第5話 消したい過去
「始めようか」
「あい」
準備も終わり、作業に入ろうとしたところで、ふと思い出して言った。
「そういや
「ぅえ?」
暮葉は変な声をあげた。
「あー、言ったかも。まずかったっすか?」
「いや、まずいってことはない。でも今度からは黙っててくれ」
「了解っす」
俺は、暮葉から受け取った『消したい記憶』リストを改めて見た。
「じゃあまずは……これほんとに消していいの?」
「いいっすよー」
毎度のように眉をしかめてしまう俺に、暮葉はあっけらかんと言った。
リストに載っているのは、全て彼女の母親に関する記憶だった。叱られたとか喧嘩したという悪い記憶もあれば、食事をしただけというごく普通の記憶もある。
どうして記憶を消したいのかは知らない。聞けばあっさり教えてくれそうな気もするが、まあやはり聞きづらい。
母親とどういう関係だったのかは、リストを見ればある程度は分かってしまう。母親はほとんど家に帰らずに遊びまわっていて、半別居状態だったようだ。
優先度順に並んだリストの一番上には、『小学一年生の授業参観』と書いてある。最初はこの上にもたくさんの記憶が並んでいたが、今はもうない。総数もだいぶ減った。
とりあえずやるか。そう思った瞬間、暮葉から声がかかった。
「あー、やっぱり家族旅行は残しておいてもらっていいっすか?」
「ん? なんて?」
「家族旅行。残しておいてください」
「ああ、了解」
リストの結構下の方にあった。今回は対象外の予定のやつだが、とりあえず打消し線を引いておく。
「じゃあ、小学一年生の授業参観からな」
「あい」
俺はため息をつくと、手元のタブレットに目を落とした。
◇
「……よっし! 終わり!」
休憩を挟んだ二時間ほどの作業を終え、俺は景気づけの声をあげた。とたんに頭痛がして、頭を押さえた。
「お疲れ。ヘルメット外していいぞー」
マイクに向かって言ったが、返事は無い。俺は首を傾げた。
その場を片付け、左の小部屋に向かう。暮葉はヘルメットを着けたまま、ぐったりとした様子で視線を床に落としていた。
「大丈夫?」
しゃがみこんで覗き込むと、憔悴しきった顔が目に入った。単に疲れたという以上の、苦しげな表情。
俺は少し焦って言った。
「救急車呼ぶか?」
「……大丈夫です」
「ほんとに?」
念押しに、彼女はこくりと頷く。
頭に悪影響が残ったとかじゃないだろうな。頻繁に記憶移植をやってるから、ちょっと心配だ。
はらはらしながら見ていると、やがて暮葉はのろのろとヘルメットを外しだした。顔を上げ、弱々しい笑みを浮かべる。
「ちょっと疲れたみたいで。申し訳ないっす」
「いや、まあいいけど」
微妙な表情になる俺を尻目に、暮葉はさっさと荷物を片付けて帰っていった。
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