7.○消せない傷
心と同じように、徐々に重くなる足取り。
私がようやくアパートにたどり着いた頃には、もう既に日は沈んでしまっていた。
スマートフォンが示す時間は18:20。
とっくにハルアキは帰っているだろう、とドアの前で深呼吸をひとつ、霊園で会った彼のことは忘れよう。
あれは、夢だから。
「ただいまぁ」
しかし、玄関には脱ぎっぱなしの彼の靴が寂しそうに転がっているだけで、中は真っ暗だった。
返ってくるはずの、明るい返事がない。
私は暗い廊下を渡り、リビングへと急ぐ。
靴はあったのにどうしたのだろう、と心配になり急いで明かりをつけた。
すると、ソファに俯せるハルアキの姿。
「ハルアキ?電気も暖房もつけないでどうしたの?」
再度呼びかけても何の反応も見られず、具合が悪いのだろうかと不安になって、彼の傍に寄る。
体を揺すっても、全く目覚める様子がない。
「ハルアキ?」
龍那も、そうだった。
病院のベッドで最期を迎えた彼も、寝ている時のあのままの安らかな顔だったから。
だからいつまでも信じられなくて、これは夢だと言い聞かせていた。
「ねぇ、お願いだから起きて」
もうずいぶんと前のことなのに、ふとした瞬間にあの日のことがフラッシュバックして、哀しみと恐怖が体の奥底から沸き上がってくる。
震え上がるほどの恐怖が、吐き気さえ引き起こす。胸が締め付けられる程の痛みに襲われ、ソファの前に膝をついた。
「ハルアキ、お願い、」
息苦しさと涙のせいで言葉が続けられないでいると、不意に強い力で引き寄せられる。
「え?」
ソファに俯せていたハルアキが、腕だけを私の肩に回して抱きしめてくれた。
「悪ぃ、涙華。爆睡してた」
「私こそ、泣いて……ごめんなさい」
慌てて涙を拭い、私は彼に身体を預ける。
「ごめんな」
言って、一度身体を離したハルアキ。
そうして、へたり込むに私を抱き起こし、
「ホント、昔からよく泣く奴だな」
と笑いながらも、隣に座らせてくれた。
「ごめん、もう泣かないって約束したのに」
「その代わり俺がタバコやめる、ってな。泣きたい時は泣けばいい。無理だろ?禁涙なんて」
「自分がタバコやめたくないからでしょう?」
「違うよ!まぁそれも、ちょっとあるけど」
「ほらぁ」
と、私は笑ってみせる。
「ごめんな」
三度謝ったハルアキ。
その真剣な表情に、精一杯作った笑みが崩されてしまう。
龍那をいつもいつも傍に感じていたいのに、不意に襲ってくる痛みに耐えられなくて逃げ出したくなる。
泣いてしまえば、救われる気がした。
その後に待つのは虚しさだけなのに、いつも傷が癒えることを願ってしまう。
そんな私の傍にいてくれる彼にはこんな顔を見られたくなくて、俯いた瞬間、
「やっぱり、泣くな」
今度はもっと、強く抱きしめてくれた。私の求めていることを知っているかのように。
「頼む、泣くな」
強引なようで、それでいて優しい温もりが、今の私には何よりも嬉しかった。
私が龍那に初めて会ったのは、高3の夏。
ハルアキがアルバイト先で知り合ったという年上の彼とサーフィンを始めたのがきっかけ。
第一印象は、最悪。
幼馴染みで良い距離を保ってきたハルアキとの仲が壊れるのではないか、というヤキモチも多少はあった。
けれど、そんなことよりも、茹だるような暑さの中でひとりだけ涼しい顔をしている彼が、単純に気に入らなかっただけかもしれない。
なんかムカつく奴だ、って思っていた。
最初は、なかなか笑わず、口数の少ない龍那と一緒にいることも苦痛だったけれど、気づけば、3人でいることが当たり前になっていた。
こんな風に楽しい毎日がずっと、ずーっと続いていくものだと思っていた。
永遠に。
幸せなんて言葉を考える暇もないくらい、“幸せ“だったから。
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