42.☆感謝

 最初に見たのは、白い天井と泣き顔の涙華だった。

 いつも泣いている奴だな、なんて思いながらのんびりと眺めていた。

「怜、大丈夫?」

「え?涙、華?」

 本当に自分の口から出たのかと疑うくらいに、嗄れた声。

 すると、

「バカッ」

 暴言と共に飛んできた平手打ち。

 ぱん、と乾いた音があまりにも綺麗に響いて。

 すぐには痛みを感じなかった。

「怜どうして?こんなこと…」

 怒っているのか、泣いているのか。

 繊細な耳元で思いっきり涙声を発せられても、うまく聞き取れない。

 全く状況がつかめなかった。

 そのうちに疲れたのか、涙華はぐしぐしと嗚咽を漏らしながら泣き出した。

 何故こういうことになっているのかわからないけれど、徐々に感覚を取り戻した左頬の痛みからして、俺は、

「生きて、る?」

「当たり前でしょ!」

 と怒鳴って立ち上がった彼女。

 俺は身を守ろうとして咄嗟に防御反応を働かせる。

 しかし、掲げたつもりの左腕が、動かない。

「あ、れ?」

「折れてるから無理だって。左手は開放骨折。おまけに肋骨も数本折れてるみたいだからヘタに動くと治らないって」

「は?折れてるって…どうして」

「何も覚えてないの?横断歩道で事故にあったのよ?怜が赤信号なのにふらふらと飛び出したって」

「飛び出した?あぁ、ちょっと考え事してて」

 ヘッドライトが妙に眩しくて、あぁ俺、轢かれるんだ。なんて思った時にはもう、遅かった。

「何考えてんのよ、自殺なんて……許さないから」

「いや、そんなつもりは…」

「お願いだから、もっと自分を大切にして」

 泣き止まないのに、それだけはやけにはっきりと、強く聞こえた。

 そんなつもりはなかったと言う機会を逃したのは、つい涙華に見惚れてしまっていたから。

 寝ている俺を覗き込む形の涙華が落とした涙は、清く心にまで染み入って胸を熱くさせる。

「ずっと、いてくれたのか」

「そーよ」

 キ、っと泣き濡れた瞳で睨み付けてくる涙華。子供みたいに、むぅっとして。

「そっか」

「何よ、文句あるの?」

 自然に、笑みが零れる。

「ありがとな」

 まさにその言葉を、心から強く感じた。

 うかつにもこの時、大きく胸が高鳴ったのはなかったことにして。

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