23.☆特別?

「嫌いッ!怜なんて大っ嫌い」


 そう言って叩かれた頬が、痛かった。

 これで涙華に叩かれたのは2回目。

 不意打ちでキスもされ、また叩かれるなんて、そんなに俺は隙だらけなのだろうかと一瞬不安になる。

「ってぇ」

 涙華は、タイミング良く青に変わった横断歩道を駆けて行く。

 俺は引き止めることも追うこともできずに、人混みに紛れて見えなくなる彼女をただぼぉっと眺めていた。

 さすがに言い過ぎたとは思ったけれど、今更どうすることもできなくて。

 涙華の存在は、俺にとって特別だった。

 恋人でも一夜限りの女でもない。

 愛してる、ではなくて、いつも誰かに愛されていて欲しい人。

 幸せにしたい、ではなくて、幸せでいて欲しい人。

 良き友になれるんじゃないか、そんな風に思っていた。

 けれど、それにしては泣かせてばかりいるな、と気づいて可笑しくなる。

「八つ当たりってやつか…だせぇ」

 俺は青信号をもう一度見送って、考えていた。

 涙華はまた泣いているだろうか。

 沙奈瑚に振り向いてもらえなかった地獄のような日々の中で他の女を抱き、汚れていたあの時の自分は、代わりは誰でも良いと思っていた。

 けれど虚しさは少しも消えなくて。

 涙華には、同じ思いをさせたくないから。

「淋しい奴は、俺の方か」

 身を切るように吹き荒ぶ空風が、今この瞬間だけは優しく、頬を撫でてくれたように感じた。


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