第2話[8月2日]

商店街を歩いていると、なんとも懐かしい町並みが漏れの横を通り過ぎていく。

5年前と何も変わらない。

いや、ちょこちょこ変わってはいるんだけど、主だったお店や通りの作り、それに雰囲気は記憶の中の水郷村と全然変わらない。

唯一あの頃と違って見えるのは、それを見ている漏れの目の高さと、子供の姿だろうか。

通りをちょろちょろと走り回る子供の数が、昔よりも少ないような気がする。

過疎化、ってやつなのかな。

漏れもそうだったけれど、水郷村から都会へと去っていく人間の数は年々増えているらしい。

まさかこの村がなくなるなんてことはないだろうけど、記憶の水郷村より幾分寂しくなってしまった通りの賑わいがほんのわずか、漏れの心に哀愁のようなものを感じさせた。

 清行

「ふう」

店の中に入ったとたん、一気に周囲の気温が下がる。

クーラーの冷たい風が心地よい。

……訂正。少し空調が効きすぎてて寒いかも。

まあでも、今までいた灼熱地獄に比べれば全然。天国だ。

汗でべったりとなったシャツを軽くパタパタさせると、噴き出していた汗がぴたりと止まる。

う~ん。科学の力万歳?

さして広くもない店内を見回して、すぐに目当てのコーナーを見つける。

って、古っ。

こんな田舎でも、週刊誌の類はまあ、きちんと仕入れられていた。が、問題なのは……それらが全て先週号だということだ。

軽くカルチャーショックを受けながら、しかしまたあのクソ暑い中を帰る気にはなれなかったので、そのまま適当に立ち読みで時間を潰すことにする。

店の大きさに比例して品揃えもそれなりで、普段読んでいる週刊誌は全部先週号だし、単行本とかも新刊は皆無。

一昔前のオーラを放っている雑誌とかはあったけど。

しかたなく、あえて普段は読まないやつ

を手にとり、適当に流し読みした。

……へえ。意外と面白いなこれ。

今度から購読してみようかな?

いや、さすがに財布が痛いな……。単行本出たらそれ買えばいいか。

漏れは週刊誌を閉じ、元の場所に戻した。

店内の時計を見てみると、まだ30分も潰せていない。もう少し立ち読みするか。

と、次の獲物を探していたそのとき、視界の端に見覚えのある人物の姿があった。

そっちへ顔を向けると、やはりそこにいたのは孝之助だ。

いつ入ってきたんだろ。それとも最初からいたのかな?

っていうか、孝之助なら普通、向こうから先に見つけてくれそうなもんだけど。

孝之助は片手に雑誌を置くように持ちながら、釘付けになるように記事を読んでいる。

横で軽く手を振ったりしてみるが、気付く気配はなし。

ああ、そういえば孝之助って、夢中になると周りの情報がシャットアウトされるんだっけ。

よく人の話を聞けってみんなから言われてたよなぁ。

 清行

「こうのす―――」

近づいて声をかけようとしたんだけど、ほとんど同時に孝之助は雑誌から顔を上げて漏れの横を通り過ぎていった。

 清行

「け、あ……」

 店員

「ありがよとうございました」

呼び止める暇も無く、孝之助は雑誌を購入して店を出て行ってしまった。

形だけでやる気のない店員の声が、空しく店内に残される。

完全に気付いてもらえなかったみたい……。華麗にスルーされて放心していると、店員と目が合ってしまった。

慌てて漏れは雑誌コーナーに向き直る。にしても、孝之助は何を買ったんだろう?

やたら熱心に読んでたみたいだけど。

別に取り立てて読みたいものがあったわけでもないし、雑誌コーナーの端、幸之助がいた辺りに移動して、適当に棚をあさっていると、あった。

見つけた。見つけてしまった。ちょうど雑誌コーナーの隣にごちゃごちゃと置かれたエロ本棚の隅に。

『Fーmen 異種混合戦』

まさか、これは、まさか……。しかし何度読み返してもそのタイトルは変わらない。

それは、獣人メインのゲイ本……。ページ数が多いのか隣の奴の2倍くらい厚さがある。

過激的な表現だが、マイナージャンルだとかで潰れた編集社が最後にこの世に送り出した「やりたい事は全部詰め込んだ」幻のエロ本……!

たまにネトオクとかで馬鹿みたいな値段をつけられているあの、あの幻の本が、こんな片田舎の本屋に?

震える指先で、本棚からそれを引き抜く。表紙からもこれが目的のジャンルである事に疑いはない。そして、その中身は、中身は、なんと言うかもう、✨理想郷アルカディア

はっと、漏れは店内を見回す。店の中には今、漏れと店員の二人だけしかいない。つまり、客は漏れ一人だけ。

これは、この状況は……!間違いない。神の導きだ。

 店員

「ありがとうございました」

立ち読みで読みきるにはボリュームも大きく、そして中身もジューシー……もとい、充実している。そんなもったいないことにできるわけがない。

思わぬ戦利品のおかげで、当分夜のお供には不自由しないで済みそうだ。

ありがとう、孝之助!

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