『戦闘』
「お、おおう。スキル名は分かった。けどスキル名が分かったところで使い方とか分からない様な……てかみんなはどうやってスキルを使いこなしているんだ?」
『人間の事はよく知らんがたいていのスキルには魔導書と呼ばれる古代より伝わる本があるらしくそれを基礎から学ぶ為に学園へ足を運ぶんだとか。だが小僧らは学園などすっぽかしてここへ来てしまった、一種の悪運だなこれは。ともかくそのスキルを使いこなさない事には意味がない。そうだな、一回死んでみるか』
死んでみろと軽く言う狼が目の前で大きく口を開けた。アレクは嫌な予感がすると勘付いて咄嗟に手で耳を塞いだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオン」
莫大なスピーカーのように咆哮を上げる漆黒の狼。吠え終えるなり罪悪感も何もない瞳でアレクを伺った。
アレクは狼が何をしようとしたのかが一瞬にして理解出来た。
「ふざんけじゃねえっ! こっちは今大変な状況で闘い方も知らない素人だってのに!」
『耳で聞くよりも実践で覚えた方が早いのでな。まあ頑張るんだ、死ぬ覚悟でな、でないと死ぬぞ』
ダダダダと大きな音がダンジョンを揺らしながら近づいて来る。その音は次第に大きくなり、その音から大量のモンスターが近づいて来ている事が分かった。
アレクはその音に戦慄し、そそくさにリューネを抱えると一本道から逃げ出そうとする。先程スライムに融解された通路はなんともう修復されていた。
アレクはどちらから逃げ出そうか悩んでいると、その悩みも全てをぶち壊された。
両側から勢いよく土煙を上げながら攻めてくるモンスターの群生。
先程と同じ液体のモンスター、スライムと呼ばれるものや、斧や槍を持った緑色の肌をした小型の人間、小型の虫、ハエが集結した羽音のうるさいモンスターなど多種多様だ。
「くそっ、闘いも知らないのに」
『まず精神を安定させろ、そして体内でめまぐるし回るマナを感じ取るんだ。それが魔法の根源、魔力に直接繋がるものだからな』
モンスターが襲って来ているというこの状況でも冷静にいる狼は淡々と説明した。全てを引き起こした張本人であるうえにここでは格上だと理解しているからこそそのような態度でいられるのだろう。
「この状況で無茶な事言うなよ! 精神を安定? 無理だ、誰だってこんな状況で冷静ではいられない」
『儂はすこぶる冷静なのだが』
「あんたと一緒にすんじゃねえ。俺は人間だ、あんたとは違う」
『何が人間だ、何がモンスターだ、何が魔族だァ? そんなのは関係ない、種族の壁を超える事が出来ないようなら『
アレクは核心を突かれ押し黙ってしまう。そう、アレクは先程から逃げていただけなのだ。弱腰になり自分には出来ないと勝手に思い込んでしまっていただけ。
アレクだって冷静にさえなれば魔力を感じ取る事など造作もなく出来るだろう。思い込みとは時に人を惑わすのだ。
――逃げるなよ、俺。弱腰になってんじゃねえよ。このままだと俺もリューネもモンスターの餌食だ。なあ、こんな人生で終わってしまっていいのか? 信じていた親に裏切られ気づけば見知らぬ洞窟、好奇心に駆られ洞穴に飛び込めばダンジョンで、スキルが分かったものの使えずじまい、挙げ句の果に一番護りたいと思ったものを護れない。なあ、本当にこんな人生で良かったのか?
アレクはカッと目を見開き血走らせる。それは怒りに燃える炎の赤というより、自分の信念を強く燃やす焔の赤だった。
「そんなの、いいわけねえだろッ!」
狼は良い目になったと感心しながら少年の始終を眺める。
――冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ、冷静になれッ!
アレクは自分に言い聞かせるように心の中で連呼する。しかしモンスターが目に入るとどうしても焦って冷静にはなれない。
モンスターはもう直ぐ目の前だ。このままだと殺られてしまう。
ここで魔力が感知出来なければ『死』は確実だろう。
アレクは静かに目を閉じるともう一度心の中で呟き出した。
――冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ、冷静に――――
赤く温かい何かに包まれているような感覚に意識が奪われる。アレクは目をゆっくり見開くと世界がゆっくり動いていた、それは世界がまるで止まっているかのように。
「感知に成功したみたいだな。なら、後はそっちに任せるか。幸運を祈っているぞ」
狼はアレクが魔力感知に成功した事に気づき、もう自分に出来ることはないとその場を去った。
モンスターの中を堂々と歩く。しかし狼が襲われる事は決してない。襲うよりもむしろ道を開けている程だ。
「儂は魔王幹部としての自分に戻りたい。今の神に支配されるこの現実をぶっ壊して、頼んだぞ、アレク、リューネ。元勇者と至高の御方であった主、魔王よ」
静かな世界、全ての時が止まった世界。アレクだけが動け、アレクは不思議そうに辺りを見渡した。
けれど幾度見たって何もない。あるのは時間の止まった向こう側にいるモンスターや狼だけ。
「ここは一体?」
「ここは君の世界だよ。いや君の中の世界と称した方がいいのかな? それとも君の心? 説明はしにくいけど君からこっちの世界に入って来たという事は君は魔力が感知出来たんだね」
いきなり声が聞こえ、驚愕し眼を見開く。声は何処から聞こえたのかは分からない。頭の中に直接声が発せられている感じだ。
「そうボクは君に、君たちには見えないのさ。なんせ実態が無いからね。だからこうして君がこちらの世界に来て話すしかないんだけど……まあ、そんな事より君が問いたいのは、どうやってボクを扱うか、だよね?」
頭の中に響く声はアレクの心の内を知っているかのように淡々と話を進めていった。
「ボクを扱うにはまず、相応の魔力が必要なんだけど……君は前の器と違ってステータスは平々凡々、しかも戦闘未経験のレベル1。駄目だね、これでは君の身体が持ちそうにない」
突然、力の扱いを否定した。アレクは歯向かうようの、
「どういう事だよ、ここに来たら教えてくれるんじゃないのか?」
「勿論違うとも。教えるに値すると判断した時だけこの力は教える、誰だってそうする事さ。君はまだ力が足りていないって言う事だね」
「じゃあ、どうしろと?」
「そんなの決まっているさ。強くなるんだよ、強くなるには死線を超えた先にある、つまるところモンスターを倒し、さらなる強敵と対峙して、その先を掴み取ったものが扱えるのさ。でも今、この丸裸な状況で君を戻すのは心が痛む、いや自分の不甲斐なさが身にしみて実感させられる。だからこれくらいは褒美として受け取って欲しい」
突如アレクの目の前に光が散漫としその光が一気に凝縮されていく。
光が一点に集まる毎にその実態が露わになり、ずっしりとした重たい剣となった。
「それはボクの一部とでも思ってくれるといいよ。前の器の子もその剣で力を蓄えボクを使い熟したんだからね、君もそれに倣って頑張るといいよ」
「あ、ありがとう。これならあのモンスター達も」
「うん、倒して見せな。そしていつかまたここに戻って来てね。その時は今度こそボクの扱い方を教えてあげるよ」
そういいえ終えるなり時間の止まった空間に亀裂が入った。その亀裂が拡散し、ボロボロと塵のように落ちていく。そして隔離された空間は現実世界に同化され、全ての実態が動き出した。
アレクの手には剣がしっかりと握られている。つまりさっきのは夢ではなかった。
アレクは渡された剣を縦に持ち、構えを取ると、隙きのない動きで襲い来るモンスターを斬り裂いた。
一瞬の内に右と左のモンスターが剣で斬り裂かれた部位から黒い霧を発しながら悶えた。黒い霧は人間で言うところの血に値するもの。
アレクは悶絶するモンスターに慈悲など与えず、片足に重心を預けるとその足を軸に一回転。
剣が円を描くように横に一閃され、左右から来るモンスター共々腹部分を斬り裂いた。
あちこちから立ち上る漆黒の霧。
その霧の多さはモンスターの多さを表現している。しかしこんなところで躓いていてはいつまで経ってもあそこには――
「辿り着けないんだよォォォ」
一本の剣が一体、また一体とモンスターを掃除する。
アレクは的確に致命傷を与え、モンスターは黒い霧を出しながらバタバタと消えていく。
稀にドロップアイテムと言うモンスターの身体の一部やたまたまモンスターの持っていた道具などを落としてくれるが、アレクはそんなものに目もくれない。
「ウオラァ」
剣がモンスター目掛けて一閃。黒い霧が勢いよく吹き上がり消える。
岩を木の棒に括り付けた斧を持つ原始人のようなモンスターがアレク目掛けて、その斧を振り下ろす。
アレクは身を捻り、石斧を避ける。体勢を崩しながらも、身を翻し剣を原始人モンスターに突き刺した。
剣が腹から貫通し、モンスターは腹に刺さる剣を貧弱な力で掴む。アレクはその剣を一気に引き抜いた。
「グギャァ」
モンスターは苦痛に似た悲鳴を上げて黒い霧と化した。
黒い霧の中から斧に付いていた石だけが残る。
「ハァハァ、フアッ」
息を切らしながら後ろから攻めてきたモンスターに尽きさす。
液体のモンスター、スライムは頭を貫通させるが平然としている。
スライムは液体なのだから剣を突き刺すだけでは倒せない。
倒すには一撃で粉々にするしかないという。
そんな倒し方、アレクは知るはずもない。なんせモンスターと闘ったのは今日、今この瞬間が初めてだったのだから。
しかしアレクは思いっきり剣を振りかぶると、側面を向け猛スピードで剣を振り下ろす。アレクの戦闘における才能が開花され、本能的に行動したのか、スライムは一瞬にして上からプレスされグチャグチャに飛び散った。
霧散する黒い霧の中には一塊のスライムの一部が落ちている。
アレクはそんなものどうでもいいと言うかのように直ぐモンスターの方へと向き直り、剣を構える。
「うあああぁァァァァッ」
アレクの咆哮と共にモンスターとの戦闘が再開される。
アレクは剣を握り直すと、地面を駆け、モンスターの元へと身を滑り込ませる。
一撃、ニ撃、とアレクの連撃は止まることなく――――
モンスターが四方八方から攻め寄せる。アレクに逃げ場は与えない。
だがアレクに逃げ場などというものは必要なかった。
石の槍、斧、弓、棍棒、短剣などいろいろな武器を持って襲いかかる。
アレクは槍の突きを躱し、背後から迫りくる斧を後ろ蹴りで破壊する。上から降る弓を察知し転がりながら避け、振り抜かれた棍棒を剣で往なした。
怯んだ棍棒モンスターを一閃、厄介な弓モンスターの首を掻っ切り、勢いよく槍のモンスターも一緒に霧に代える。
後は斧と――横から完全に気配を消した短剣モンスターが現れ、横腹に短剣が刺さる。
赤い血が滴れる。
アレクは腹に刺さる石製の短剣を引き抜くと叫びたい声を圧し殺し、その短剣で思いっきりモンスターの頭に突き刺した。モンスターは目を丸くし、霧散する。
破壊された斧を持つモンスターはワナワナと震えているのか、立ち止まった状態だ。
そんなモンスターにアレクは無慈悲な一閃で蹴りをつける。
「ハァハァ」
アレクは肩で息をする。
周りはモンスターの落としていった数々のドロップアイテムだけ。
「終わった、ようやく、終わったぁぁ。これでなんとか難を逃れた……ってあれ?」
アレクは闘いに集中し過ぎて気付いていなかったことに今気づく。
「狼、ありがとうな。そのうち助けに行くから、それまで待っててくれ」
狼のいない場所に狼へ宣言するかのように言った。そしてリューネの元まで足を引きずりながら寄ると、
「……アレク?」
リューネが目を覚ました。
それに安堵するかのように力が抜け落ち、アレクはパタリとリューネの横に倒れた。
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