『始動』

「食料調達も出来る訳だしそろそろ深層を目指してくか」


「何で? 私達にスキルがあるならもうここにいる必要はないじゃない」


 アレクと狼が交わした約束を知らないリューネは疑問気に問う。


「確かに今ならダンジョンから出ても嫌われる事はないだろうし、リューネはダンジョンの出口が分かり次第、ここから出ていってもいいよ。けれど俺はここに残る」


 リューネは「何で」とも言いたげに首を傾げた。スキルが無い、異物だ、そう言われてきたから居場所が無くなった。ダンジョンに身を潜めなくてはならなかった。

 しかし今はスキルがある。もう異物では無くなった。それならダンジョンにいる必要性はもう感じられない。


「俺には助けるって約束してしまったお人好しの狼がいるんだ。だから『神』をぶっ倒すまで俺はここに残る。たとえ命が尽きようとも」


 リューネはアレクを見て思った。お人好しはどちらだと。


「いいわ、なら私も着いていってあげる」


「いや、無理しなくてもいいんだよ」


「食料はどうするつもりなの? またあんな物を食べるわけ?」


「そ、それは……そうだ、食べるんだ」


「開き直らないで。アレクがなんと言おうと私は着いていくからね」


 リューネは頬を赤らめてそっぽを向いた。人が親切でしている事をこうも平気で裏切ってくる人は初めて見た。


 アレクは俺が悪いのかと疑問符を頭に浮かべながら怒ったリューネを眺めている。


「まぁ着いてきてくれるなら戦力にもなるしありがたい」


「うん、なら早く強くならなければいけないでしょ。行くわよ」


「おう」


 アレクは意気揚々と走り出した。


 まずは強くならなければならない。強くなければ『神』には勝てない。ましてやそこらにいるモンスターに殺られるかもしれない。

 そしてもう一つしなくてはならないのはダンジョンの最下層へと赴くため次の階層へ行く道を探さなければならない。地図がない今の現状では後者の方がとても難しい。


 持ち物はアレクの剣一つ。それ以外は何もない。普通ならばこの貧弱さでは野宿ですらままならないだろう。だがここにはリューネがいる。

 世界の概念、理ですら捻じ曲げてしまう『魔王の権力』。この能力さえあれば一から何でも創れてしまう。


 ならば地図は創れないのか? アレク達も同じ事は考えた。結果は失敗。一から創り出せると言っても知らない物を一から創り出すのは不可能のようだった。

 だが知っているのなら地図は創れる。アレク達はこの性能を活かしダンジョンを散策しながら白紙の紙に地図をマッピングする事に成功した。


 今はレベル上げを兼ねてダンジョンを散策中だ。

 時折ダンジョンの横壁からモンスターが生み出される。そのモンスターをアレクの剣で一閃し斬り伏せる。

 この段取りで幾度かは対処が出来た。まだアレクにすれば劣るに足りぬ存在。しかも多数ではなく一体ずつだったのが幸運といえるだろう。



 それは突然だった。

 アレク達がダンジョン散策している途中、大きな振動が起こった。


「な、何?」


「これは……」


 ――多数の足音、ダンジョンの揺れ方。似ている、あの時と。


「モンスターの大群が襲ってくる。でも何でだ? モンスターをおびき寄せるような事はしていない筈だが」


 ダンジョンの奥から姿を表したのは緑色の肌をした人形のモンスター『ゴブリン』だった。

 手には武器を持っているようだが、表情が襲いに来た時と全く違う。ゴブリンは焦り、恐怖、苦痛の入り混じった形相でアレク達の横を素通りしていった。


「素通り、どういう事?」


 リューネも不可解な出来事に顔を顰める。ゴブリンはアレク達が見えていないかのように反応すらせずただひたすら走っていった。


「逃げている。何かがこっちに向かって来てるんだ!」


 アレクが「逃げるぞ」と言葉を紡ごうとした時、前方で爆音が鳴り響いた。空気が振動し伝播した風圧がアレク達まで届く。

 アレク達は風に押され大勢を保つのが精一杯だった。


 手で風を受け流しながら泳ぐように足を一歩前に出した。

 風は徐々に止み風圧で捲れ上がった岩盤が姿を現す。遥か向こう側、前方に佇むのは、漆黒の体を持つ八本足、目が六つあり、口元には鋭利な牙が剥き出しの蜘蛛がいた。それもいささか巨大な。


『キシャァァァァァ』


 口から唾を吐き出しながら気味の悪い鳴き声を上げる。


 逃げ出したい、今すぐこの場所から逃げ出したい。なのに足が竦んで動こうとしなかった。


 アレクは剣の柄を握りしめる。


「助ケて、嫌だ、死ニたくナイ」


 片言の人語が聞こえた。アレクはリューネの方を見るがリューネは腰を抜かし言葉を発する以前の状態だった。


 リューネではない、となると他に思い当たるのはここに迷いこんでしまったアレク達と同類の『異物』。

 だが『異物』なら人間である筈なのでここまで片言になる筈はないと思う。


「モンスター、が?」


 モンスターが助けを求めているのか? 


 見れば蜘蛛の足元には一人子供らしき様態のゴブリンがいる。


『キシャァァァァァ』


 蜘蛛は獲物を見つけると襲いかかろうとする。

 助けを求めているのはモンスター。襲っているのもモンスター。それならば自然の摂理、仕方ない事ではないか?


 なのにまだあどけなさの残るあのゴブリンを見ていると、人間と重なって仕方がない。


 ――駄目だ、動くな。俺に叶う相手ではない。


 そう体に言い聞かせたのだが次の瞬間には、


 ――死なせない!


 動いていた。


「うぉぉぉぉぉぉぉっっ!」


 蜘蛛目掛けてダンジョン内を駆け抜ける。


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『異物』から始まった勇者と魔王のダンジョン生活 日向 悠介 @kimimaronamapasuta

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