第3話 8月3日
うわー、ここまだあったんだ。
ふと懐かしくなって足を運んだ古めかしい木造建築はかなりの年季を感じさせつつもしっかりと営業していた。
学校帰りに立ち寄りたいのを我慢して、でも我慢できなくて、先生に見つかってよく怒られたっけ。みんなと一緒に。
ん?先客がいるみたい。
あれは辰兄と、深君?珍しい取り合わせだな。
辰樹
「……」
深
「……」
なんだろう。遠くて会話は聞こえないけど、なんだか変な空気みたいだ。
辰樹
「そ、そういやこないだ天木さんに会ったぞ」
深
「あ、はい。……で?」
辰樹
「いや、それだけなんだが」
深
「天木が何かしました?」
辰樹
「別にそういうわけじゃねーんだけど……」
深
「……」
辰樹
「……」
な、なんだこの空気。なんとも表現しがたい沈黙が駄菓子屋の前に渦巻いている。
清行
「や、やあ」
その雰囲気にやや気圧されながらも、漏れは努めて明るく2人に声をかけた。
辰樹
「おう、清行じゃねーか」
深
「こんにちは」
清行
「2人ともこんにちは。なんか珍しいね。こんなところで会うなんて」
辰樹
「そうか?俺は結構来るぞ?」
深
「ボクも時々」
清行
「え?そうなんだ」
辰兄はともかく、深君が駄菓子……?
いや、そういう偏見は良くないか。
辰樹
「意外だろ?」
深
「そんなに変ですか?」
辰樹
「いや、そうじゃなくて……」
深
「ボクだって駄菓子くらい食べます」
辰樹
「悪ぃ」
深
「いえ、そういうつもりじゃ……」
辰樹
「……」
深
「……」
こ、この2人……驚くほど会話が繋がらねぇ!?
さっきの変な空気はこのせいか。
清行
「深君はどれが好きなの?」
深
「え?」
清行
「駄菓子」
深
「……これ、とか」
ご、5円チョコ?これまたずいぶんと……。
深
「やっぱり変なのかな?」
清行
「いや、そんなこと無いと思うよ」
深
「……」
清行
「辰兄はどんなの?」
辰樹
「俺か?俺はこういうのだな」
イカ太郎に味噌カツ、のし梅。こっちはなんとなくイメージどおりかも。
清行
「あ、漏れもこれ好き」
辰樹
「お、わかってんじゃねえか。直火でちょろっとあぶったりすると、もっとうまくなるんだぜ」
清行
「へえ」
深
「すみません。これ、会計お願いします」
店員
「あいよ。まいどあり」
深
「それじゃあ、辰樹さん、清行、また」
辰樹
「お、おう」
清行
「あ、う、うん」
いつの間にか買い物を済ませていた深君は、漏れたちに小さく手を振って去っていってしまった。
もう少し話したかったんだけどな……。と、曲がり角に消えた小柄な背中を目で追いかける。
辰樹
「……清行」
清行
「えっ?なに?」
辰樹
「気になるなら追いかけてやんな」
清行
「え?」
辰樹
「深も俺より話しやすいだろ。話聞いてやれよ」
清行
「……うん、わかった。ごめんね、辰兄」
辰樹
「気にすんな」
うながせるまま、漏れは辰兄を駄菓子屋に残して深君を追いかけた。
清行
「深くーん」
深
「清行?」
すぐに追いかけたので、追いつくのにそう時間はかからなかった。
深
「何かあった?」
清行
「そうじゃないけど、せっかく会えたのにすぐにいなくなっちゃうんだもん」
深
「ごめん」
清行
「いやいや」
深
「……辰樹さんは、苦手なんだ」
清行
「え?な、なんで?」
2人きりになるなり、深君はいきなりそう切り出した。
さっきの空気といい、2人の間に何があったんだろうか?
深
「いい人なのは、ボクもわかってるつもり。だけどちょっと、距離感がつかめなくて……」
清行
「距離感?」
深
「うん……変に子供っぽいけど、一応年上だから。他に誰かいれば場を持つんだけど、2人だけになると、どうしても会話が続かなくてね。ボクがもう少し、話し上手ならいいんだけど。あるいは、辰樹さんがもう少し人と距離を置くタイプなら」
なるほど。それであんな空気になるわけか。
清行
「深君って辰兄と相性悪いんだね」
深
「そう……だね。そうかもしれない」
昔は、どうだったっけ?
いや、昔の深君は今よりずっと控えめで、あんまり他の人と話してる場面がなかったかも。
深
「ボクがもう少し、愛想がよければよかったんだけどね」
清行
「いや、そんなことは無いって」
深君って、他人には頓着しないタイプと思ってたけど、意外と気にしてたんだなぁ。
清行
「あ、それより、駄菓子何買ったの?」
深
「これだよ」
5円チョコに綿菓子、水あめ……。しゃれっ気のまったく無い、いかにもという駄菓子が袋の中には詰まっていた。
深
「良かったら食べながら歩かないかい?」
清行
「え?いいの?」
深
「どうぞ」
清行
「ありがとう。えっと、じゃあ漏れは――」
そうそう、よく学校帰りに皆でこうやって食べながら歩いたっけ。見つかったら怒られるってわかってるのに。
……。あれ?でも深君って……。
深君
「……」
隣で漏れと同じように水あめを舐めている横顔を見る。深君って、昔は買い食いなんて絶対にしなかったのに……。
深
「おいしいね」
清行
「う、うん」
もしかして、こういうのにずっと憧れてたとか?
自然とほころんでるその横顔に、漏れはなんとなく、気難しい幼馴染の本音を垣間見た気がした。
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