47.○雪の記憶

『どうして助たりしたの?』


 そう言ってハルアキを傷つけたあの時、きっと彼は私との別れを決意したのだろう。

 本当は、怖かった。

 そう言われることではなくて、彼の心を知ることが。

 私が今まで、どれだけ彼を傷つけてきたかを思い知ることが怖くて、目を瞑っていた。

 あの時のハルアキの傷ついた瞳。

 壊れた彼の心の欠片を垣間見た時、このままではいけないと思った。

 一緒にいては、傷つけてしまうばかり。

 私なんかでは、彼を幸せにすることはできないと感じた。

 けれど、怜に言われた力強い言葉でこの心は進むべき道を見つけた。


『一緒に死にたいと思える相手と逝くよりも、どんなに辛くても共に未来を描ける相手と添い遂げる方がずっといいだろ』


 どうしてこんな簡単なことにも気付けなかったんだろうか。幸せにすることはできないかもしれないけれど、一緒にならきっと。

 そう心に決めたのに、私は逃げ出してしまった。

 出て行けと言われ、涙を堪えきれずにすぐに部屋を飛び出した。

 そして今、すっかり夜の闇に染まった道をひとりとぼとぼと歩く。

 もうすぐ春を迎えようとしているのに、外はまだ凍えるような空気に吐く息も白くなる。

 なんて私は自分勝手な人間なのだろう。

 知らず知らずにとはいえ、ハルアキを傷つけることで私は生きていられたのに。

 行くあてもなく、ただひたすら歩き彷徨って、もうどのくらいの時間が経っただろう。

 何も持たずに飛び出してきたから、スマホもなければ財布もない。

 なるべく明かりのある大通りの歩道を選ぶようにして歩き続けた。

 時々、ハルアキの冷たい表情を思い出しては急に哀しくなって、誰も見てないからと少しだけ泣いた。

 疲れ果てたどり着いた所は、見覚えのある公園の前。

 ぼんやりと街灯の中に浮かび上がった滑り台やブランコなどの遊具。

 中央には、夏になれば涼しげな水が吹き上がる噴水がある。

 やっぱり何かあるとこの公園しか思いつかない。

 まだ龍那が生きていた頃。

 デートの待ち合わせをこの噴水の前でしたこともあったし、春になれば公園を取り囲むように咲き乱れる桜を、二人で見に来たこともあった。

 今みたいにケンカをして部屋を飛び出した時に、ここのベンチでずっと泣いていたことも。

 龍那を心底愛していたあの頃の自分も私なら、今ハルアキのことを考える自分も、私。

 結局私は生きることを選んだのだから、龍那に恥じない人生を最期まで生きたいと思う。

「龍那、どうしたらいいの。教えて、お願い」

 願いは、呟きのまま消え行く。

 そして、涙を誘うようにひらりと真白きものが空から舞い落ちた。

 それはひとつ、ふたつ、と数を増し、降りては音もなく静かに儚く散る。

「ゆ、き?」

 一瞬、ぐらりと視界が揺れる。

 強い吐き気と目眩がして、その場にぺたりと座り込んだ。

 うまく、息が吸えなくて、苦しい。

 胸の奥が膿みを持ったように腫れだして、ズキズキとした拍動痛に襲われる。

 もうすぐ春なのに、どうして?

 水分が多く湿った雪が、ゆっくりゆっくりと時間を掛けて世界を染めようとしていた。

「助けて――」

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