35.○穏やかな時間

「ハルアキ~いいから座っててよぉ」

「な、何だよ。見てるだけだろ」

「私がやるからいいってば!」

 ただでさえキッチンに立ったことのない私が、珍しく料理を作ろうと思いたったのだから、多少心配なのはわかる。

 けれど、こうもちょくちょく後ろを彷徨かれては、できるものもできなくなってしまう。

「私を信じられないわけ?」

 いくら私でも料理本という必須アイテムを片手にしていれば、無敵だ。

「できるわけないだろ、今までまともな物作ったことあるか?」

「はぁ~?最っ低!」

「やめろよ、ふたりとも」

 冷たい声が突然リビングから飛んできて、私とハルアキはようやく小競り合いをやめた。

「ハルアキは心配して言ってるんだから仕方ないだろ」

 怜はひとりコタツで寛いでいる。

「怜は黙ってて!心配する意味がわからない~」

「そりゃ心配するだろ、不味い物食わされて体調崩したら大変だろ?なぁハルアキ」

「はぃ~?」

「お!怜~よくわかってるじゃん」

 つい頓狂な声を発してしまった私とは裏腹に、密かに意気投合している怜とハルアキ。

「ちょっと!いつの間に仲良くなってんのよ」

「ま、俺たちたまに飲みに行く仲だもんな、ハルアキ」

 楽しそうに名前を呼び合うふたり。

 私を余所に勝手に盛り上がるなんて許せない!と眉を顰めた私など、彼らは気にもしていなかった。

「男同士で話盛り上がるしな。じゃぁ涙華、もう心配しないからちゃんと食える物作れよ。俺たち先に始めちゃってるから~」

 ハルアキと怜が笑い合って、在り合わせの缶ビールを飲んでいる姿を見ると、ついあの頃に戻ったかのような錯覚に捕らわれる。

 小さなことですぐに言い争いを始める私とハルアキがいて。

 けれど私のすぐ隣には必ず黙ってそれを見ている龍那がいる。

 もう、あの頃には戻れない。

 そしてこんな穏やかな今も、長くは続かない。

 そんなことは、わかっているつもりだった。

 誰よりも。

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