第4話 8月4日

清行

「変わんないなぁ」

 曖昧になりつつある記憶をたどって、でも、その記憶とほとんど変わらない風景に思わず漏れは呟いていた。

 さすがに建物には少し年季が入った気もするが、この店も変わらないもんだなぁ。

 ガラガラと店の引き戸を開いた。

清行

「こんにちはー」

???

「はーい」

 ちょっと埃っぽい、この店の匂いも懐かしい。

 誰もいない店の奥に声をかけると、孝之助をそのまま小さくしたような狸獣人が姿を現した。

幸春

「すみません。今、お父さんは出かけてるんです。何かご用ですか?」

清行

「あ、孝之助に会いにきたんだけど、いるかな?」

幸春

「兄ちゃんに?兄ちゃんは今出かけてますが……。おかーさーん、兄ちゃんどこ行ったかわかる?」

春恵

「さあ、どこかしらねぇ」

幸春

「兄ちゃんの友達みたいなんだけど」

春恵

「たぶんまた、どこかに出かけてるんじゃないかしら?」

幸春

「だーかーら、どこ行ったか知らない?」

春恵

「さあ、どこかしらねぇ」

 ……。

 店の奥に引っ込んだ幸春君とおばさんのやりとりが聞こえてくる。

幸春

「すみません。どこ行ったかはちょっと……。たぶん村のどっかにいると思うんですけど」

清行

「あ、いや、別に用ってほどのことじゃないからいいんだ。ただちょっと顔見せにきただけって言うか」

幸春

「そうですか」

清行

「ところで君、幸春君だよね?おっきくなったなぁ」

幸春

「え?あの、どちら様ですか?」

 がくっ。

 いや、さすがに覚えてないか・・・・・。

清行

「ほら、漏れだよ漏れ。5年前転校した。清行兄ちゃん。覚えてない?」

 オレオレ詐欺に聞こえてきそうだ。俺だよ俺って……。

幸春

「……」

 幸春君はしばらく怪訝そうに漏れの顔を見つめてたけど、

幸春

「あ、あー……よく兄ちゃんと一緒に怒られてた?」

 ゔ……。

 一応思い出してくれたみたいだけれど、あれらは主に孝之助の巻き添えで漏れは別に何も……。

 って、そんなこと愚痴ってもしょうがないか。

清行

「そ、そう。その清行兄ちゃん」

幸春

「なんとなく覚えてます。水郷村に帰ってきたんですか?」

清行

「うん。まあ、夏休みの間だけだけどね」

幸春

「ああ、なんだ。それじゃまた向こうに帰っちゃうんですね」

 ガラガラガラ…

孝之助

「ただいまー」

 幸春君と話しているうちに、孝之助が帰ってきたようだ。振り返ってみればやっぱりそこにいたのはとぼけた顔の狸獣人が一人。

幸春

「あ、兄ちゃんお帰り」

清行

「おかえりー」

孝之助

「あれ、清行どうしたの?何か用?」

清行

「いや、ただ遊びにきただけ」

孝之助

「ああ、そうなの」

幸春

「って言うか兄ちゃん、いっつもぼくにばっかり店番やらせないでよ!」

孝之助

「ええっ!やらせてなんかないじゃん」

幸春

「だってすぐどっか出かけちゃうし」

孝之助

「だって父ちゃんに捕まったら出かけられないでしょ?」

幸春

「ぼくだって遊びに行きたいの!約束もあるし!」

清行

「ま、まあまあ。2人とも落ち着いて」

 突然勃発した兄弟喧嘩に、慌てて仲裁に入ろうとしたのだが、

「?別に落ち着いてるけど?」

幸春

「どうしたんですか?」

 2人そろってけろっとした顔で見てくるので、言葉に詰まってしまった。

 兄弟ってこういうノリが普通なんだろか?

春恵

「ゆきちゃーん、こうちゃーん。そうめん茹で上がったわよー。食べなさーい」

孝之助&幸春

「はーい」

孝之助

「清行も食べていきなよ」

清行

「あ、うん。いいの?」

孝之助

「もちろん」

清行

「じゃあ、せっかくだし、ご馳走になろうかな」

春恵

「ああ、そうだ。午後はこうちゃんが店番やるのよ」

孝之助

「ええ!?」

春恵

「だってゆきちゃん、午後はお友達と遊ぶ約束があるって言うから。お母さん、機械のことさっぱりなんだもの」

孝之助

「そんなぁ……」

春恵

「いいじゃない、お兄ちゃんなんだから」

孝之助

「う~……」

 不満そうにうなり声を上げる孝之助を横目にそうめんをすすっていると、ふと、目が合ってしまった。

 その瞬間、孝之助の目に不穏な光が宿るのを、漏れは見逃さなかった。

孝之助

「清行~♪相談があるんだけどさ――」

 ……。

 午後、漏れはなぜか、店番を言いつけられた孝之助と共に店の手伝いをすることになり、その日はそれだけで日が暮れてしまった……。

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