その繰り返しだった。渋谷のスクランブル交差点や秋葉原、新宿、銀座と彼らは歩き回り、いったい何を見たいのかわからない。そして東京タワーにたどりついた。
「なんで東京タワー? スカイツリーじゃないの?」と弘也。
「ジャンが来たいっていうから」と和也。
もう呼び捨てになってる。
展望階でジャンは100円を入れる双眼鏡に夢中になっていて、あちこち眺めまわしてる。
「これはいいね。すごくはっきり見える」
東西南北を地図と見比べている。
何が面白いのか全然わからない。100円玉はどんどんなくなっていった。
「もう疲れたからどこかで休憩しようよ」と弘也。
「じゃあ、そこのサーティーワンに入ろう」と和也。
「真冬にアイスクリーム?」とジャン。
「中はあったかいから全然ありだよ」
弘也は店にはいり、すぐ席につくと、
「足が痛いよ~、カズちゃん、僕はいつものね」とテーブルに突っ伏した。
「バナナシャーベットだね。ジャンは?」
「……プレーンで」
「プルーンか。あったかな?」
和也が買い物客の列に並ぶ。
ジャンは弘也の隣にすわり、
「ヒロ、メガネとって見せてよ」という。
いいよとも言ってないのに、勝手にメガネをはずされ、あごに指をかけて瞳を覗き込まれる。
「……ずっと気になってたんだ。黒に近い青色だね。君はシオンに似てる。顔じゃなくて雰囲気が」
弘也はメガネを取りもどしてかける。
「そうやってカズちゃんを誘惑したんですか?」
ちょっとドキドキしてしまった。
「誘惑? カズヤのほうから来たんだよ。親しくなるのはお互いに有益だからね」
「……僕は嫌だ……」
ジャンはふふと笑った。
「子供なんだな。カズヤはずっと大人だったよ。背負っているものが全然違う。大門組だけじゃない、もっと重いものも背負ってる。君は何も知らないんだね」
ばかにされている。くやしい。そのとおりかもしれないけれど……
「君たちは本当に双子なの? 全然似てないけど?」
「僕たちは二卵生の双子だから……」
「その場合は兄弟だから、ちょっとは似てるはずだよね? どちらかが養子だったらとか考えたことはないの?」
弘也はどきっとした。
僕とカズちゃんは双子で、僕はカズちゃんの特別で……
でもそうじゃないとしたら、自分には何が残る? 何も残らない……
考えたことがないといえばウソになる。だって全然似ていない。
和也がアイスをもってきて、ジャンに席をかわれという。弘也の隣は和也と決まっているのだ。
「弟には手を出さない約束でしょ」という。
「信用できないの?」
「……はっきりいって、信用できませんね……それよりプルーンがなかったから色が似てるのでナス味にしましたよ」
ジャンはひとくち食べて何ともいえない妙な表情になった。
「……まずい」
「僕のはブルーハワイです。わけてあげませんよ」
ジャンは楽しそうに笑いだした。
次の日、もう案内はいらないからと、ジャンはひとりででかけていき、夜おそくになって帰ってきた。
その次の朝には「今日フランスに帰るね」という。
突然だった。
「もう仕事終わったの?」と和也がきき、「うん、なんとか終わったよ」とジャンが答える。
弘也はジャンが帰ると聞いて小躍りしたいくらい喜んだ。
ふたりの親密そうな様子に嫉妬で胸が焼きつきそうだったから。
空港まで和也が送っていき、弘也は留守番だった。
正月が近いので舎弟の人たち全員で大掃除がはじまった。ちなみに明日は餅つきの予定だ。
その夜遅く、弘也が眠ろうとしている時に和也がやってきた。
「ちょっといいかな?」と布団に入ってくる。
「いいよ」と答えながら、うれしい。
一緒に寝るのはずい分久しぶりだ。小学生以来かもしれない。
「ジャンさんの仕事って、やっぱりあれ? 新聞にのってた……」
「そうだろうね。僕もくわしいことはわからないけど、チィニーズマフィアがはばをきかせすぎてるって、オヤジが激怒してたから。ツテを使ってスゴ腕の殺し屋を雇ったらしいよ」
新宿の裏通りにあるチャイニーズマフィアのアジトが白昼どうどうと襲われて、ボス以下おもだった幹部が全員殺されたらしい。死者はわかっているだけで46人。銃で頭を撃たれたり、ナイフで頚動脈を切り裂かれたり、全員ほぼ即死という徹底した殺戮がくりひろげられたらしい。かろうじて逃げ出した者は犯人はたったひとりの外国人だったと証言している。マスクをつけていたから顔はわからないと。
怖い。そんな人間がいるなんて。そんな人間と一緒に街を歩いたり、アイスを食べたりしたなんて。
「ジャンから何を聞いたの? サーティワンからこっち、様子がおかしいよね」
「……僕たちは本当の双子じゃないって……どっちかが養子だって……」
カズヤはため息をつく。
「どっちかが養子、か……あの人カンが鋭いんだな……」
「カズちゃんは知ってたの?」
カズヤは少しためらってから答えた。
「もういいか、話しても。俺は10歳の誕生日にオヤジから聞いた」
「…そんな昔から知ってたの?」
カズヤはうなづく。
「俺たちは双子じゃない。俺は養子なんだ。生まれてすぐにもらわれてきて、誕生日も近かったから双子として育てることにしたって。おやじは俺にだけ打ち明けた。ヒロにはまだ言うなって…俺は驚いて、混乱して、一瞬だけお前がいなくなればいいと思ったんだ……」
肩の傷あとを指先がなでる。ずきんと痛みがよみがえる気がする。
「…これは俺の罪の印だ…」
肩の傷あとにくちづけされる。そこが熱をもったように熱くなる。
言ってしまいたい。でも気持ち悪がられたらどうしよう。でも、言ってしまいたい。
なぜか涙が流れてくる。
「…カズちゃん…好き…カズちゃんになら…殺されてもいい……次は、よけないから……」
言ってしまった。カズヤの反応が怖い。こんなことを考えているなんて気持ち悪いと思われるに違いない。
カズヤがゆっくりとヒロの身体を抱きしめる。
「まだそんなこと言うのか? 俺がどれだけ苦しんだと思う? 次なんかないからな。俺のヒロ……ずっとこうしたかった。俺もヒロが好きだ。抱きたい。いい?」
長い間、心の奥深くに秘めていた妄想は木っ端微塵に砕かれて、あらわれたのは新しいときめきと不安……
カズヤの腕の中はあたたかくて気持ちがいい。ずっとこうしていたい。
「…いいよ」と言って、抱きしめ返す。
くちづけされる。それは甘く切なく、胸を溶かしていく。
首筋を強く吸われる。あえぎ声がもれる。
帯がとかれ素肌があらわになる。袖を抜かれ、腕に唇がはう。ぞくぞくする。
「…カズ…ちゃん…」
声がかすれる。胸に腹に、キスマークがつけられていく。熱い…うずく…
下着を脱がされて、そこを口にふくまれる。
「…あ…やめて……」
たとえようもない快感がそこから全身にひろがっていく。
身をよじり、髪に指をからませる。どうにかなってしまいそうだ。
「…あ……うう……」
指先から足の先まで快感がかけぬけた。全身がふるえた…
「…だめ…」
カズヤがのどをならして飲み込む。唇を手の甲でぬぐって、ヒロを見下ろす。
視線が痛い。上気した顔をかくす。自分はきっとひどい顔をしている…
「…ここに…俺を受けいれて…」
指先がうしろに触れる。
うなずくと、うつぶせにされて、そこもなめられる。
「慣らさないと、痛いから…」
指を入れてひろげられる。
恥ずかしい。どうしていいかわからない。もう何も考えられない…
うなじに、背中に、くちづけがくりかえされる。
「力を抜いて…入れるよ…」
ゆっくりとカズヤのものが入ってくる。
「…は…あ……ああ…」
それは想像した以上の苦痛で、背中がそりかえり、身体が逃げようとする。
カズヤの手が両肩を押さえる。
「…ヒロ……逃げないで…逃がさない……俺のものになって…」
シーツをつかんで痛みに耐える。涙がこぼれる。
「…カズ…ちゃん……」
はあはあと浅い息をくりかえす。
カズヤが腰を動かすと、さらに痛みは増して、背中から頭の先まで突き抜けるようだ。
「…く……うう…」
カズヤの指がヒロのペニスを包むように握る。
「…ごめん……でも、最後までいくから…」
快感と苦痛で身体がどろどろになっていく。うめき、あえぎ、もう許してと哀願する。
カズヤが達したとき、ヒロも達した。
泣きじゃくり、頭の中が真っ白になって、ふうっと気が遠くなった。
どのくらい気を失っていたのか、気がつくと浴衣がきれいに着せられて、満足そうな幸せそうなカズヤに腕枕されていた。
「…か、カズちゃん……」
「すごくよかったよ。ヒロは寝顔も可愛いなあ」
「あ、あのね……あんなに痛いなんて思わなかった…もう、いやだからね」
「えー、大丈夫だよ。だんだん良くなるから」
「な…」
なんでそんなに自信たっぷりなのだろう。そして、かっこいいのだろう。
「俺たちは生まれたときからずっと一緒だった。これかもそうだ……もう双子以上の関係なんだ」
抱きしめられて、「愛してるよ、ヒロ」と言われると、真っ赤になって、「…僕も…」と答えてしまう。
そして、幸福感に包まれてしまう。
三ヵ月後、ジャンがまたやってきて大門家に住み込み、ふたりのボディーガードになるのだが、ふたりは知るよしもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます