『スキル』

「早く、もっと早く走れェ!」


「ハァハァ、私だって全力で走ってるわよ。てか何あの気持ち悪い物体、そんなに危険なの?」


「ああ、あれはモンスターって言って、人間を躊躇いなく襲う凶悪な生物。それを討伐する為に存在するのが冒険者だって父さんが言ってた。それでモンスターが集結しやすい場所はダンジョンと呼ばれているとか、なんとか。そんなの今はどうだっていい、逃げなきゃ死ぬんなだよ!」


 アレクは焦りながらも丁寧に説明する。走りながら話すのは結構つらく酸欠になりそうな勢いだった。体は限界を迎え初め、足の動きが鈍くなる。腹が次第に痛くなり吐き出したくなるような嗚咽感に襲われ体力の限界が来た。

 それなのにモンスターは怯む事なく二人を襲い続ける。


 モンスターはその液体状の体を駆使して地面に体を溶け込ませると先程の鈍い動きからはうって変わり相当なスピードを持って襲いかかって来た。

 モンスターが通った場所は全て溶け尽くされ溶かされたゴムのようにグチャグチャになっている。再び通る事は不可能だろうという道と変化した、つまり後戻りは出来ない。


 せめて剣があれば今まで鍛えてきた剣術で葬ることは出来たかもしれない。しかし防御を少しでも高めてくれる服を脱ぎ捨てたうえ、剣など洞窟で目覚めた時点で持ち合わせていなかった。とにかく今は相当危険な状況なのだ。

 スキルがない以上なす術なし、モンクのように素手でやりあえるほどステータスも高くない、ましてやステータスは平凡という絶望的すぎる状況。


 アレクはふらつく視界を凝視しながら必死の思いで一本道を駆ける。モンスターはもう直ぐそこだ。

 唸りを上げて向かってくるモンスターはもはや『死の宣告』、助けなど初めから来ることはない。


「アレク……私、もう限界」


 リューネは体力を尽かせてしまったのか全身の力が一気に抜け、アレクに支えて貰うように倒れ込んでしまった。


「大丈夫、リューネ。俺がなんとか……逃げてやるから……な」


 そうは言ったもののアレクも視界はもう真っ白。何も見えてなどいなかった。倒れる寸前の満身創痍な体を鼓舞させ一歩でも先へと走り続ける。止まってしまえばモンスターの檻に入ってしまいゲームオーバーだ。

 生きるか死ぬかの分かれ目に二人は立たされていた。


 そんな危機的状況にも関わらず、不運とは続くものだ。

 アレク達の前方から危機が迫りくる。


「嘘……だろ」


 前方にももう一体液体状の個体生物、モンスターが現れた。

 通路は一本道、完全に挟まれてしまった。


 後ろのモンスターは地面から液体を剥がすと一点にその液体を集中させ元の形に戻る。


『ブクク、ブクブクブク』


 モンスターは獲物を得た喜びを表現しているのか、液体から空気を放出し音を出す。

 モンスターは液体の体を自由に変形させると中心の割れ目を大きく開きなんでも飲み込んでしまいそうな口を作り出す。


 そしてそんな『死』の恐怖を醸し出しながらアレク達に襲いかかった。


 アレクは『死』を覚悟して目を瞑る。しかしリューネは死なせまいと反射的に体で覆い隠すように庇った。


『ワオウーーーン』


 突然咆哮が響き渡った。

 刹那、モンスターの液が吹き飛ぶ。霧散する液の中心には真っ黒な毛を逆立てた狼がいた。

 まるで狩るものと狩られるもの、強ければ狩る、弱ければ狩られる、そんな弱肉強食な世界を見せつけられているように感じる。


 アレクは最早恐怖から逃げ出す事する出来ない。動かずの足をなんとか動かそう、なんて事すらも考えなくなっていた。

 アレクはリューネを抱えながらその光景を見守る。


 一瞬にして液状のモンスターは一匹の狼に殺られてしまった。その字の通り一匹狼である。


『おい、聞こえるか? おい!』


 アレクの頭の中に声が響く。アレクはリューネが何かを言ったのかと思いリューネを見るが依然として気を失っているリューネを見て自分が幻聴を聞いたのかと勝手に解釈した。


「幻聴を聞くまで俺は疲れきっているのか。でももう時期この狼に殺されるしな……」


 狼はモンスターを倒した後、アレク達を警戒するように睥睨している。


『おい、聞いているか小僧。儂はお前達を取って食おうなど思っておらんぞ』


「は?」


『小僧の目の前にいるだろうがっ。いい加減に気づけ』


「え、えええ。狼が喋ってるゥゥ!?」


 声の主が狼だと気づくなり腰を抜かしそうな勢いで驚くアレク。


『はあ、やっと気付いたか……』


 狼はやれやれといった感じで呟く。


「それで、お、お俺達に何か、用です、か?」


『はぁ久しぶりにこのダンジョンに侵入者が現れたと思ったらとんだ腑抜けだな。雑魚中の雑魚のスライムに振り回されるなんぞ』


 狼はスライム以下の人間を見て見下す。


『何故そのスキルを使わないのやら……』


「いや、俺達にはスキルが無いんだけど」


 狼は期待外れの答えに目を丸くする。

 スライムによってグチャグチャになったダンジョンに沈黙が訪れる。

 そしてダンジョンの再構築が始まると共に、狼の話の再開した。


『小僧らにはスキルがしっかりとあるぞ。というよりスキルが無いなどありえん。もしかするとあの人の影響が出ているのか……まあいい、小僧らのスキルはこちらの『魔眼』にはしっかりと映っている。教えてやらん事もないがな』


「ほ、本当か! 是非とも教えてくれ!」


『そう簡単に教える訳にはいかないな。まあそうだ交換条件でどうだ?』


「交換条件だってなんだっていい。俺達のスキルを教えてくれ!」


『交換条件の前にまず昔話でもするか。小僧らも知っているだろうがここ最近に勇者たちが魔王を倒した。そしてダンジョンだけが残った。そこに漬け込んで来たのだ、あやつらは。そして魔王様のいなくなったこのダンジョン最下層で権力を牛耳っている野郎がいる。そして儂達はそいつに従わなければならなくなった。だが儂達が仕えたのは魔王様の元であって『神』のあいつらではない。だから救って欲しいのだ。最下層にいる『神』を倒して儂達に自由をもたらして欲しい。それが交換条件だ』


「つまりそのダンジョンにいる神とやらをぶっ飛ばせばいいんだな?」


『ああ、そういう事だ』


 アレクはその交換条件を聞いて簡単だなと勝手にたかをくくった。実際はそこまで簡単ではないのだろう。しかし弱い奴にこんな交換条件を持ち出したろころで意味はない、つまり自分達に実力があると分かっていてこんな条件を持ち出したのだろうと勘付いたのだ。


「それで、教えてくれ。俺達のスキルというやつを」


 狼はコクリと頷くと、


『小僧らのスキルは小僧が『神聖魔法』、そこに寝転んでいる女が『魔王の権力』だ』

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