14.◇彼女の心

 頬に触れる冷たい風が、仄かに磯の香りを連れて鼻を掠める。

 肌寒さなど忘れて、俺は龍那の眠る墓に向かって何度も呼びかけてみる。

 当然、返る声などないけれど、叶うのなら、かつての親友に一言だけでも謝りたかった。

 今日こそは涙華と一緒に霊園に来るつもりだったのに、昨夜のくだらないケンカのせいで、とても誘えるような状況ではなかった。

 ケンカの発端は、今となっては思い出せないけれど、原因としてあげられるとすれば、数日前涙華が泣きながら帰ってきたあの日のことだ。

 彼女は右手の包帯のことを転んだだけだと話した。

 どこで転んだのか、誰に手当をしてもらったのか、何が哀しくて泣いているのか。

 知りたくて仕方がないくせに、俺は結局何一つ聞けないままでいた。

『言いたくないなら、言わなくて良いよ』

 理由を聞こうともしないくせに、俺は、それも優しさだと勘違いして、敢えて彼女の心に触れないようにしてきた。

 それは、己の心にも触れて欲しくないが故。

「龍那ぁ~俺だけが来てもどーせ嬉しくないだろ?」

 そうだよ、帰れ帰れなんて言ってるんだろうな。

 何を言っても結局何の答えも返らないとわかっていてるけれど、ここでしか本音は吐けない。

 「龍那、俺もうあいつのこと泣かせないって決めたのに、何やってんだろうな」

 今日はもう帰らないから、と部屋を飛び出してきたものの、今頃泣いているのだろうかと心配になる。

 いつからだろうか。

 彼女に何があったのか知らないけれど、明らかに何かが変わっていた。

 ぼーっとしている事が増えたかと思えば、綺麗に笑うこともできるようになっていた。

 彼女にどんな心境の変化が起こったのかは、決して知ることはできないけれど。




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