『異物』から始まった勇者と魔王のダンジョン生活
日向 悠介
『転生と始まり』
ギイィィィイ
軋む音を立てながら扉が開かれる。その軋む音からは大分古いものだと分かる。しかしその古さは逆に強さの象徴。
今まで誰も到達した事がない、だからこそ開かれずの扉として永遠と存在した。それはこの奥にいる魔王が強すぎた、いや魔王の幹部である者たちが強すぎたからだ。そんな彼らの長である魔王がこの奥にいる。この扉を開くことは決戦の意味を称しているのだ。
勇者達は初めて辿り着くダンジョンの最階層、魔王の室内に足を踏み入れる緊迫感と平和を手に入れる高揚感を胸に一気に扉を押し開けた。扉の先には広々とした空間があり、異彩を放つ漆黒の椅子に厳つい形相で腕を組み待ち構えていた魔王がいる。魔王は慌てる事もなく余裕の表情で口角を吊り上げる。
「よくここまで辿り着いたな。ここに辿り着いたのはお前達が初めてだ。ここに辿り着いたという事は私の可愛い部下達を葬って来たという事だ、どういう事になるかくらいお前らが一番分かっているよなァ」
魔王は勇者達に問いかける、と共に殺意の籠もった睨みで勇者達を見た。勇者達は魔王の殺気に気圧される。目の前の相手は今まで闘ってきた魔王の幹部とは比べ物にならない力を秘めている。
「俺達は平和の為にしたまでだ。平和を脅かすお前らは駆逐するべきと判断した」
「随分と勝手な事をしてくれる、私達が今まで何をしたというのだ? 闘いだ、戦争だ、そう言っているのはお前らが勝手に被害妄想しているだけではないのか?」
「黙れ、何もしていなくともこのダンジョンが存在する以上、人間や亜人種は日々怯えながら生きているんだ? 人の心に傷を与えている、それは多大な悪ではないのか?」
「それはそちらも同じだろう。こっちだって日々お前らに殺される事を暗示しながらビクビクと生きているんだ。まあ、ここで駄弁ったところで無駄だ。さっさと蹴りをつけようではないか」
魔王が啖呵を切ると、周りが黒いオーラで纏われる。そして次第にそのオーラが原型を留めていき、先程の魔王室とは違う別空間が生み出された。
別空間には戦いの邪魔となる物は一切なく、戦いの為に用有された闘技場のようだった。
「こちらの方がお主らも戦い易かろう。さあ、私達の苦しみを存分に味わうがいい」
「みんな行くぞ! いつも通り冷静になっ!」
勇者のリーダー格の掛け声と共に仲間達は飛散した。流石勇者と呼ばれるだけあってステータスは桁違いだ。一度地面を蹴り飛ばしただけで岩盤は捲れ上がり、目にも止まらぬスピードで定位置を取る。
しかし魔王は勇者以上の実力の持ち主だ。誰が何処に行ったかというのは一瞬の内に把握出来た。というより彼らのスピードは遅いくらいだった。
魔王の右には短剣を腰に隠し持つ軽装の女、スピードに特価する為なるべく身の回りは軽くしているのだろう、左には大きな斧を振り上げる身長は小さめな大男、力に自信を持っているのだろう、そして目の前にはリーダー格の勇者とその後ろに隠れるようにして杖を握りしめている耳の尖った白色の肌をした女。
魔王は見回した中で一番ダメージを軽くして闘えるように誰を狙うかを定める。
魔法は魔王には効きにくいよって却下、力では斧が一番面倒、だが却下、スピードが一番遅いのでいつでも殺れる、ではリーダー格の勇者か、確かに一番強いのは理論上彼だろう、しかし強いという事はそれなりに長期戦となる可能性が高い、そうなれば他から攻撃を受ける事になるよって却下、つまり初めに狙うのは右の女だ。
魔王は魔力を手に集中させ、漆黒の剣を作り出す。
そして一閃。右に振り抜いた。
がしかしその剣は空を斬る。流石とでも言うべきか、スピードに自身があるだけあって、魔王が剣を一閃したのを確認してから横に飛び退き、魔王の背後に姿を表した。
「今のを避けるとはな。結構なスピードだった筈だが、お前にスピードでは敵いそうにないな」
「魔王に褒められるとは、素直に喜ぶ事は出来ませんね」
スピードで敵わないならセンスで勝るだけの事。
魔王は左から迫る斧など気にも止めず、左手を上げ人差し指と中指だけで抓んだ。
「……クッ」
軽く挟まれている様に見えるその手から斧が抜けない事に気づき、大男は舌唇を噛み締めた。
「【神より授かりしこの恩恵。強き心と力、その身に与え潜在する力を引き出す】」
勇者の後ろにいた女が空かさず口ずさんだ。これは人間達が魔法を行使する際に必要となる詠唱という物。詠唱を行う過程で体内に貼り巡る魔力を整え、形にするのだとか。
「【強化系魔法第6クリティカルオーバー】」
彼女の杖から光輝く魔力が浮遊し大男に纏わりつく。
刹那、大男の力は先程とは比べ物にならない強さを手に入れ、魔王の指が彼の力に押し負けた。
魔王の手から血が溢れ出す。魔王といえど体の構造自体は人間と変わらない。
痛みだって勿論感じる。だがこの程度なら蚊ほども効いていない。
「フン、勇者といえどこの程度か」
「どうだかな――【神聖魔法第5エクストラ·ホーリーボム】」
リーダー格勇者がいつの間にか詠唱を完成していたらしく技名を口ずさむと同時に白色の光が発光しその名の通り爆弾のような威力で魔王を襲った。
先程は魔王に魔法は効きにくいといった、だがそれはあくまで精霊魔法の場合だ。勇者の放ったこの魔法は神聖魔法の類いで魔王の暗黒魔法と相反するもの。つまり神聖魔法に限っては魔王の弱点となるのだ。
「……グッ…ウァァァ、ウァァァァァァッ!」
魔王の叫びが木霊する。
「やったか?」
「まだだッ!」
光が霧散すると中から満身創痍な魔王が立っていた。外傷は結構与えたらしいが致命傷までは届かなかったらしい。
それは魔王の持つ魔力感知に引っ掛かった瞬間に暗黒魔法の防御壁でも張ったのだろう。
短い時間で創り出した防御壁だ、脆くて当然。ダメージは大きかった。
刹那、魔王の後ろから大きな炎が襲いかかる。
魔王の魔力感知には引っ掛からない。
なぜならそれは魔法ではなく、忍術だからだ。忍が得意とする術、忍術は魔力を必要としない。つまり魔力感知に頼る魔族程、致命傷を与えやすい。
「なッ!」
魔王は後ろの炎に気がつく。だがもう遅かった。炎は防御壁を張ることすら許さず、魔王を襲った。
背中が焼ける、焦がれる――痛い。
「なあ、魔王さんよ。俺はこの世界は混沌に満ち満ちていると思うんだよ。だけどなこうする事で俺達は仲良くやり直せるんじゃないかと思う訳だ」
「…………」
「なあ、後はあんたの同意だ。俺達と一緒に転生しようとは思わないか?」
「意味が分からんなァ」
「【神聖なる宴に横槍を入れる者を束縛し、罰を与えん――神聖魔法第9ゴッドアーチャー】」
勇者の手から弓が放たれ、魔王の手足を矢で射抜く。射抜いた場所は動かせなくなるこの束縛魔法、魔王にはどうする術もない。
「手荒な真似ですまない。しかしこうでもしないと聞く耳を持たないだろ」
「…………」
「魔王よ、俺達を転生させてくれ、いや一緒に転生してくれ。そうすれば魔王の望んだ世界が手に入るだろ。世界には魔王と勇者は相打ちだという事が伝わるんだからな」
「そんなのはお前らの都合だろうが。私の可愛い部下をいたぶった癖して相打ちだと? ふざけるな!」
「俺達が本気で魔王幹部を殺したと思っているのか? そんな訳がないだろう、あんなのをいちいち相手していたら俺達の身体が持たない」
魔王は何を言っているのか分からず目を見開いた。
「魔王幹部達には協力してもらったのさ。あいつらは俺達の提案に賛成した。ただし魔王が納得するのならと、これでもまだ闘いを続けると言うか?」
「つまり私の部下は生きているのだな?」
「ああ」
魔王はその言葉を聞いて安堵した。そして闘う意味も失った。
「分かった、お前達の提案に乗ろう」
そう言って魔王は体内のマナを全力で振り絞った。
魔王の持つスキルは『魔王の権力』あらゆる事象を捻じ曲げるものだ。つまり転生するなど造作もないことだった。
「転生は出来る、しかしそこに少しズレが生じるかもしれないが、よいか?」
「あぁ」
「【*********】」
聞き取ることの出来ない言葉を発すると同時に勇者と魔王に光が纏わりついた。
「転生すれば前世の記憶を失う、だがもしもの事があるかもしれない。その為にお前達の記憶と私の記憶に鍵をかけここに封印した。もしこの記憶が戻ることがあるとすれば、それは――――」
「ああ、分かっている。そうなればもう一度決着をつけよう」
その言葉を最後に勇者達は光と共に姿を消した。
魔王の創り出した闘技場の結界に亀裂が入る。
結界の外で見守っていた幹部たちは結界の亀裂を見て、ようやく終了したのだと理解した。
「魔王……様」
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