『異物』
勇者と魔王が相討ちとなり、世界に平和が訪れてから15年が経った。
ある家では一人の男の子が生まれ、アレクと名付けられる。アレクはすくすくと成長し、剣を握るようになった。
「アレク、もっと腰を使って振り抜け。力が剣に伝わってないぞ」
「はい、父さん」
僅か6歳にして親から剣を学ぶ。
そして15歳となった。
アレクは顔に雫となった汗を垂らしながら、剣を強く握りしめ一回一回正確に振り抜く。振り抜かれた剣はブンッと大きな音を立てて空気を切り裂いた。
「いい感じだ、あと百回素振りだ!」
「はい、父さん」
アレクは冒険者の息子として育った。
ある家では女の子が生まれた。
女の子はリューネと名付けられ、学問がよく出来た。大人しい子で、いつも家にいる、少し引き篭もりがちな女の子だ。
「リューネ、今日も勉強?」
「うん、来月学園の試験があるでしょ。だから今から勉強してかないと間に合わないよ」
リューネは学園を目指して勉強に励んだ。
そんな二人の運命を覆す出来事は直ぐ起きた。
◆
「今日は集まって頂いてありがとう。今日は来月16歳になる子たちへのスキル授与式だ。別に変わった事をするわけではないから直ぐ終わるよ」
そんなこんなでスキル授与式が終わりスキル確認へと入った。スキル確認は魔晶石に触れるだけ。
今日の授与式にはアレクとリューネが参加している。そして彼らの番が回ってきた。
「お願いします!」
アレクは元気よく挨拶をすると、勢いよく魔晶石に触れた。刹那、魔晶石は輝きだし、空中にいろいろな文字と数字を映し出す。
アレク
《攻撃力》10
《防御力》10
《俊敏性》10
《魔 力》10
《スキル》
至って普通のステータスが映し出されたのだが周りの人はみな驚愕した。
そう普通ならある筈のスキルがないのだ。
「嘘…だろ?」
前例がないとかそういう問題ではなかった。ありえないのだ。スキルは皆に一つずつ与えられる、稀に二つ、三つ持っているの者もいるがそれは今はいい。ただゼロは聞いたことがない。
目の前に立っている少年は何も知らない無垢な少年である。こんな少年がこんな目に会うとは……
しかしどうしようも無いことを覆すことなど出来る筈もない。
「うわ、え? 嘘だろッ!」
遠くから声が聞こえてきた。もしや向こうでも異常が発生したのか?
リューネ
《攻撃力》10
《防御力》10
《俊敏性》10
《魔 力》10
《スキル》
全く同じ現象だった。
「どうなってる……」
そうこれが魔王の言っていたズレという物。どうしようもない現実。
「お前らは異常だッ!」
何処からか非難の声が上がる。そうなってしまえば後は芋づる方式、周りの人々がその声に賛同して目に見えない声という怪物が出来上がる。助けようとする人はいない、なぜならもしここで庇えばその人が逆に攻められ潰されてしまうからだ。
「アレク……」「リューネ?」
親もその光景を見守るだけ、いや親すらも異常だという事に恐怖していた。
アレクとリューネは頼るところも無くて完全に孤立する。
「死ねよ、化物!」「勇者が倒した魔王がいなくなったから魔族が化けてるんだろ」「いやもしかしてあいつらが魔王なんじゃね?」
根も葉もない噂が瞬く間に広がり、気づけば会場全体が彼らを攻め立てていた。
「俺達はそんなんじゃ……」
「うるっせ死ねよ」
アレクは恐くなり背筋を震わす。
もうここで死ぬ事を覚悟した。
刹那、彼の手が誰かに握られ引っ張られる。
手を引っ張っているのはアレクと同じくスキルを持っていなかった料理だ。
「逃げよう」
アレクは女の子に連れられるまま走った。階段を駆け上がり、勢いよく扉を開き、外に出る。
外に出た先で待ち構えていたのは――
「アレク……」「リューネ……」
彼らの親だった。
何も知らないアレクとリューネは親に助けを求めるように駆け寄った。
「死んでくれ」「死んでちょうだい」
アレクとリューネは慄然とする。一番信頼できると思っていた人物に裏切られたのだ。二人の足は自然に止まった。
「すまない、こうするしかないんだ。じゃないと俺の冒険者としての人生が……」
「リューネごめんね。私は本当は殺したくないの、けどこうするしかないのよ」
冒険者であるアレクの父は地面を蹴ると瞬く間に間合いを詰め、拳を腹に決めた。アレクの腹に拳がめり込み胃が圧迫される。逆流した胃液とともにゲロが出た。
そんなアレクにもお構いなしに蹴りを入れる。これが時に裏切らなくてはならない冒険者の無慈悲な暴力。
「な…あんで、どうだんがぁっ!」
「…………」
父親は暗い顔をしつつも足を振り上げ転がる子どもに踵落しをする。冒険者を生業としているだけあって威力は馬鹿にできない。
「グァアッ」
アレクは一方的に攻撃を受け続けて、気絶した。
「リューネ、本当にごめんね」
言葉では謝りながらも行動は違った。
リューネの母は手を前に翳すと、
「【精霊よ我に応えよ。獄炎なる焔の城より来る真っ赤な妖精。その魔力を持って目の前の敵を焼き払え――精霊炎魔法第3エンドレス・ファイアー】」
無限に等しい炎を放出する炎魔法がリューネを襲う。
「あ、アァァァァァっァァァっァァァ」
燃え盛る炎の中心にリューネは引き込まれように炎が彼女の周りを阻む。
そして獄炎の彼方に呑み込まれた。
物凄く熱い
そんなちんけな感想しか思い浮かばず気が遠のいていった。
◆
――冷たい
優しく頬を何かが滴れる。
耳を澄ませば微かに風の音があり、水が滴れる音もする。
アレクは目を乱暴に擦ると目を開けた。
第一に飛び込んで来たのは大きな湖だった。透き通った水が何処を目指すこともなくそこに存在し続ける。
「ここは……?」
アレクは周りを見渡した。何処もかしこも岩に囲まれ大きなも湖が一つ、そして隣には傷だらけの女性が――
「って、うわっ!」
自分以外にもここに人がいた事に驚いた。そうこの人はアレクの手を掴んで一緒に逃げたあの女性だ。
「あのー、大丈夫ですか?」
「んんー、ん? キャッ!」
心地よい夢から覚めたように起きる女性はアレクを見て驚く。
アレクは驚く事もなくリューネを見ていた。
「大丈夫そうだね」
「え? あ、ああ、うん」
にっこりと笑うアレクの笑みが美しい。将来は美男になるだろう美貌の持ち主だ。
そんなアレクにみとれていると、
「ところでここは何処だろう? 何で俺達は死んでないんだろう、あそこまでされたのに」
「多分……ここは洞窟? そういう事ね、私達はほおっておけば死ぬ、そう判断されて捨てられたのね。自分たちの手で殺す事は嫌がったんじゃないかな?」
「そういうことか……まあ一命を取り留めた訳だし足掻いてやろうよ!」
アレクは元気な少年だ。この状況でも怖気づかない。
しかしリューネは分かっていた。どう足掻こうと生きることは無理だと。なぜなら水こそあるものの食料はない。それに助けが来るわけでも無さそうだし。
「ねえ、君はなんて名前?」
名前なんて聞いたところで意味はないもの。しかしまあ答えて上げない訳にもいかない。
「リューネ、君は?」
「リューネかぁ、あの時はありがとうね。俺はアレク、よろしく」
あの時とは手を掴んで逃げた時の事だろう。あの時はリューネも必死なだけだったのだが。
「ねえ、リューネ。これって何だろうね?」
いきなりズレた発言をするアレクを見る。アレクは不思議そうに湖の中を覗いていた。
リューネも釣られて底を見る。
「何……これ?」
そこには異様な程目立つ洞穴らしきものがあった。周りが奇麗に固められ太古に作られたのだろうか、少し汚れが目立っている。しかし目立つ理由はそこではない。
飲み込まれそうな真っ暗な洞穴、それだけの深さがあれば吸い込まれていっても良いものだが水が避けるかのようにそこを通っていない? もしかしたら下に何も続いていないからなのかもしれない。けれど何か違うような気もする。
「ねえリューネ、あそこ行ってみない?」
「バカなの? あんなの死ぬわよ、行くだけ無駄よ」
「でもリューネも気づいているんでしょ。どうせこのままでは死ぬって。なら一か八か、行ってみるのも一興じゃない?」
アレクも薄々は気付いていたのだ。このまま何も行動を起こさなければ待つのは『死』だという事を。
だからこそ今、なんだとそう宣言するかのように力強く言う。
「ねえ、行こう」
リューネは諦めたかのように、
「いいわよ、もうどうなっても知らないよ」
そう決まるなり二人はある程度身軽になった。
アレクは下着一枚となり、リューネも恥ずかしそうにしながらも渋々服を脱ぎ捨て下着一枚となった。豊富な胸がちらりと見える。だがアレクは気にする事はなく、
「じゃ、いっくよー」
バシャンと大きな音を立てて洞穴へ一直線。
そして洞穴を見つけるとそこへ頭から突っ込んだ。
刹那、バタリと見知らぬ場所へと出る。
「へ、まさかこれって、空間転移? ってうおおあぁ」
上からリューネが降ってきて、アレクの上へのしかかった。リューネの胸が顔に当たり何か柔らかい感触がする。
「嫌ァァァ!」
アレクは頬を叩かれた。
そしてリューネは悶絶するアレクを気にも留めず、
「これって空間転移みたいなやつ?」
「それさっき俺が言った」
「そんなの知らないわよ。でもここ何処なのよ、まさか帰れないって事は……あるね。これ帰れないね」
二人が出て来た天井を見上げるとそこは苔の生えた岩があるだけ。まず天井に届きそうにないが。
「ああ、どうしてくれるのよ!」
「そんな事言われても……えっ」
薄暗い世界に放り出され喚くリューネは後ろに現れた影に気付いていない。
「リューネ、後ろッ!」
液がリューネ向かって飛んでくる。その液をアレクの掛け声でぎりぎりで避けた。飛んで来た液の地面はグシャグシャと溶けていく。
「まさか、これって……」
アレクは親が冒険者を生業としている為知っていた。凶悪な敵、モンスターの存在を。
そのモンスターは自分自身が液体のような個体のような形をしていた。
「リューネ、逃げよう!」
恐怖したアレクはリューネの手を掴むと颯爽と駆け出しその場から離れた。
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